Page Topics
- 01 : [三国志演義] 第五十九回 許チョ衣を裸いで馬超と闘い、曹操書を抹して韓遂をへだつ
- 02 : [三国志演義] 第六十回 張永年反って楊修を難じ、ホウ士元議って西蜀を取らんとす
- 03 : [三国志演義] 第六十一回 趙雲江をさえぎって阿斗を奪い、孫権書を遺して老瞞を退く
- 04 : [三国志演義] 第六十二回 フ関を取りて、楊・高首を授し、ラク城を攻めて黄・魏功を争う
- 05 : [三国志演義] 第六十三回 諸葛亮痛んでホウ統のために哭き、張翼徳義をもって厳顔を釈す
- 06 : [三国志演義] 第六十四回 孔明計を定めて張任を捉え、楊フ兵を借りて馬超を破る
- 07 : [三国志演義] 第六十五回 馬超大いに葭萌関に戦い、劉備自ら益州の牧を領す
- 08 : [三国志演義] 第六十六回 関羽雲刀ひとつにて会に赴き、伏皇后国の為に生を捐てる
- 09 : [三国志演義] 第六十七回 曹操漢中の地を平定し、張遼威を逍遙津に震う
- 10 : [三国志演義] 第六十八回 甘寧百騎にて魏の営を劫い、左慈盃を擲げて曹操を戯る
2002.3.1 (Fri)
★[三国志演義] 第五十九回 許チョ衣を裸いで馬超と闘い、曹操書を抹して韓遂をへだつ
2002.3.2 (Sat)
★[三国志演義] 第六十回 張永年反って楊修を難じ、ホウ士元議って西蜀を取らんとす
張松が蜀を献上しようとうろうろ。
わざわざ益州から曹操のもとへやってきた張松だけど、不細工な彼は「この田舎もんが」と軽くあしらわれてしまう。その後、ひょんならことから楊修と激論をかわすことに。張松、ここで思いっきりハッタリをかます。蜀には「文武百般、使える奴が大勢おます」とか言うし、劉璋配下には知勇兼備の士が「車に積み升で量るほどおます」とか言う。挙げ句の果てには、曹操が書いた『孟徳新書』を、「そりゃ、パクリでっせ。蜀では三尺の童ですら諳んじてますわ」と難じる始末。曹操に容姿で差別されたので、ここぞとばかりに意趣返しをしている。
曹操にお尻ペンペンされて放り出された張松が、寄り道をして劉備のもとへ赴く。そしたら何故か気持ち悪いほどの歓待を受けることに。普通は何か裏があるだろうと怪しむものだけど、田舎者で根が単純な張松はこれに感激。劉備に蜀を献じることを決めてしまう。もう諸葛亮にとっては、「鴨が葱を背負ってやってきた」といったところだろう。笑いが止まらなかったはずだ。
王累の自縛プレイもこの回である。劉備が野心をもって蜀にやってくることを見抜いた王累は、主君・劉璋に諫言すべくある奇策を実行する。その策とは、自分を縄で縛って城門から逆さ吊りになることだった。
王累 「我が君。わいの言うこと聞かんかったら縄を切って死にまっせ」
劉璋 「アホちゃうか」
王累、墜死。
2002.3.3 (Sun)
★[三国志演義] 第六十一回 趙雲江をさえぎって阿斗を奪い、孫権書を遺して老瞞を退く
荀彧死す。
『演義』の孫権は病的なまでのマザコンで、母親の意見で国の大事を決定してしまう危うさがある。この回の孫権なんか、母親からのクレームで荊州侵攻を断念し、妹を呼び出す策略に切り替えているだから見てられない。思えばこの母、劉備と妹の婚姻のときも強い発言力をもっていたわけで、まあ、何だかんだ言って呉は余裕があったんだな、という印象がある。
後半は曹操の魏公推戴劇。反対した荀彧は、曹操から空の器を送られ、服毒自殺する。器が何を意味するかは説明されていないけれど、おそらく「お前は用済みだ」とかそういう意味なのだろう。荀彧の死を知った曹操は後悔したらしいが、ちょっと信じられない。何せ、後にこの件を恫喝の材料にしているのだから……。
2002.3.5 (Tue)
★[三国志演義] 第六十三回 諸葛亮痛んでホウ統のために哭き、張翼徳義をもって厳顔を釈す
ホウ統死す。
鳳雛ことホウ統は、臥竜こと諸葛亮と並列して語られる人物。この回ではそういう重要人物が死ぬせいか、超常的な死の暗示が登場し、物語に緊張感をもたらしている。正直、天文で人の生死を把握するという設定は、現代の読者からすれば白けることこの上ないけれど、この回に限っては良い演出効果になっていると思う。落鳳坡という地名も不気味で、ホウ統がその名前を知った途端に死ぬところなんか、運命的な恐怖を感じさせる。
後半は張飛 VS 厳顔だ。使者の鼻と耳をそぐ厳顔。「生肉食ってやる」宣言の張飛。結局は、張飛の計略にはまって厳顔が捕縛される。さあ、生肉だ! と思いきや、厳顔の毅然とした態度に感心した張飛は厳顔を解放。そして、解放された厳顔は張飛の男気に感服して劉備配下になる。『演義』でも屈指の名エピソードだ。
というわけで、教訓。捕虜になったら毅然とした態度を貫べし。じゃないと食べられてしまう。
2002.3.7 (Thu)
★[三国志演義] 第六十五回 馬超大いに葭萌関に戦い、劉備自ら益州の牧を領す
益州占領。
この頃の魏延はどうしようもない将として描かれていて、第六十二回では黄忠の手柄を横取りしようと勝手な行動をとって窮地に陥るのだけど、この回でも張飛相手に同じようなことをして傷を負っている。学習能力がないのか? それとも、諸葛亮に気に入られようと躍起になっているのか?
中盤で張飛と馬超の一騎打ち。インターバルを挟んで合計二百合打ち合っても決着がつかず。暗くなったので、今度は松明を並べて戦う。何とも絵になりそうなシチュエーションだけど、描写はわりとあっさりめなので物足りない。その後、色々あって馬超は降伏。
終盤では荊州のやんちゃ坊主(髭面の赤ら顔)が、「馬超とぜひ手合わせしたい」とかいう手紙を出す。それに対して益州の鉄血軍師は、「所詮は張飛と互角の男。先生には敵いませんよ。ひひひひひ」と返信。満足した美髯公は、その手紙を周囲に見せびらかす。
で、これ、今までは関羽のプライドの高さを示すエピソードだと思っていた。ところが、毛宋崗という人の評によるとどうやら違うらしい。何でも、馬超の自惚れを牽制する関羽の策略だったらしいのだ。へぇ。ちと見直した。
2002.3.8 (Fri)
★[三国志演義] 第六十六回 関羽雲刀ひとつにて会に赴き、伏皇后国の為に生を捐てる
関羽と魯粛が酒を飲む。
孫権の催促があまりにしつこいので、諸葛亮は長沙・零陵・桂陽の三郡の返還を約束する。荊州を守る関羽と直接交渉するよう仕向けるが、当然これは策略。関羽は一向に応じない。
それにしても、荊州を明け渡さない関羽のロジックが凄い。
「天下の土地は徳あるものが占むべきもの。東呉が一人占めする理はない」(下 p.55)
おいおい。これって東呉、すなわち孫権には徳がないって言っているのも同然じゃないか。ずいぶん強気だなあ、関羽は。このエピソードを読んで私は、人に物を貸してはいけないなとしみじみ思った。「この○○は徳のある私が持っているべきだ」とか言われたら嫌だし。
後半は曹操の魏王推戴騒動。反対した荀攸は、曹操に恫喝されて病に倒れて死んだ。なお、曹操は荀彧を自殺させたことを後悔していたはずだけど(第六十一回を参照)、この回ではそんなことは綺麗さっぱり忘れた様子。荀彧を引き合いに出して恫喝している。
2002.3.10 (Sun)
★[三国志演義] 第六十八回 甘寧百騎にて魏の営を劫い、左慈盃を擲げて曹操を戯る
董襲が溺死する。曹操が魏王になる。
『演義』読者を幻想の世界へ誘うイリュージョニスト左慈の登場である。皮を剥かずにみかんの中身を消す左慈。飲まず食わずで一週間生き延びる左慈。水墨画から竜の肝を取り出す左慈。我らが左慈先生は、プリンセス天功も真っ青のマジックショーを披露する。いったい種と仕掛けはどこにあるのだ? これには北の将軍さま・曹操も吃驚仰天である。
で、あまりにビックリした曹操は、なぜか左慈先生を亡き者にしようとする。左慈、ピンチ。
しかし、さすがは希代のイリュージョニスト左慈である。そんな曹操の錯乱にはまったく動じない。得意のイリュージョン(分身の術)を駆使して、左慈は将軍さまをコケにするのだった。