[三国志演義] 第九十回~第九十九回


2002.4.1 (Mon)

[三国志演義] 第九十回 巨獣を駆って六たび蛮兵を破り、藤甲を焼いて七たび猛獲を擒とす

孔明、南蛮を行く。その四。

猛獲、一族郎党を集める。

猛獲@南蛮王 「わしゃ、何としても諸葛亮を打ち破りたい。名案はないかのう」
帯来洞主 「ありまっせ」
猛獲@南蛮王 「ほな、きこか」
帯来洞主 「木鹿大王に協力してもらうんや。奴あ、象に乗ってて強そうやし、法術に通じとるから何とかしてくれるやろ」
猛獲@南蛮王 「よっしゃ。ほな、朶思大王に使者に立ってもらおうか」
朶思大王 「はいな」

……。
……。
朶思大王、木鹿大王は戦死、猛獲は命からがら逃げのびた。

猛獲@南蛮王 「もうあかん。万策尽きたわ」
祝融夫人 「諦めるんは、まだ早いで」
猛獲@南蛮王 「お、何か策があるんか」
祝融夫人 「偽って降参するんや。うちらがダーリンを縛り上げれば奴らも油断するやろ。そこをぶった斬るんや」
猛獲@南蛮王 「名案やないけ。ほな、早速いこか」
祝融夫人 「はいな」
猛獲@南蛮王 「……あまりきつく縛らんといてや」

……。
……。
あっさり見破られて、猛獲は捕縛された。

諸葛亮 「だから、そんな手には引っ掛からんってば」
猛獲@捕虜 「ちぃ」

猛獲、六度目の釈放。

猛獲@南蛮王 「本拠地まで取らてもうた。もうあかんかもな」
帯来洞主 「大王、諦めるのはまだ早いで」
猛獲@南蛮王 「何か策あるんか?」
帯来洞主 「はいな。ここより先のディープ南蛮にな、ゴツ突骨ちゅうえろうごっつい漢がおます。そいつに助けてもらえばええで」
猛獲@南蛮王 「ゴツ突骨? 聞いたことあらへんな。どない男や?」
帯来洞主 「何でも生きた蛇食うたり、体に鱗生えとったり、藤甲いう油塗った鎧着とったりするらしいわ」
猛獲@南蛮王 「鱗生えとるって……そりゃ人間なんか?」
帯来洞主 「さあな~。南蛮も奥深くならどんな生き物がいてもおかしくあらへん」
猛獲@南蛮王 「確かになあ。一度、藤岡隊長に探検してもらいたいわ」
帯来洞主 「ほんでな、奴らはみな穴掘って土の中で暮らしとるらしいで」
猛獲@南蛮王 「……」
帯来洞主 「あとな、わしらが飲むと死ぬような水でもな、奴らが飲むと元気百倍になるらしいわ」
猛獲@南蛮王 「……そないか。そりゃ頼もしいわ。ほな、ぼちぼち行こか」

……。
……。
油漬けの藤甲は地雷と火攻めの恰好の的だった。三万の藤甲軍は全員焼死、ゴツ突骨も戦死した。そして、いつも通り猛獲は捕縛された。

猛獲@捕虜 「わしの負けや。こうなったら降伏するで」
諸葛亮 「そうか、やっと降る気になったか」
猛獲@捕虜 「わしゃ、田舎もんじゃがの、さすがに七回も釈放されんのは恥ずかしゅう思うわ」
諸葛亮 「良い心がけだ」
猛獲@捕虜 「ほな、これからは良き盟友としてよろしく頼むわ、孔明はん」
諸葛亮 「……」

かくして諸葛亮は南蛮を平定したのだった。

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2002.4.2 (Tue)

[三国志演義] 第九十一回 濾水を祀って漢相師を班し、中原を伐たんとして武侯表を上す

出師の表。

猛獲を心服させた諸葛亮、いざ蜀に帰ろうとしたら川が氾濫していた。蛮族の風習では、人間を放り込んで川の神の怒りを鎮めるという。さすがにそんなアホなことはできないので、饅頭を作ってそれを人間の代わりに放り込むことに。さらに、死者の霊が悪さをしているということで、戦で殺した兵士たちを慰霊すべく諸葛亮は激しく泣く。そしたらみんな騙されてもらい泣き! 第五十七回で見せた演技力は健在だったようだ。

後半は出師の表。聞いたことないような名前がうようよ出てきた。興味ないので飛ばし読み。ここだけの話、『演義』の目玉であるポエムも半分以上は飛ばしている。

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2002.4.3 (Wed)

[三国志演義] 第九十二回 趙子竜力めて五将を斬り、諸葛亮知をもって三城を取る

趙雲大活躍。

七十歳の趙雲がハッスルしてマイナー武将を槍で突きまくる回。趙雲が強すぎるのか、それとも敵が弱すぎるのか。一方の諸葛亮は敵の夏侯ボウを捕らえてるわけで、この回は蜀にとっては良いこと尽くしだ。

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2002.4.4 (Thu)

[三国志演義] 第九十三回 姜伯約帰して孔明に降り、武郷侯罵って王朗を死せしむ

王朗死す。

王朗といったら群雄割拠時代の遺物であり、まだ生きていることに驚くのだけど、まあそれを言ったら蜀の趙雲も似たようなものか。で、今回はそんな王朗が一世一代の見せ場を演じる。諸葛亮との舌戦、刮目せよ。

王朗 「やーい、やーい、このオタンコナス」
諸葛亮 「うるせー、このアンポンタン」
王朗 「ひでぶ」

王朗、憤死。

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2002.4.5 (Fri)

[三国志演義] 第九十四回 諸葛亮雪に乗じて羌兵を破り、司馬懿日をサダめて孟達を擒とす

徐晃死す。孟達死す。

孟達が蜀に寝返ったことを察知した司馬懿は、徐晃を先陣にして激しく攻め込む。そしたら徐晃、孟達の放った矢を額に受けてしまう。徐晃はその傷がもとで死んだ。それにしても、何て壮絶な絵面だろう。額に突き立つ矢! 弓矢でヘッドショットかました孟達は普通にすごい奴だと思う。

ちなみに、『正史』だと徐晃は病死である。『演義』は盛り上げのため、なるべく武将の最後は戦死にしているのだ。しかし、よりによって孟達に殺されるとは……。

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2002.4.6 (Sat)

[三国志演義] 第九十五回 馬謖諫めを拒みて街亭を失い、武侯琴を弾じて仲達を退く

馬謖が下手を打つ回。

この回は、失った街亭を取り戻そうと魏延らが奮闘するところが面白い。魏延・王平・高翔はよく反撃する気になったものだ。というか、王平は馬謖を斬り殺してでも止めるべきだったね。山の上の布陣。

一方、諸葛亮の「空城の計」はやりすぎである。櫓の上で子供侍らせて琴を弾くくらいならまだしも、領民二十人に城門を掃き清めさせるのは、いくら何でも悪ノリがすぎる! もう、ハッタリ臭さ大爆発という感じで見てられないのだけど、それを勝手に深読みして逃げ帰る司馬懿は頭が良いのか悪いのか分からない。一周回って幼稚な空中戦になっている。

総じて諸葛亮は、南蛮人みたいな人間離れした連中相手だと映えるけれど、普通の中国人相手だと浮きまくりでつまらない。

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2002.4.7 (Sun)

[三国志演義] 第九十六回 孔明涙を揮って馬謖を斬り、周魴髪を断って曹休を賺く

馬謖死す。

馬謖起用については、第八十五回で劉備に釘を刺されていたのだけど、腹黒諸葛亮はそれを無視して馬謖を重用。おかげで街亭を失うことになった。北伐の苦労は水の泡である。

諸葛亮 「てめぇ、よくも俺に恥をかかせてくれたな」
馬謖 「返す言葉もありませぬ」
諸葛亮 「馬謖よぉ、あまりにマヌケなんで涙が出てきたぜぇ。どう責任とってくれるんだ?」
馬謖 「願わくば死を賜りたく……」
諸葛亮 「おうよ。この世に生まれてきたことを後悔するような死に方をさせてやる」

……馬謖死亡。

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2002.4.8 (Mon)

[三国志演義] 第九十七回 魏国を討たんとして武侯再び表を上り、曹兵を破らんとして姜維詐って書を献ず

第二次北伐。趙雲死す。後出師の表。

陳倉城はカク昭が三千の兵で守っていた。数万の軍を率いた諸葛亮は、こりゃ楽勝だぜ、ということで怒濤の勢いで攻めかかる。

諸葛亮 「それ、雲梯じゃ」
兵士 「火矢で燃やされました!」
諸葛亮 「ならば、衝車じゃ」
兵士 「縄付きの石で潰されました!」
諸葛亮 「坑道を掘って地下から進入じゃ」
兵士 「掘割を巡らされました!」

結局、陳倉城は落とせなかった。正直、超人が負けるのってちょっと気持ちいい。

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2002.4.9 (Tue)

[三国志演義] 第九十八回 漢軍を追って王雙誅を受け、陳倉を襲って武侯勝を取む

王雙死す。孫権即位する。

王雙の「雙」は「双」の旧字。立間訳では旧字が使われているので、当サイトでもこれに倣うことにする。

王雙ってのはとんでもない猛将で、前回では薙刀と流星鎚を駆使して蜀軍を圧倒していた。一将を斬り、一将に重傷を負わすという活躍ぶり。まさに向かうところ敵なしだった。

ところが、そんな王雙もこの回で諸葛亮の計にはまって死んでしまう。斬ったのは魏延。哀れ王雙、わずか二回の命であった。

さて、前回の陳倉城攻防戦で、諸葛亮相手に一歩も譲らなかったカク昭。その彼も、この回では謎の『演義』パワーで病に倒れてしまう。カク昭の重病を知った諸葛亮は、こりゃ仕返しの好機だ、ということで陳倉城を攻める。そして、難なく城を陥落させた。

哀れカク昭、彼もわずか二回の命であった。『演義』パワー、恐るべし。

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2002.4.10 (Wed)

[三国志演義] 第九十九回 諸葛亮大いに魏の兵を破り、司馬懿入りて西蜀を寇す

張苞死す。

第三次北伐で武都・陰平をゲットした諸葛亮。今度は司馬懿が攻めてきたので(曹真は病床)、自らキ山に出向いた。戦場で色々と駆け引きをするも、全て諸葛亮のほうが上手。司馬懿は本陣に引きこもることになった。

これでは埒があかないと思った諸葛亮は一計を案ずる。まずは王平と張翼に伏兵を指示し、そして、姜維と廖化には策略を秘めた錦の袋を与え、自らは陣払いをして引き揚げる。

さて、ここで注目すべきは錦の袋だ。策があるなら口頭で説明すればいいのに、わざわざ錦の袋を渡しているのである。何ともまどろっこしいやり方だ。で、気になる中身だけど、そこには以下のような指示があった。

「やばくなったら二手に分かれて司馬懿の本陣を襲え」

口頭で説明しなかったということは、おそらく背水の陣効果を狙っていたのだろう。絶体絶命になってから策を知れば、姜維や廖化ごときでも攻撃力が上がるというわけだ。諸葛亮はなかなかやる。

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