[三国志演義] 第百回~第百九回


2002.4.11 (Thu)

[三国志演義] 第百回 漢兵寨を劫って曹真を破り、武侯陣を闘わせて仲達を辱しむ

曹真死す。

この回はわりと有名だろう。長雨によって魏軍が二進も三進もいかなくなったり、司馬懿との陣立て合戦で諸葛亮が八卦の陣を披露したり、詔勅で呼び戻されることになった諸葛亮が竈を増やしながら撤退したり。

おや? 何か忘れてるだろうか? そうそう、諸葛亮の手紙を読んだ曹真が憤死するのだった。

諸葛亮の手紙 「お前のかあちゃん、でべそ」
曹真 「んがっ」

曹真、憤死。

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2002.4.12 (Fri)

[三国志演義] 第百一回 隴上に出でて諸葛神をヨソオい、剣閣に奔りて張コウ計に中る

第四次北伐。張コウ死す。

北伐も後半になるとネタが尽きるのか、この辺から諸葛亮が人間離れしていく。

司馬懿 「孔明発見。追うぞ」
諸葛亮 「八門遁甲流秘技・縮地の法!」
司馬懿 「待て~、孔明~!」
諸葛亮 「おいらは走り屋、諸葛亮~♪」
司馬懿 「ぬぅ。いつまで経っても追いつかない」
諸葛亮 「おいらの車は百万馬力~♪」
司馬懿 「常に視界に入ってるのに距離が縮まらぬ」
諸葛亮 「誰もおいらの前は走らせないっ♪」
司馬懿 「孔明とは人か魔か……」

やはり諸葛亮は中国人相手だと浮きまくりである。

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2002.4.13 (Sat)

[三国志演義] 第百二回 司馬懿北原・渭橋を占め、諸葛亮木牛・流馬を造る

第五次北伐。関興死す。

前回に引き続いてまたもや諸葛亮の人間離れ。

諸葛亮 「八門遁甲流秘技・黒雲自在の術!」
司馬懿 「おお、黒雲で辺りは暗い」
諸葛亮 「おいらは天気屋、諸葛亮~♪」
司馬懿 「好機じゃ。このまま夜討ちをかけるぞ」
諸葛亮 「今日の気になる中華のお空~♪」
司馬懿 「ぎゃあ、伏兵だ! 退却しろ~!」
諸葛亮 「おいらの気分で自由自在っ♪」
司馬懿 「孔明とは人か魔か……」

もう飽きてきた。

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2002.4.14 (Sun)

[三国志演義] 第百三回 上方谷に司馬困を受け、五丈原に諸葛星を禳う

諸葛亮が延命のため、祈祷の法を執り行う。

東では呉が攻めてきたので、曹叡が満寵を引き連れ親征する。夜陰に乗じて諸葛瑾をぼこぼこにし、さらに呉の兵士を捕らえて計略を暴いた。呉はあえなく撤退。

一方、西では諸葛亮が葫蘆谷に司馬懿を誘い込んで火攻めする。あわや司馬懿もこれまでかと思いきや、諸葛亮、天運に恵まれず。驟雨によって火が消し止められてしまう。

さて、この場面。私の記憶では、諸葛亮は司馬懿もろとも魏延を葬り去ろうとしたのだと思っていた。しかし今回改めて『演義』を読むと、そんなことはどこにも書いていない。魏延は普通に司馬懿の前から消え失せている。文脈から察するに、おそらく計を知っていたので逃げたのだろう。

ということは、私の記憶はその後の二次創作によるものになるわけだ。果たしてそれは、小説なのか、漫画なのか、人形劇なのか。どの作品かはともかく、諸葛亮と魏延の不仲を表すのにこのエピソードを使うのは凄い発想だと思った。

(追記)調べてみたら、どうやら魏延焼き殺しのエピソードは羅貫中本によるものらしいことが分かった。一般に流通している毛宋崗本(つまり本書)では、諸葛亮の人格を損なうものとして削られている。

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2002.4.15 (Mon)

[三国志演義] 第百四回 大星隕ちて漢の丞相天に帰し、木像を見て魏の都督胆を冷やす

諸葛亮死す。

人間離れした知略で敵を翻弄し、また、我々読者をも翻弄したあの諸葛亮がついに逝った。享年五十四歳。過労死である。

思えばこの諸葛亮、『演義』後半の主役として、随分と我々を楽しませてくれたものだった。

呉の重鎮を論破した諸葛亮。

周瑜を憤死させた諸葛亮。

南蛮で土人を心服させた諸葛亮。

王朗を憤死させた諸葛亮。

泣いて馬謖を斬った諸葛亮。

曹真を憤死させた諸葛亮。

今後、こんな濃いキャラクターは二度と出てこないだろう。『演義』もここから小粒になっていく。

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2002.4.16 (Tue)

[三国志演義] 第百五回 武侯預め錦嚢の計を伏し、魏主拆ちて承露盤を取る

魏延死す。

諸葛亮が死んだことで、魏延と楊儀の対立は表面化。とうとう魏延は謀反を起こす。蜀の命運もこれまでかと思いきや、死ぬ前にそれを見越していた諸葛亮の計によって、魏延は斬られた。第五十三回から引っ張った反骨の伏線は、ここで回収を見たのである。

それにしても、「どうせだったら楊儀のほうを始末すれば良かったのに」と思ったのは私だけではないだろう。何せ、性格の悪い楊儀はこの後不始末をやらかして庶民に落とされ、それを恥として自殺を遂げているのだから。これが魏延だったらその後の北伐の役に立ったのではないか。まあ、魏延がいたらいたで、姜維と摩擦を起こした可能性もあるけれど。

後半は曹叡の無道。造営工事で人民を疲弊させたり、皇后に死を賜ったりしている。曹氏もだんだんヘタレていく。

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2002.4.17 (Wed)

[三国志演義] 第百六回 公孫淵兵に敗れて襄平に死し、司馬懿病いと詐って曹爽を賺く

公孫淵死す。曹叡死す。

公孫淵配下の倫直が、主君の謀反を諫めるために三つの凶兆をでっちあげた。

  1. 犬が頭巾を被って赤い着物を着て家にあがって人と同じように振る舞った。
  2. 飯を炊いたら土器の中に赤子が蒸し殺されてた。
  3. 陥没した土地から傷つけることのできない肉塊がでてきた。

何て奔放な想像力だろう。昔の中国人は、故事に通じていたり、想像力に富んでいたりしないと、文官はやっていけないようだ。

この回で魏の二代目皇帝・曹叡は病死する。享年三十六歳。なお、後を継いで皇帝になったのが太子・曹芳で、大将軍になったのが曹真の息子・曹爽である。

そして、曹爽に目をつけられた司馬懿が、ボケ老人のふりをして油断させるのもこの回。

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2002.4.18 (Thu)

[三国志演義] 第百七回 魏主政を司馬氏に帰し、姜維兵を牛頭山に敗る

曹爽死す。姜維の第一次北伐。

司馬懿のクーデターによって、曹爽・曹ギ・曹訓・曹彦の曹氏四兄弟が処刑される。……のだけど、なぜか本書では「三兄弟」とか「兄弟三人」とか表記されている。たぶん、これは間違い? それとも既に四人のうちの誰かが抜けていた? まあ、真偽のほどはともかく、この兄弟は知恵袋の桓範に「豚」呼ばわりされるほどの情けなさだった。

その後、クーデターの副産物として烈女が登場する。この女は夏侯令の娘で、曹爽の従弟・文叔の妻。まずは若い頃、夫を亡くしたので再婚を勧められたのだけど、何とこの女、自分の耳を斬りとって断りやがった。さらに、曹爽処刑後になってからも再婚を勧められたのだけど、何とこの女、自分の鼻を斬りとって断りやがった。亡き夫に貞操を誓った女の恐るべき情念。このまま再婚を勧めていったらのっぺらぼうになってたかも。

後半は姜維の北伐である。先のクーデターで逃げてきた夏侯覇を仲間にするも、呼んでいた羌兵が来なくてピンチの蜀軍。結局は陳グンの息子・陳泰によって糧道を断たれ、さらに司馬師の援軍もあって敗北した。

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2002.4.19 (Fri)

[三国志演義] 第百八回 丁奉雪中に短兵を奮い、孫峻席間に密計を施す

司馬懿死す。孫権死す。諸葛恪死す。

諸葛亮最大のライバルが死んだにしては地味な描写だったけれど、とにかくこの回で司馬懿は死んだ。なお、その死に際して彼は、息子二人に遺言を与えている。

司馬懿 「決して不逞な心は起こすなよ」
司馬師 「もちろんだよ、パパ」
司馬昭 「魏を盛り立てていくよ、パパ」

嘘つき。

さて、翌年には呉の皇帝・孫権が死亡。孫亮が後を継いだ。ここからの呉はしばらく内紛が続く。この回では、丁奉が魏軍を退けた後、威勢を振るっていた諸葛恪が孫峻に殺された。

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2002.4.20 (Sat)

[三国志演義] 第百九回 司馬困れて漢将の謀奇なり、曹芳廃されて魏家に報果たさる

姜維の第二次北伐。郭淮死す。除質死す。

蜀軍は、姜維・廖化・張翼・張嶷・夏侯覇。また、羌への使者に郤正。魏軍は、司馬昭・郭淮・陳泰・除質。蜀軍は羌兵と共同していて優勢に見えたものの、策略によって奴らが寝返ってしまう。そういうわけで、敢えなく敗退。

なお、敗退したものの、除質と郭淮を殺したということで、地の文では以下のような記述がなされている。

いくさに敗れたりとはいえ、郭淮を射殺し、除質を殺して、魏の威勢を大いに挫いたのであるから、功罪相半ばしたといえる。(下 p.423)

とうとう『演義』は慰めまで始めた。

後半は魏の内紛である。司馬兄弟の暗殺を謀った曹芳だけど、計画が漏れて失敗。皇帝の座から引きずり降ろされる。後を継いだのは曹髦。

それにしても、このエピソードのやりきれなさって一体何なんだろう。こういう大事な秘密をあっさり他人に漏らすなよ、と言いたい。それとも、自殺願望でもあったとか?

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