Page Topics
2002.5.1 (Wed)
★[三国志演義] 第百二十回 杜預を薦めて老将新謀を献じ、孫皓降って三分一統に帰す
呉の滅亡。晋による天下統一。
血なまぐさい三国志の物語も、最終回には爽やかなエピソードが用意されていた。すなわち、晋の羊コと呉の陸抗のフェアプレイである。敵同士という立場を越えての贈答劇。相手が酒好きと知れば酒を送り、相手が病気と知れば薬を送る。
が、そんなフェアプレイも呉主・孫皓には通じない。「敵と通じている」として陸抗の兵権を剥いでしまうのだった。
その後、羊コの遺言によって杜預が荊州都督になる。で、とっとと呉を攻めて孫皓は降伏。ここに天下は司馬炎のもとに帰した。
なお、孫皓降伏の際には、国を誤ったとして宦官の岑昏が殺されている。一同、「岑昏を引き裂き、その生肉を喰らった」(下 p.511)。
おいおい、最後の最後でやってくれたよ、三国志演義。馬超や張飛をはじめ、みんな生肉食う食う言ってたのに、結局は誰も食わなかったから、正直ここまで失望していた。ところが、最終回でついにやってくれた。恐怖のカニバリズム。思うにこれまでの生肉云々は、この大団円の伏線だったのだろう。もはや何も思い残すことはない。さらば、『三国志演義』。
……と、これで終わるのも何なので少しまとめ。何といっても『演義』の魅力は、数百人規模の栄枯盛衰をダイナミックに描いたところにある。主人公格は複数人いるものの、彼らですら特別な存在ではない。時流に乗って頭角をあらわしながらも、誰もその目的である天下統一は果たせなかった。董卓、袁紹、呂布はおろか、曹操も、孫権も、劉備も、諸葛亮も、姜維も、みんな夢破れて死んでいく。そして、中国大陸は最後の最後にぽっと出てきた司馬炎によって、だしぬけに統一されてしまう。英雄たちの知恵と勇気、それに大量の血と汗を踏みにじるかのように、あっさりと統一されてしまう。何というやりきれなさ。しかし、『三国志演義』はこの無常さが良いのだ。途方もない夢に己の全存在を賭け、そして敗れていく。英雄たちのひた向きさに惹かれるのだ。
長大な人類の歴史のほんの一コマで、強烈な生命の炎を燃やしていった英雄たち。『三国志演義』は我々に生きる勇気を与えてくれる!(大袈裟)
>>Prev | End