授業づくりのポイント
(1)単元や本時で身につけるべき「数学的な考え方」を明らかにする。
数学的な考え方を身につけるには,学習内容の中に,どのような数学的な考え方が含まれているかを,私たちが十分に把握した上で学習を展開する必要がある。「知識・理解」「表現・処理」ばかりに気をとられた学習を展開することのないようにしなくてはならない。数学的な考え方を身につけることを目標とした授業を行う以上,数学的な考え方が身についた子どもの姿を,具体的に捉える必要がある。つまり,子ども達が「○○を考えることができるようになったとき,ねらいとする数学的な考え方が身についた。」と評価することができるようにしなくてはならない。
(2)学習内容の系統性を把握し,創造する授業展開の工夫をする。
数学的な考え方を身につける指導を行うには,算数科の学習内容の系統性を十分に把握し,その場にあった「育てるべき数学的な考え方」を明らかにしなくてはならない。前学年または前単元で学んでいることを明らかにし,本学年または本単元で身につけるべき学力を捉える必要がある。さらには,今後どのように発展していくのか十分に理解し,今後は子ども達自らが算数を作り出していくことができるよう,ここで「重要な考え方は何か」を明確に捉えて上で授業を行っていく必要がある。
こうした系統性を十分に把握した中で,単元や本時の展開について,子ども達の実態に合った構想を立てることが必要となる。算数は,既習を使って「新たな内容を創造する」学習だといえる。私たち教師が,教え込む授業を展開することなく,子ども達に創造させる授業を行うためには,いかなる既習をどのように使うことで新たな学習内容を創造することができるのか,その道筋を教師自らが捉えておく必要がある。そして,授業の展開の仕方を工夫することで,子ども達自らが創造することが可能となるのである。
(3)創造することを生かし,認める授業を実践する。
子ども達の創造するその仕方は,自由で様々である。それは,子ども達自身が「どのような既習をもとに学習を創造するか」によって違いが表れるのである。とすれば,どの考えも「違っていてどれも素晴らしいアイディア」だと捉えていくことが重要となる。得てして,私たち教師は,本時のねらいに迫る考えを「よし」とし,その他の考えをおろそかに扱ってしまうことがある。こうした授業では,子ども達の発想や創造は生かされず,誰にも認められることなく学習が終わってしまうことになる。時には,マイナスの評価をされて終わることさえある。子ども達は,何の達成感も充実感も得ることができないばかりか,逆に有能感や存在感まで否定されることになり,二度と考えたくないといった「算数嫌い」を生み出す結果となる。
授業の展開を考えるときに,私たちは,できる範囲で「子ども達が考え出すであろうと予測される考え」を捉えておく必要がある。さらに,それらをどのような順で全体の場に引き出し,生かし認めることができるか,その見通しも持っておかなくてはならない。こうした見通しがない授業は,考えた満足感を得ることができないばかりか,授業のねらいに迫ることができず,よく言われる「這い回る授業」となってしまうのである。
(4)既習と未習の比較から,学習の意欲と見通しをもつことができる授業にする。
算数科の学習は,日常生活との関連が多く見られる。しかし,毎時間,日常生活との関連を図る授業を行うことは,難しい。最近の授業では,子ども達が学習意欲を高めることができるよう,人気キャラクターが登場し問題を出したり,学習場面自体がゲームのように仕組まれていたりと工夫されることが多くある。このことも決して無駄なことではない。しかし,もっと大切なことがある。子ども達が「算数の学習内容自体」に興味を持つことである。知的好奇心をくすぐられ,「やってみたい。」「不思議だ。」「なんだかできそうな気がする。」といった感覚をもつことができるようにすることである。
こうした授業を展開するには,学習の導入において,既習事項を子ども達自らが整理することができる場を設定したり,既習事項と課題を比較したり,時には既習事項から新たな課題を作り出す場を設定したりすることが重要である。
算数科においては,「問題」は教師から提示されることが多い。それは,学習内容が系統的であるからといえる。しかし,「問題」から「課題」を導き出すのは,教師の役割ではない。子ども達自らが,「学習課題」を見抜くことができる授業を日々展開する必要がある。このような授業を展開する上では,既習との比較を行うことなど,既習と未習を吟味することが有効である。このことにより,学習課題が明らかになるとともに,課題解決の糸口も見えてくるようになる。いわゆる見通しをもつことができるようになるのである。
(5)
授業の評価を学習内容にあわせて行う。
毎時間の授業では,学習内容を確実に身につけるために,評価が欠かせない。実際多くの授業実践の中で,評価がなされている。しかし,評価内容が問題である。本時のねらいにあった評価を行う必要があるが,ここでも評価内容が,「知識・理解」「表現・処理」に偏っている場合が多い。
最近単元末のテストを教師自らが作成するといったことが少なくなっている。すべてが市販のテストに頼っている。単元末のテスト内容を見て,授業を行い,テスト結果をよくしようとする先生だっているようである。こんな授業で,どんな力が身につくのであろうか。「教科書を教える先生」「教科書で教える先生」こんな言葉をよく耳にする。最近は,ほとんどが「教科書を教える先生」になっている。授業を見ると,教科書を読んで,その指示どおりに問題を解いて,それを発表して,練習問題を行って・・・。こうした授業では,教材研究は必要がない。もちろん,授業でどのような学力を身につけるかといった「教材観」もない。
あるとき,私が算数講座を持つ機会があった。その場には,60人近くの現職の先生方が参加された。多くの先生が算数科に興味を示す先生方である。その場で,ある単元の単元末評価テストを作成していただくようにした。もちろん,使用している教科書や指導書,学習指導要領を見ていただきながらの作成である。時間は十分に取れなかったが,先生方の評価問題を整理し,分析を行っていくと,ほとんどの問題が,「知識・理解」「表現・処理」の問題ばかりであった。「数学的な考え方」や「興味関心・意欲・態度」を評価する問題はどこにも見当たらない。つまり,現場の教師自身が,「見える評価」ばかりにとらわれているのが実状なのである。
授業の終わりに,基礎基本の定着を図る評価問題を行い,児童の成長を評価する活動は大切である。その際,最も大切なことは,本時に身につけたい学習内容は,何であったかである。「数学的な考え方」を身につけたい学習であるにもかかわらず,「表現・処理」の問題を行い,その評価をしていたのでは,児童の学力の定着を図ることはできないのである。
(6)教材・教具の選択を通して,自分らしさを発揮する。
最近の授業では,教材・教具の工夫には,力が入れられている。研究授業においても,どのような教材・教具を用いるか,重要視されている。しかし,ここでも「ねらいがどこにあるか」を忘れてはならない。多くの授業で,実際に行われているのは,子ども達が便利に早く結果を見つけ,定着を図ることができる教材・教具の工夫である。「こうすれば,簡単に結果を見つけることができ,学習内容の定着を図ることができるであろう。」といった結果主義に陥った教材・教具の工夫である。これでは,子ども達の問題解決力は育たないのではないだろうか。
ここで大切なのは,便利な教材・教具を開発することばかりにとらわれていることである。問題解決に役立つ,便利な教材・教具を教師から与えてしまうことに,問題がある。そこで,考えたいのが,教材・教具の選択の場である。教師が,多様な教材・教具(問題解決に便利に役立つものから,問題解決には余り有効でないものまで)を授業に持ち込み,児童自らに選択の場を与えることが必要なのである。児童が自ら選択する中で,その子らしさが生まれ,自分らしい発想で問題にアプローチすることができる授業こそ,喜びのある授業になるに違いない。また,こうした授業こそが,子ども達の問題解決力を高める授業になるのである。子ども達のアプローチの違いは,子ども達が持つ「既習」の違いである。同じ問題を解決するにしても,その子その子で生かしたいと考える「既習事項」は違う。しかし,どの子も自らが想起した「既習事項」を生かして問題解決に迫りたいと考えるし,そのことで真の問題解決力が身につくのである。
(7)問題解決力を高める学習展開の工夫をする。
現場の授業を見ると,毎時間同じ学習が展開されることが多く見られる。それも,教え込みの授業であり,子ども達に問題解決力を高めることとは,ほど遠い授業である。それは,教師自らが,「教えないと子どもには問題解決する力はない」といった見方や,早く学習内容を身につけるには,教え込んだあとドリル学習を行えば,スキルは身につくと考えている現状がある。
これでは,子ども達の問題解決力は,いつまでたっても身につかない。
考えなくてはならないのは,教師の意識改革である。「子ども達一人一人の問題解決力」を信じ,子ども達自身に問題解決を促す学習展開を工夫する必要がある。算数科では,教えるべきことは多くはない。教えるというより,創造させることが必要なのである。
とすれば,毎時間同じ学習展開となることはない。子ども自らの「問い」から始まり,子ども自らの「解決」となる学習場面を,創意工夫する必要がある。まずは,学習を,子ども達を信じ子ども達自らの手に委ねた展開となるように,教師の意識を変えていく必要がある。