郡上八幡」散歩3
(2006年2月19日)Rakuoh
 「郡上八幡」周辺を散策した番外編です。散歩の1・2で紹介できなかった箇所を寄せ集めてみました。

道の駅「明宝」にて
 「郡上八幡」の城下町から「めいほうスキー場」まで向かう途中に、道の駅があったので休憩した。すると見事な騎馬武者の銅像がある。名前を見れば「梶原景季」とある。平家物語で名高い宇治川の先陣争いで有名な「麿墨(するすみ)」が明和の産だと言われているらしい。
 寿永3年(1184年)、源義経は兄頼朝の命を受け、木曽義仲討伐に向かいました。両軍は宇治川で対峙し、義経軍の佐々木四郎高綱と梶原源太景季がそれぞれ頼朝より拝領の名馬池月(生喰)と磨墨に乗って宇治川を渡って先陣を競いました。出遅れた高綱はとっさに「馬の腹帯がゆるんでおるぞ」と景季に声をかけました。景季は馬の腹帯を直そうとすると、そのすきに高綱が追い抜きました。「しまった」と思った景季は大声で「佐々木殿、手柄をあせってしくじるな。川の底には綱が張ってあるぞ」と言いました。「こころえておる」と高綱は馬の足にからむ綱を断ち切り、宇治川の急流を渡って一番乗りしたのです。
 こういうエピソードも大河ドラマ「義経」では描かれていません。
 ちなみに、この「磨墨」が東京都大田区馬込で死んだといわれていることが縁で大田区と明宝村(現・郡上市)で交流が行われています。
 しかし愛知県犬山市にも磨墨塚史跡公園があって、「磨墨」の墓と伝えられている場所があります。歴史上の英雄だけではなく名馬ともなれば伝説の数も多いですね。見事に先陣をとった「池月」もに青森県から鹿児島県まで十数カ所の産地説があるそうです。
 郡上は馬どこ あの磨墨の 名馬出したも 気良の里(郡上踊り「春駒」より )

 

八幡町から和良町への道で見た不動さん

念興寺

「本日は法要中につき
鬼の首拝観はできません」
 郡上市内の観光名所を回ろうと考え、軽く出かけたが八幡町の隣町である和良町までは同じ市内でもかなりの距離。すごいカーブが続く山越えが待っていた。岩壁の不動明王を眺めながら進んでいく。やっとの思いで着いた念興寺。ここには本で見たことのある「鬼の首」がある。瓢ヶ岳の鬼退治伝説に由来するもので、村上天皇の命を受けた藤原高光が退治した鬼の首(頭蓋骨)が安置供養されている。しかし・・・!!!拝観できなかった。
ある意味、某「じ○ぱち」さん状態かも(^^;)


拝観叶わず、対面したときのシーンを想像・・・(笑)。


戸隠神社参道の一本杉

戸隠神社

重ね岩

 戸隠神社の裏手にる。上部の石は42トンもあるが、片手でも動くと言われている。しかし立入禁止で近づけない。伝説では、遠く伊勢の天の岩戸の片割れとして、飛んできたという。


蛇穴

 岐阜名水50選。乙姫様が住んでいたとか、巨大な大蛇が姿を現し空へ昇っていったという伝説が残る鍾乳洞。 延長25mの鍾乳洞の最奥部には、巨大な地底湖があるという噂も。
 立派なお碗を借りたとか言う昔話が伝わっており、何だか日本昔話で聞いたことがある場所かも知れない。


渡辺・・・けん!?ぐてん
ラストサムライの家か
(郡上八幡の城下町にて)
つまらないネタで済みません(-_-)

す、凄い!
店は見かけによらない
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以上、ぐじょう八幡から落王がお伝えしました(^^)/
違う季節も訪ねてみたい郡上市