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sikoturoute.jpg (134894 バイト) Route276 支笏湖道路
北海道ではよくある直線道路。樽前山麓の樹林を突き抜けて6qほど直線が続く。
遙かに見えるのは海岸にある出光製油所のタンク。
hidakaato.jpg (151024 バイト) 日高線の跡
昔、国鉄日高線は苫小牧駅を出て間もなく、踏み切りを通過後、室蘭本線から離れて勇払へと向かっていた。
西港の築港が始まってしばらくは港を跨いで走っていた鉄路も移され、平行に走る道路が多い苫小牧の中では比較的少ない、三叉路を作る変則的な路になっている。
左は若草小学校グランド
片側だけだが並木が美しい。

市内の古そうな建物

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耳鼻科医院

1960年代からここにあった耳鼻科。建物も当時のままのように思う。
蓄膿症の手術で世話になった苫小牧人も多いことだろう。
診察室の板張り床と頭蓋骨標本がブキミだった。

新川通りの集合住宅

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今にも崩れ落ちててしまいそうな下駄履きアパート。既に廃屋となっているのだろう。
1960年代、新川は王子工場構内のフェンス際で暗渠に入っていて、流れの記憶は無い。
新川通沿いのこの並びには、蔦の絡まる公民館、一階に新川市場が在ったアパート、苫小牧郵便局があり、工場側突き当りに消防署があった。
郵便局の巨大煙突は、戦争末期、工場と誤認され、米軍艦砲射撃の標的にされたそうだ。

駅前通りのお菓子屋さん

かなり古くからある建物。一階部分はかなり改築されていると思うが、上部はいかにも昔から北海道にありそうなデザイン。
断言できないが、食堂だったような記憶がある。

駅前通りの旅館

苫小牧は王子製紙の城下町、製紙パルプ工業の町と云うイメージばかりが強いが、室蘭本線を軸に、千歳線・日高線へ接続する鉄道の要衝、交通の要でもあった。主要な交通手段が自動車に移る前、鉄道の時代には苫小牧市内に多くの旅館や木賃宿的な宿泊施設が多数あったらしい。駅前通りにも数件の旅館や待合所があった。
右の写真の旅館も、外壁は塗り替えられているものの、入母屋造りの屋根から推して、昔からの建物だろう。1960年代には在ったと記憶している。

新川通りの木造住宅

新川通りと大通り(36号線)との交差点にある老舗呉服店の母屋。この建築様式から見てかなり古いものだろう。
この外観を維持するには相当の資力が必要だろうと思う。流石は老舗呉服店。