全く関係のないガイジンしかココには来れません・・・。
ビミョーな空気の流れる中、23000円にてジャケットお買い上げ。
バスは市内を網羅しているので使いこなせれば相当便利なんだけど…乗りこなすのはなかなか難しい。
明洞(ミョンドン)の
BARGER KING

<
ポプラの木事件>
1976年8月18日。JSA内のポプラの木切断作業を行っていた韓国側と、北朝鮮側の兵士との衝突事件。米軍将校が死亡。帰らざる橋の付近に切り株が残っている。
←平和の家
←板門閣
戦争記念館のチケット 3000W
地下鉄三角地より徒歩5分程度。周りは警察を始め、ものものしい建物ばかり・・・。
←自由の家
北と南を分ける38度は、両国家の合意の元に引かれたラインではなく、1953年に停戦した際のただただ便宜的なライン。
帰らざる橋
停戦後、捕虜送還が行われ、捕虜は橋の上で南北どちらかを選択し、帰還した。
しかし、選んだ方向以外二度と戻れないことから、この名前が付けられた・・・とのこと。
ビジターセンターで貰った『愛の手紙石鹸』の宣伝カード。
石鹸を使い終えると、メッセージの入ったガラス瓶がでてくる…らしい。
商品価値についてはとりあえずおくとしても、ここで売る必要性をまず議論したい。

板門店はソウルの北方約60㌔
ツアーチケット。顧客姓名の欄に「SUZUKI」と書かれてますが、私の名前は鈴木じゃないんですけど…。
これ以外にも、第3トンネル(戦争中に北朝鮮が掘った穴。長さ1635M)や統一展望台見学など、いろいろなツアーがある。
↑軍事停戦委員会会議場
北側の建物 「板門閣」↓
三角パックのコーヒー牛乳は甘いけどおいしい。コンビニにも売ってるが道端で買うとおばちゃんがストローを挿してくれる。300~500W
市場を抜けるとスーパーもあるが、基本的に韓国食材しか売ってない。
(レトルトのミートボールとか生クリームとか、そんな物はフツーのスーパーには無い。デパートまで行けばある。要するに普通のお宅では韓国料理しか食べない)
兵役の義務は2~3年(陸・海・空とそれぞれ長さは違う)だが、それが終わった後も、軍から訓練の呼び出しがあるらしい…。大変だ…。
シッケ
ご飯を発酵させたジュース。
家庭では残ったご飯を利用して作ったりするらしい。
冷やしあめ的な独特なくせがある。
韓国側にあった記念碑。
6・25戦争に参加した国の国旗が掲揚されている。
再びゲストハウスへ戻りバスを降りる。昼食はビュッフェ。スパゲッティ、韓国風ソーセージ、カレー、キムチ、鶏肉、スープなど。
最後にビジターセンターへ(なんとお土産品が売られてることに驚き)これで見学終了。
板門閣は、遠目でわかりづらいですが、築60年位の老朽化した小学校のような風情。2階建て。
手前にある青い建物は「軍事停戦委員会会議場」
北側のツアー客の見学と重なり、彼らとの接触を避ける為に(対話はもちろん、手を振るジェスチャーなども禁止されている)残念ながら入れなかった。
(北側のツアーは1ヶ月に2~3程度らしいが、偶然にも重なってしまった)
韓国側からみた北朝鮮。
北側の村にある国旗掲揚台の高さは世界一らしい(意味ナシ)
『平和の家』(韓国側)
DMZ内には韓国側・北鮮側それぞれに村がある。
韓国側の村には人が住んでいるが(戦争前からあった村)、北側には4階建てくらいの建物がぽつぽつ見えたが、実際には誰も住んでおらず、ガイド氏いわく「宣伝村」だそうな。
DMZ内の村に住むと、税金・兵役の免除やその他優遇されるらしいです。
共同警備とは言え、1976年のポプラの木事件以来、きっちり線引きされお互い自由に行き来はできない。
境界線(幅50cm×高さ5cmのコンクリート)をはさんで向かい合う、まさに映画「JSA」の風景そのまま。
DMZに入り、まずはゲストハウスへ。
何があっても文句は言いませんという誓約書にエンピツでサインを求められる
(ペラペラのテキトーな紙の為、これに命を預けてしまっていいのか5秒ほど悩むが、他に選択肢はない為、黙って名前を書く)
スライドを使い板門店の歴史を学ぶ(車中でもガイドのお姉さんが興味深いレクチャーをしてくれた)
写真は許可がおりたときだけ撮影可能。(「炭素菌テロ」が起こった後だったので、バスの中にはカバンは持ち込み禁止など、いろいろ制限があったHOTな時期だった)
DMZ(非武装地帯)に入る前、パスポートチェックの為兵士がバスの中へ。が、人数確認といった程度で緊張感ナシ。
ゲートをくぐり内部に入ると、内部移動用のバスに乗り換え。
バスはサファリパーク用のバス位の大きさで、防弾ガラスに拳銃携帯の兵士の護衛付き
(ライオンに襲われてもこれで安心)
韓国ではメガネやサングラスをかけたアイドルも多い。
眼鏡やサングラスをかけて歌ったり踊ったりするアイドルは日本ではまず見ないが、韓国ではフツー。
大韓旅行社主宰のツアーでJSAへ。時間は9時集合の15時解散。
昼食込みのツアー代金6万5千W(ツアーじゃないとJSAの中には入れません)
ミニスカ・ジーンズ・ミリタリー・サンダル不可などドレスコードが厳しいとの事でしたが、集まってる人の服装は案外テキトー。
(ツアーパンフには、「襟や袖なしの服、身体に密着する服、端正でないヘアスタイル」の禁止も書かれている。端正でないヘアスタイルって??)
北と南を分ける38度線の前後2キロの幅を 「DMZ(非武装地帯)」と呼び、その真中にある、800M程の狭いエリアを JSA(共同警備区域)と呼び、北と南で共同で警備しているらしい。
板門店とはその辺り(軍事停戦会議場がある場所)の昔からの土地の名前。
バスでソウルから1時間半。ソウル市内を抜けると景色はがらっと一変。道路は立派なのに辺りは野原なまま…。終戦でなく「停戦」であることを実感させられる風景。
ソウルよりも北に位置する上に、さえぎるものが一切無いので、とにかく寒い!!
2F以上はほとんどが6・25戦争関連。実際の戦闘中のフィルムを流していたりと、かなりシビアな雰囲気の中で 『WAR GAME』 という笑えないゲームコーナーあり。…いいのか?
外には模型?本物?戦闘機や潜水艦などがずら~っと展示。
内部には 今まさに敵地に乗り込もうとするリアルな人形 も配置されており、内部見学も可能だが、そのリアルさが頼まれても入室不可能な雰囲気作りに一役も二役も買っている。
「夜間戦争体験室」
夜間の戦争を体験できるという部屋を発見。
興味はあったが時間の都合で入らなかった。扉が閉まった途端、入らなくて良かった!と思うほど、リアルで乾いた音が…。
母艦を再現したと思われる建造物。食堂に始まり、2段ベッドの並ぶ寝室、無線室などいろいろな部屋を再現。
入り口からすでに薄暗くかなり不気味だったものの、通り抜け程度と気楽に考えたのは大きな誤算。
実はあらゆる場所にリアルな人形を配置したゴージャスな2階建てだと気付いた時にはもはや引き返せず、半泣きのまま全速力で駆け抜ける。
内部は資料に加えジオラマだらけ。1Fにある王宮や船などは精巧でキレイだが、上に進むほど笑えないジオラマが増える…。
三角地(サムガクチ)にある戦争記念館(チョンジェンギニョムグァン)へ。
秀吉や元の侵略の歴史から6・25戦争 (日本でいう朝鮮戦争の事。韓国動乱とも言う)までの戦争の歴史をまとめた資料館。
(秀吉の侵略や日本の植民地時代などは人事じゃないのでかなり居心地悪いです…)
何故か室内に鳥が放し飼い…
(いつフンをまかれるか気が気じゃない)
仁寺洞で伝統茶を飲ませてくれる喫茶店へ。
梨茶(昔からポピュラーな果物らしく、コンビニに梨アイスも売られてた)梅茶、柚子茶など珍しいお茶がいろいろ。
インテリアも伝統的なもので統一され雰囲気はいいんですが…
仁寺洞(インサドン)へ。
伝統工芸品や伝統芸能のギャラリーなんかが並ぶ街なので、雰囲気を壊さない為にスターバックスもハングル表記。
←「スターバックスコーヒー」と書かれてる。そのまま読むと「スターボクスコピ」
スノッブな店もポツポツあるが、全体的にはなんだかアヤシイ雰囲気が漂う…。
革製品のお店が多い。
梨泰院(イテウォン)へ。
ガイドブックに「インターナショナルなショッピングの名所」「ベースが近く米軍関係者が多いためムードはアメリカそのもの」と書かれていたが…(どうだろう?)
別の日に受け取りに行くが、この日通訳(いとこ)はいない為、完全に身振り手振りの世界。
メガネは日本に比べて安く・早く作ってくれるらしく、イトコにすすめられ今度は眼鏡屋さんに。
観光客が来る店ではないので日本語は一切通じない。値段交渉はいとこの通訳を頼りに行うが、検眼は身振り手振りで無理矢理すすめる。
(このおじさんはすごく丁寧で親切でした)
韓国は革製品が安いらしく、イトコにすすめられるまま革製品のお店へ。イトコが面白がって「いくつに見える?」と店の人に聞くと…
薄暗い部屋(ちょっとした体育館並みの広さ)の中で、3つの石が時間差で出てくる(火葬場のような風景…)。
石の近くは毛穴がぶわ~っとひらきさすがに暑いが我慢は出来る程度(石の近くでなくても部屋の中にいれば効果は得られるらしい)
汗はダラダラ出放題だが、何故か肌はサラサラ。そして次の日肌はツルツル♪
フロントのおばさんに「吹き出物が出るのは内臓が悪いからだ」と言われ、差し出されたパンフには、薄暗い部屋で石に向かって手を広げる人々の写真とわけのわからないあおり文句が…。
熱した石から出る遠赤外線を利用したサウナ。
健康ランドのような所で、食事もとれるし、寝る部屋もある。
わざわざ日本から来てる人もいるとか(近くに部屋を借りて通ってたらしい:店のおばちゃん談)いう位、健康にいいものらしい。
日本のサウナとは違い服を着用。しかも白い服じゃないと遠赤外線を通さないとのこと。体操着のような白い上下の服を借りることに。
(入場料1万W 服・タオルの貸し出し料2千W)
服を来たまま、おっさんもおばちゃんもみんなでゴロゴロ♪
その他、屋台で売られてるのは、焼き鳥(日本よりでかい)、トッポギ(韓国のお餅・トックを甘辛く煮たもの)、キムマリ(ノリで春雨や野菜の具を巻いて天ぷらにしたもの)など。いろいろあってマシッタ♪(美味い)
スンデは豚の血や内臓の腸詰。オキアミにつけながら食べるが・・・マズイ。
プデチゲ(部隊鍋)はその昔アメリカ軍が放出した材料で始めたとされるので、スパム、ソーセージハムなどがメインのジャンクな鍋。最後にインスタントラーメンを入れるおいしくて辛~い鍋(みんなでつつく鍋料理)
スンドゥブチゲ(豆腐チゲ)は1人分ずつ。店によってアサリや卵が入ってて美味しい(^^)
サムギョプサルは豚の焼肉。店によってワインで漬け込んだりするらしい。ごま油+岩塩で味付けしてチシャにくるんで食べる。おいしい♪
屋台で売られてるその名も「オデン」
日本と違うのは、魚のすり身のテンプラの1種類のみ。出し汁と唐辛子を入れた鍋で煮てるが、特に辛くはなくおいしい。
ホットック
冬場、屋台で見かける。店によって油っぽかったりするが、外はカリカリ中はふわっとしてて美味しい♪野菜の入った甘くないバージョンもあり。
鶏肉屋さん。胸肉・ささみなどの部分売りは一切ナシ!丸ごと1羽がどーんと売られており、料理法に合わせて切ってくれる。
値段は大きさで違う(小さい鶏で3500W)
卵はバラ売り。買うとダイレクトに袋に入れてくれる(割れるがな!)
肉屋さん。通るたびに牛の解体ショーを目撃…。
イトコが住む街にある市場にて。
魚屋さんで売られてるのは冷凍の魚が多い。氷付けの魚を道端で処理しているおばさんを発見。
(日本に比べて魚は高値)
フツーに停留所で立ってるだけではバスは止まらない。「乗るぞ!と身を乗り出していれば止まってくれる。
止まるときも停留所のずいぶん先で止まったり、4車線の真中あたりで「徐行→一瞬ストップのみ」のこともあるので、乗り込むには技術が必要。
韓国ではバスは「止まる」のではなく「止めて乗り込むもの」らしい…。
前回乗った時は、ガラシャツの運ちゃんが自分の好きな韓国演歌を『チャンカ♪チャンカ♪』鳴らすだけでなんのアナウンスもなし。運転は乱暴、スピード出まくり、さらには降りる途中でドアを閉められはさまれかけたが、今回、とりあえずドアに挟まれずには済んだ….
車内で物売り発見。バナナの叩き売り調にデカイ声でなにやらまくしたてている。歯磨き粉を売っていたようだったが、結構売れてた。1駅だけですぐに降りたので、物売り同士のなわばり争いとかあるんだろうか?
改札。このレバーが邪魔でスーツケースを通すのが大変だった!(完全に自動改札の駅もあったけど)
地下鉄はハングル・英語・漢字表記以外に、駅ごとに番号を振ってくれているので読めなくても安心して乗れる。便利。
値段は一律600W(60円くらい) エリア外は700W
(3年前は450Wだった…)
突然仕事を辞め韓国に留学し、果ては就職までしたイトコに誘われ、2度目の韓国へ。
(1度目は1998年に2泊3日で来韓)
翌年のワールドカップ開催に向けて、街中がどんどん変わっていった時期でした。(工事中の場所が異様に多かった)
できたばかりの仁川(インチョン)空港は、さすができたてでキレイ♪金哺空港のようにキムチの匂いもナシ!
ただ、あまりの寒さに凍りつく・・・。
ソウル&JSA(板門店)に 갔다왔어요 カッタワッソヨ (2001.12) KOREA 韓国編其の①
