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雑 記 帳
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2005年  2月16日
 「三 嶺を守る会」よりのメッセージ
2005年  1月16日 山歩き10周年
2004年 12月31日 2004年 雪の大晦日
2004年 12月17日 ア クセスカウンター 80,000
2004年 11月20日 昔の山歩き
2004年 11月13日 素晴らしい出会い
2004年 10月31日 270回目の飯野山
2004年  9月26日 のんびり散策 飯野山
2004年  8月19日 台風15号
2004年  8月 7日 135012q
2004年  7月31日
台風10号&飯野山の桔梗
2004年  7月 9日 ア クセスカウンター 50, 000に
2004年  7月 6日
サ イト開設1周年
飯野山山頂森林整備 ボランティア活動
2004年  5月24 アクセスカウンター 40, 000に
飯野山での二つの出来事
2004年  4月18日 グループ・団体登山
2004年  3月11日 アクセスカウンター 30, 000に
2004年  3月 9日 人間ドック
2004年  2月29日 県境尾根歩き
2004年  1月24日 禁煙への チャレンジ
2004年  1月 4日
飯野山、新春の爽やかな話です!
2003年 12月31日 2003年 大晦日
2003年 12月21日
アクセスカウンター 20, 000に

2003 年 11月20日

沖 縄でのOB会(不参加でしたが)
2003年 11月 5日 自 然が一杯の西熊北尾根
2003年  9月30日 ア クセスカウンター 10, 000に
2003年  9月13日 三 嶺・白髪避難小屋 にて
2003年  8月31日 スー パー林道より一の森への新 道   
2003年   8月 3日 飯 野山にてツユクサ
2003年  7月19日 飯 野山にてキキョウ
2003年  7月13日 ホー ムページ開設しました

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2005年 2月16日  小雨&曇り


三嶺を守る会のH氏よりメールを頂きました。
またまた、景観の改善に名を借りた観光開発?の話でしょうか。
原文のまま紹介します。

【 三嶺を守る会会員他の皆さんへ  三嶺を守る会からお知らせです。

昨年11月、徳島森林管理署が三嶺登山道(名頃ルート)の
景観整備を検討していることが、徳島新聞他により報道されました。

それは
登山道からの景観を改善するため、支障木の伐採や
ウラジロモミの自然林の間伐など
三嶺の自然を守るために無視できない内容であることが明らかになりまし た。

昨年末、徳島県勤労者山岳連盟が署長宛に要望書を提出し、
関係資料を公表しました。

三嶺を守る会でも、1月に理事会を開いて検討し
2月6日付けで、署長宛に
*眺望を改善するための伐採は行わないこと
*ウラジロモミの自然林の間伐はしないこと
などの「申入書」を郵送しました。

詳細は、守る会のHPを ご覧下さい。 】






2005年 1月16日  晴れ&曇り&小雨




(青空  2005年1月16日 飯野山にて)

1995.1.15 およそ20年ぶりの山歩き再開第1号が、雪の笹ヶ峰


すっかりはまり込み、以来10年間二人で歩いたり、また一人で歩いた り。
記録を紐解くと 四国四県を中心に通算285回(他に 飯野山282回 計567回)歩いていました。

最初の頃はガイドブックを片手に計画を立て、帰れば四国百山の地図に マーカーを入れていましたが、いつからか気に入った同じ山域ばかりを歩くようになっていました。

おかげで最近は「同じ山ばかりで面白くない」と女房には敬遠され、一人 で歩く機会が増えています。

恐らくここ暫くは同じパターンの繰り返しだと思いますが体力の続く限り 歩こうと思っています。

既に、歩く間隔が少し空くと筋肉の衰えを自覚する歳になってきていま す。
果たして、この先10年今のパターンで歩けるかどうか少し不安です。
(その意味で暇があれば飯野山を歩き、劣化を防いでいるつもりです。)

しかし、先日偶然出合った方は私より10歳年上で、「祖谷に家を借りて 山歩きをするのだ!」と仰って、実行されています。

こういった方を見習いながら静かな山歩きを続け、「自然との触れ合い」を 楽しもうと思っています。






2004年  12月31日  雪






窓の外では雪が静かに舞い降り、土器川河川敷が白くなっています。

今年一年も楽しい「自然との触れ合い」が出来ましたことを感 謝します。

残念ながら孵化は見られませんでしたが、ミサゴの夫婦の生活ぶりをじっくりと観察できました。

阿讃県境歩きも、いろんな方から情報を頂き全ルートを無事歩くことが出来ました。

また、牛の背周辺の静かなコースも堪能できました。

その折々に地元の方達とも、いろんなお話しを伺うことも出来ました。

それ以上の収穫として、ネットを通じていろんな方との出会い・交流が出来、直接お目にかかれた方もいました。
IT社会となり、今までとは違った「人との触れ合い」を身をもって体験することが出来ました。

おそらく来年も同じパターンの繰り返しだとは思いますが、身の丈にあった「自 然との触れ合い」を求めようと思います。


本年は、いろいろお世話になりました。

来る年が、皆様に とりまして良い年になりますように!






2004年  12月17日  晴れ


アクセスカウンターが80,000を 通過しました。

拙いサイトへ立ち寄り頂き有り難うございました。



今年も残すは後2週間。

海外からのGREETINGS  CARDは既に届いています。

年々、月日が経つのが非常に早く感じ られます。
(人生の下り坂を転がり落ちているか ら との陰の声)

昨年は、この時期既に雪の上を歩いて いましたが、今年は少し遅いようです。

自然の移ろいを感じながら、これから もマイペースで
「自然との触れ合い」を求め、歩きたいと思いますので宜しくお願い します。





2004 年 11月20日  晴れ


昔の山歩きを紹介します。
古い山日記が見つかり、少し加筆し黄色いテントへ以前投 稿したものです。

灯油をコンロに詰め重いテントを担ぎ、夜行列車に乗り、 満員のバスにゆられ登山口へ向かう。
今でこそ、途中のコンビニで食料を調達し、登山口横まで車で乗り付け、 稜線へ上れば避難小屋が普通になっているが、こういう山歩きの時代もありました。

当時はあちこちで「自然破壊か林業か」 の議論が交わされながら林道工 事が各地で行われていました。
今から振り返ると、林道の役目よりも観光道路の役割が大きくなっていま すが。

でも、こういうのんびりした山歩きも一つの楽しみ方だと思います。
あくせくした時代にこそ、こういう「自然との触れ合い」も見直されても 良いのかも知れません。


★★★ 昭和43年夏 石鎚縦走 ★★★ 

四国での初のテント泊縦走。この年は稜線の笹が何十年振りかに枯れる年 だったという記事が記憶に残っています。
また、確かこの年の8月に石鎚登山ロープウェイが開通したと思います。


8月18日  曇り
自宅1:00〜高松駅3:21−7:03西条7:15−バス−ロープ ウェイ駅8:35〜
西之川9:00〜シラザ峠分岐9:20〜常住11:15〜鳥越12: 25〜
15:00瓶ヶ森テント場

17日出発の予定であったが、天候があまり良くなかったので出発を1日 延期した。
今回は単独で瓶ヶ森から堂ヶ森への縦走であり初めての石鎚である。
3:21の列車に乗るために皆が寝静まっている1時過ぎに出発し徒歩で 高松駅へ向かう。列車はガラ空きであったが、寝すごしを心配してほとんど眠れなかった。単独行の時はいつもこうである。

西条よりのバスは満員で立ち通し。ロープウェイの駅より西之川まで歩 く。
久しぶりの登山であるためか、トレーニングしていなかったためか、睡眠 不足のためか、最初からあまり調子が良くない。

最初林道沿いに進み、途中より良く踏まれたいい道に入る。
最初の水場より常住までは急なジグザグの登りであり、常住には立派な神 社があった。
常住より1時間で最後の水場があり、直ぐに石垣だけが残っている鳥越に 着く。
正面に子持権現がそびえ立っている。
ここからは、暑さに寝不足も手伝い、更にキスリングの重さでバテバテで 歩き、氷見二千石原に着いたときはダウン寸前であった。

ヒュッテでテント張り代50円を支払い、設営する。
周りには10張りほど先客があり夜遅くまで賑やかであったが、ぐっすり 寝込んだ。

8月19日  晴れ後ガス
テント場5:30〜シラザ峠6:30〜名ノ川越7:30〜土小屋8: 20〜二の鎖
元小屋10:20〜11:00頂上〜分岐12:00〜高瀑分岐12: 20〜二ノ森13:30〜
14:25山内小屋

朝、寝過ごし出発が三十分ほど遅れる。
昨夜ぐっすり寝込んだので体調も戻り、快調に飛ばす。
子持権現を巻き、シラザ峠へ。峠には無人の小屋あり。
名ノ川越までの途中で林道の建設工事中である。
43年度内に稜線まで伸びるとのこと。

土小屋までには途中数カ所の水場あり。
土小屋には水場はないが、営林署のコンクリートの避難小屋あり。
また、有料道路の工事中で45年度には完成とのこと。
山肌を大きく削り赤茶けた山肌が目立ち、土砂が谷へ流れ落ちている。

二の鎖までには北壁下のヒャッとするトラバースがあり、冬は難しそうで ある。
二の鎖小屋よりは鎖があるがキスリングを持っているので巻き道を進み、 分岐点にザックをデポし、三の鎖を上り頂上へ向かう。
先があるので直ぐに巻き道で分岐点まで戻る。
冬は北面だし、厳しそうであるが何とかなりそうと思える。

ザックを拾い堂ヶ森へ向かう。
笹の中をトラバースして行くが、雪量にもよるが冬は歩きにくいと思う。
今は笹が全部枯れていて遠くから見れば砂のように見える。
西冠は巻き、二の森はピークを踏むが、ここからは道がぐっと悪くなる。
振り返れば石鎚がどっかと座っている。
五代の別れを巻くと、枯れ笹のなか、ルートに沿い雑草が生え、これが一 条のグリーンのレールを引いたように見え、非常に感じがいい。

堂ヶ森の白石・山内両小屋とも無人であったのでテントを持ってはいるが 山内小屋に潜り込む。同時に激しい夕立。ラッキーであった。

今日は石鎚頂上付近以外では人に出会わず、分岐点からは誰にも出会って いない。静かな山行であった。

8月20日  晴れ
山内小屋7:40〜分岐点8:20〜林道9:05〜9:45明賀10: 30−バス−落合−
バス−12:10松山12:33−18:10高松〜19:00帰宅

今日は下りだけなのでゆっくりと出発する。
下山道は木の根がゴロゴロして歩きにくかったが例によって飛ばす。

牧場の中を通り、林道へでたが旧道を聞き、バスに間に合うように飛ば す。
が、バス停にはバスなし。時刻表が改訂されていて1時間待つ。
良くあることである。

落合で松山行きへ乗り換え、松山から列車に乗り帰宅する。
初日はバテたが、あとは天候にも恵まれ楽しい山行であった。






2004年 11月13日  晴れ


先日素晴らしい出会いがありました。
といっても、一方的に押し掛け貴重な時間を割いていただいたのですが。

発端は、先日「土足でホームグラウンドに踏み込む」と書き込んでいたら T氏より「余計なご心配なさらないように」とのご返事を頂き、更に以前 氏より紹介いただいていた北海道で著名な山のWEBサイト管理者 S氏が 「歩き 四 国遍路に来られて 本日 讃岐路に入られています。」との添え書きがありました。

北海道で縦横無尽に活躍されておられるS氏のサイトで、女房の故郷の名 前を知っている記録などは二人で拝見していました。

奥様を失い、供養のため四国遍路に来られているということなので、一目 でもお逢いしたいと、早速サイトを開くと明日の予定が記され、宿泊予定場所はいつもの通勤路近くでした。
早めに会社を抜け出し寄ってみると「今夜そういう方は泊まっていませ ん」とのこと。
T氏へその旨連絡を取ると、翌日家の方へ今夜の宿泊先・携帯ナンバーを 連絡いただきました。

夕刻アップ等で忙しい中を宿泊先へ押し掛け、30分ほど時間を頂 き面談させていただきました。

「山の話」「遍路の話」等々アッという間の30分でした。
失礼ながら年齢を伺うと私より二つ上とのことでしたが、S氏のバイタリ ティ溢れるご活躍の一端が話の節々に伺えました。

今回の遍路旅について氏は11月9日にこういう風に書き込んでいまし た。

【いよいよ終焉に近づいてきました。
もっとゆっくり歩きたい、まだ終わりたくない・・・そんな 気持ちです。確かに、早く終わればいい」とか「早く終わりたい」という気持ちには一度もなったことがありません。
それだけ、この旅は快適で楽しく、贅沢な旅なのでしょう。
日常の生活に戻っても、浦島太郎の竜宮城のような思い出だ けでは終わらせたくないものです。

自分はこの旅は修行という感じは持っていませんが、確かに どんなことでも素直に受け入れられるし、他人の心がうれしいし・・・。
これまでの人生も他人に支えられて生きて来れたことは実感 していますが、今回の旅を通して、それが余計如実に感じられました。
「人生即遍路」の意味をじっくり噛みしめたいものです。】


今回色々ご配慮いただいたT氏及び明日北海道へ帰られるS氏に、「素晴 らしい出会い」を頂き感謝します。





2004年 10月31日   曇り時々雨


10月最終日曜日、昨日に続き雨&曇り空。

山歩きの合間を縫っての体力維持のための飯野山ウォーキングも、今日で通算270回を迎え下りは雨に濡れながら歩いてきました。

最近は、丸亀口〜頂上〜飯山口〜丸亀口と往復するケースが増えてきています。
以前のように「27分で頂上へ」といった馬鹿げたことは止め、道端に咲く花を見ながらののんびりウオーキング。

いろんな人達とすれ違いますが、両登山口間を往復し丸亀口からの遊歩道を走られている方もいます。
また、20s以上の荷物を背負子につけての荷上訓練の方も。
そんな中で本州からわざわざ来られている方も。

老若男女入り乱れての山歩き。
すっかり健康ウォーキングの山となっています。
頂上薬師堂脇の椿にはそろそろ冬が近づいて来ている証拠に花が咲き始めています。


ところが、今日久しぶりに丸亀側からの遊歩道を歩くと最近の 相次ぐ台風により非常に痛んでいます。
以前の歩きやすい路が、雨で流され溝が出来たり石が飛び出したり。
小さな子供や老人には気の毒な状態に大変化。
それ程今回の台風が強かったのでしょう。
いつも歩かれている方達のボランティア作業では修復は少し難しい?状況となっています。

でもこれが自然の姿かも知れません。

飯野山の花達


コウヤボウキ

センブリ

キッコウハグマ1

キッコウハグマ2





ハギ?

ヤクシソウ




2004年 9月26日   曇り時々晴れ


もう9月も下旬。

秋がヒタヒタと迫ってきています。
が、日本晴れとはほど遠く今朝も今にも降り出しそうな空模様。

昨日は仕事、今日も天候がもう一つなので、昨日・今日と 三嶺を守る会他の皆さんがお亀岩避難小屋の応急修理を行ってくれているのだがパスさせていただく。

連れ合いは、今朝早くから二泊三日で北陸へ「木彫り・漆芸観賞ツァー」 へ出発。
仕方なく(浮き浮きと?)飯野山散策へ。

7時過ぎに伊勢神社へ着くと氏子さん達が大勢で社殿や境内の清掃作業 中。
秋祭りが近づいているからだろうか?

歩き出すと、下ってこられる何人もの方達と早すれ違う。
「早いですね!」「今日はいつもより遅いですは!」

頂上へ上がると、いつもの団体さんが下山の準備中。
そのまま素通りで飯山側登山口へ下る。
こちらも途中で十数名登ってこられる方とすれ違い。

Uターンして頂上へ引き返す。往復丁度五十分。
汗ビッショリだが、頂上のベンチに腰掛けると汗が引いてゆく季節にな り、吹き抜ける風が気持ちよい。

いつもの3人連れお揃いザックペアーの方がおられたので挨拶を交わす と、ビスケットを差し出してくれる。(何かお強請りした雰囲気?)
75歳のご主人が、丸亀側登山ルートに柿の木を接ぎ木してくれている 方。
「十年後にみんなに柿を食べて貰いたいと思い植えました」とのこと。
隣で奥さんが、「実のなる頃には、二人とももういないは・・・」に周り は大笑い。

丸亀側周遊ルートを下ると、のんびり者のツリガネニンジンが風に揺れて いた。


ツリガネニンジン

サケバヒヨドリ ???

カラスノゴマ

ヤクシソウ


他にも名前が?の花が、今の内にと急いで咲き誇ってい る。
いつもののんびりした263回目の飯野山でした。







2004年 8月19日  雨のち曇り


台風15号がやっと通り過ぎました。

ここ香川では今まで台風の被害はほとんど無かったのだ が、今回は死者が出る大きな爪痕を残して走り去りました。

こんな被害の中に身近な所で悲惨な出来事が起きていました。
昨日会社へ「親類が行方不明であり、捜索のため休みます」との連絡。
84歳の叔父が農業用水に流され行方不明になっているとのこと。

これ以外に、床上浸水で片づけのため休みます。
庭先まで土砂が流れ込んでいるので片付けます。
地区全体が冠水しているので手分けして片づけがあります。等々の連絡。

会社のそれ程多くはない仲間達からの被害の連絡。
今まで経験したことがないことばかりです。

残念ながら行方不明になられた方は翌日瀬戸内海で発見されました。

私達が遊びに通った曼陀峠への道、六地蔵越への道も至る所で土砂に埋まりました。

先日徳島・木沢の方達を心配していたのですが、身近なところで悲惨な出来事が起こっていました。

かと言って何も出来ることはありませんが、只御冥福を祈るだけです。






2004年  8月 7日  晴れ



135012q


11年間の、我が愛車の走行距離数です。

永い間こき使われて、お疲れさまでした。

連れあい用の車として我が家へやってきてから、途中で旦那の通勤用へ変 身。

この間山歩きにつき合い、あちらの林道こちらの林道でお腹を擦りマフ ラーに穴が空いたことも二度や三度ではありませんでした。

また、除雪されていない山路で轍を追っていると前方からランクルが出 現。
気を利かしてランクルが轍を外してくれたのはいいがスタックし仲良く向 き合い思案顔もありました。

山間地へ入ると道幅も狭く、仕事に急がれる地元の方達との離合に気を遣 うことも多いので、小さな車が便利といつの間にか山歩きは四駆ではなくてこちらへ変更していました。
小さなスペースがあれば駐車も簡単だし、地元の方達への迷惑にもなり難 い。

が、660ccなので急坂ではむち打って喘ぎ喘ぎ登らせました。
でも綺麗な空気の所で大排気量の車が排気ガスをまき散らしながら進むよ りは、圧倒的に少ない排気ガスが取り柄でした。
(どんな条件でもリッター20q以上走りました)

あと二年あと二年と伸ばしてきましたが、もうそろそろ現役は無理となり ました。

8月7日、我が家の通算10台目の新しい車とバトンタッチし、解体屋さ んへ向かうことになりました。



本 当に長い間お疲れさまでした。


通算10台目の車(当分は連れ合いの専用車になりそう)








2004年  7月 31日  台風10号




台風10号が高知県から愛媛県へ抜けています。
幸いなことに、香川では風は強いが雨は少なく、今でも雲を被った大麻山が窓から見えています。
早明浦上流の方でも相当降っているようなので、水不足には一息つけそう。



こんな日に、朝飯野山へ桔梗さがしに歩いてきました。
昨年咲いていた所では気配なし。
頂上経由で遊歩道を下ると数輪道端に咲いていました。
昨年よりは遅い様子ですが・・・

UP



2004年  7月 9日   夕立ちのあった暑い日



約1年間で、アクセスカウンターが50,000になりました。

勿論自分で叩いた数も含んではいますが、
お寄りいただいた皆様には本当に有り難うございました。




2004年 7月 6日


2003. 7.7 サイトを何とか立ち上げ、一年が経過しました。





この間アップロードしたらカウンターが消えたり、文字化けしたり訳の分か ら ないことが数多くありました。
PCの操作には全く自信はないので、都度 Y(°_°)Y ウッ! オロオロ・・・でした。

「県境歩き」「鳥の家族」「峠歩き」等を新しくアップロードはしました が、アルバム等は手つかず状態のままです。

この間多くの皆様より励ましやありがたい忠告のメールを頂きました。
また、相互リンクさせて頂いたサイトも多々あります。

この場を借りてお礼申し上げます。

私達夫婦の、「遊びでの山・峠歩き」を掲載しているだけですが、多くの皆 様に覗いて頂き、幸せ者と思っています。

これからも、気の向くままあちこちを歩き・写し・記録し・掲載して行こう とは考えていますが、何処まで実行できることやら?

今後とも御つき合いの程、どうぞよろしくお願いします。

UP



2004年  6月19日 台風前の晴れ→雨

最近、飯野山山頂西側の趣が変わってきています。
以前は、鬱蒼とした雰囲気で三角点の場所もあまり近寄りたくない雰囲気 でした。
しかしながら、最近は登山道を上がり頂上広場手 前の辺りでは林越しに向こう側の青空が覗けるようになりつつあります。



「森林ボランティア(讃岐富士クラブの皆さ ん)による飯野山山頂付近森林整備」の結果です。





正式目的は「松くい虫被害跡地の森林の再生」ということ ですが皆さんのお陰で頂上広場西側が立ち入れる素敵な雑木林に変身中です。





何処の山林でも同様ですが「手の入った」山林は、たとえ人工 林であろうが足に優しいフワフワした感触で歩いても気持ちの良い場所です。
が、人工林でも最近は間伐の人手・経費等の問題の為荒れている場所がど んどん増えているのが現実です。
以前山林オーナーの方と一日山中を歩いたことがあります。
「ここはお爺さんが植えた木」
「こっちは曾お爺さんが植えた木」
「親父は間伐材の販売だけで生活が出来ていた」
「それが、今では間伐をすれば持ち出しだけ」と嘆いていました。
経済環境の変化によりこうなってきているのでしょうが、それが今の中山 間地域の林の荒廃を招いている一因になっているようです。

飯野山も鬱蒼としていたのが、手を加えることにより見違えるような雑木 林に変身中です。

日が差すようになり、切り口からは新芽が成長中です。



でも中へはいるとやっぱり「蜘蛛」が。
蜘蛛も太陽の光が射し込み始め気持ちがいいのでしょうか?








2004年 5月24日  晴れ




アクセスカウンターが40,000を通過しました。


3月11日に30,000を通過してから74日。

先ずは、訪問いただいている皆様「有り難うございました。

この間「県境歩き」「鳥の家族」等をまとめることが出来ましたが今後 は???です。

これからの季節は、どちらかといえば私たち夫婦には「出歩きたくない季 節」です。
「山へ入り【人混みに人疲れ】するのなら、家でゴロゴロしている方がま し」と出不精になりがちです。

そんなわけではありませんが、PCに向かいトップページ も夏向きに趣を少し変えてみました。
(あまり代わり映えしないとの脇からの声あり)


今後も可能な限り「人に出会わないコース」「あまり歩かれていないコー ス」「昔の峠道の地蔵尊」等、静かに【自然との触れ合い】が 得られるルートを歩き、紹介させて頂きたいと思っています。

従来通り、ご指導の程宜しくお願いします。






2004年 5月 5日  雨後晴れ


連休中に、飯野山で見た話題を二つ。

一つ目は、讃岐富士クラブの方達や地元の方達が、頂上横の雑木林を適当 に間引きし、人が入れ場合によればお弁当を拡げられる林にしようと活動をされています。
勿論植林管理事務所には連絡済みです。

二つ目は丸亀側直登ルート上に落ちている枯葉を熊手で片付けておられる 方。
すれ違いざまに「有り難うございます」と言えば、「連休で閑でする事が ないので、歩かれる人が滑らないように掃いているだけ」との返事。

二つとも当然ながらボランティアの活動です。

人いろいろの受け止め方があると思いますの で、事実のみ記述しておきま す




2004年 4月18日   晴れ




今回の山歩きで二つのグループ・団体登山の方々と少し話をする機会がありました。


一つは、亀尻峠より下山後車の脇でクールダウンをしている時、脇の林道 を中型バスが下って行きました。
後を追い、下ってゆくと最終民家辺りで停車し乗っている人達が下りて近 くの桜等を眺めていた。
通り過ぎる際に伺えば、名頃から三嶺へ上がりバスは回送して西山林道で 下りてくるグループを拾う周遊コース。
乗っている人達は大半が中高年の女性の方達でした。

もう一つは帰りの岩戸温泉の湯船での話。
伺えば、昨日名古屋を発ち、夜フェリーで東予へ上がり旧194経由で土 小屋へ。
石鎚山を登った後、今晩岩戸温泉で一泊。明日は剣山へ上がりそのまま名 古屋へ帰る。
70歳近くになって、皆に連れられながら日本百名山を歩ける私は幸せ者 すとのこと。

羨ましいような話です。

もう一つ、西山林道・天狗塚登山口で一人の方に出逢ました。
立ち話で、自転車をいやしの郷へ置き、車で久保まで下りそこから歩いて ここまで来たとのことでした。
三嶺まで歩き自転車で久保へ下る周遊コース。

稜線での再会を約し別れましたが、残念ながらタイミングがずれたのか遭 遇は出来ませんでした。

彼とは逆コースになりますが、大勢の女性達が絶好の天候に恵まれた稜線 ハイウェイを歩けたことに大満足していました。

このように、グループ・団体登山がどんどん増えてきています。

また、最近R439名頃へ入っていたバスも廃止となり、 車が無ければ三嶺辺りはタクシーを利用する以外にアプローチ方法が無くなった今こういう団体登山は益々増加するでしょう。

団体登山については、いろいろ悪評も聞きますし、遭遇したこともありま す。
中には「私何処へ行くの?」「何処へ行ってきたのだろうか?」という人 もいるでしょうが、リーダーの方はこの自然の素晴らしさを大勢の人達へ共有出来るよう頑張って頂きたいと思います。

リーダーの方達へお願いするのは、やはり営利事業で行うのであればそれ なりに山歩きに関しての責任もありますし義務を果たして頂きたいし、ボランティアならば自分の考えを参加者に是非訴え、悪評が立たないようにしていただき たいと思います。



2004年 3月11日   雨&曇り 





アクセスカウンターが30,000を通過し ました。


毎日クリックしていただき、本当に有り難うございます。

あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、同じ所を続けたり、県境へ行った り・・・
取り留めのない無節操な歩き方をしています。

でも、何処へ行っても素晴らしい自然。

拙い写真・文章ですが少しでも記録に残し、皆様に一 部でも共感を頂けれ ば、と思っています。

これからも、「讃岐富士の自然との触れ合い」にご指導の程お願いします。




2004年 3月 9日  晴れ



人間ドック

今日ドックで調べていただきました。「結果は大ショック」

症状は、血圧値150ー105とほぼ今まで通りの高血圧 症。(+αで尿酸値が8.0へ少しdown)
ここまでは、今まで通りと安心。
更に、今回からは胃カメラで直接中を見ていただきましたが、結果はOKで更に安心。

ところが、最後の問診時に「高血圧の対応策」として次の 6項目のお話し。

1,適正体重を維持する。(これは自信をもってOK)
2,食塩は1日7g以下に制限する。(これもほぼOK)
3,アル コールを制限する。(自信を持ってNG、こんな項目今まであったのかな?)
4,コレストロールや飽和脂肪酸の接種を控える。(これもほぼOK)
5,運動を取り入れる。(これもほぼOK)
6,禁煙する。(これも現時点では自信を持ってOK)

ということで5/6項目はOKなのに、大好きな酒を控え ろと いうこと。

娘のような年頃の女医さんに、「休肝日を週二回にするの は 連続2日がいいのですか、飛び飛びがいいのですか?」と聞いても看護士さん共々笑って答え無し。
【量・頻度を減らしなさい】との冷たい鬼のような言葉。

昨年までは365日+α飲んでいます、と自己申告していても週1の休肝 日程度のお告げ。
それで泣く泣く休肝日を作っているのに、今年は週2の休肝日では駄 目。もっと減らしなさい。

何か基準が変わったのだろうか???

せめての救いは、近くのお医者さんで「高血圧」の件もう一度相談してく ださい。との言葉。

物分かりの良いお医者さんをどなたかご存じで したら、教えて下さい。




2004年 2月29日 雨



県境尾根歩き 
 (赤のマーカー部が歩いた部分です。東讃の方には、古い地図で申し訳ありません)



昨日、R193脇町・金比羅神社から大滝山を歩いてきま した。

これで都合10回程に分かれましたが、愛媛・香川県境瀬 戸内海の余木崎から


阿讃県境脇町・三木町のR193までがつながりました。



車二台を使ったり、尾根路の途中から下山口へ迎えを頼んだりしながら、 概ね晩秋 から早春の歩き易い季節に歩きましたが、中には三頭越〜大川山のように積雪がある時も。

旧曼陀峠から雲辺寺山が唯一舗装道路でしたが、残りは何とか静かな尾根 路を歩けました。
この尾根歩きで出合った方は、ワラビ狩りシーズンの金見山・大谷山で十 数名が最高で、他はほとんど誰にも出合わない静けさでした。

R193から東については、現時点では資料もほとんど無く現地での確認 が必要と思 われるので何時歩けるやらは?。

でも、何時かは歩いてみたいと思っています。




2004年 1月24日 晴れ


40年近く吸い続けてきたタバコと、昨年末よりしばし断絶状態です。

この間数度は禁煙に挑戦しましたが、意志の弱さで直ぐにニコチンと仲直り。

挙げ句の果てには、

「私は日本人である」
「国民には納税の義務がある」
「年間2兆3千億円強のタバコ税が予算に組込まれている」
「だから、私には一箱153円のタバコ税を納める義務がある」等の訳の分からないことを言いながらの蛍族の仲間を継続。

納税という面では、少なくとも優良納税者と自負しています。
所得はサラリーマンのため100%源泉徴収されています。
さらに、年間153円×300箱=45,900円のタバコ税を追加納税。
それでも、国の税収は不足し赤字国債を発行しなければならないので、
日本酒一合あたり15円強の酒税(年間約10,000円)を自発的に毎日納税しています。
でも、今まで優良納税者として表彰されたことはありません。

なぜ、いまタバコと断絶しているか?の理由ですが、

ある資料ではタバコを吸うために医療費他で年間7兆円強も費用が掛かっているとのこと。
(こういう資料は、都合の良い風に編集されているもの?と今まで無視し通し)
これとは直接は関係ないが、最近山歩き時の体力が徐々に低下しているのを実感。
また、リタイア後はしばらくの間はあちこちを歩きたい。
そのためには、体力低下につながることは控えた方がよいのでは・・・
が理由の一部です。

さらには連れ合いから「山でタバコを吸うと、綺麗な空気が汚れる」と言い続けられ、
また、利用させて頂いている避難小屋でも徐々に嫌煙権を考えざるを得ない状況になっていることなどです。

人生80年?のおよそ半分の期間吸ってきているので、またまた再開し「納税の義務がある」とか訳の分からないことを口走る可能性が大ですが、いつまで続く か チャレンジして行こうと考えています。

目下 禁煙25日間継続中 (1月24日現在)

喫煙を再開すれば、報告します。 (非常に重いプレッシャーです!)






2004年 1月 4日  晴れ


午後から飯野山へ散歩に出かけ、とても素晴らしい経験をしました。

いつも通り直登ルートへ入り登ってゆくと一人下山してくる方とすれ違う。
挨拶を交わすと、「瀬戸内海が綺麗ですね!」との言葉。「どこから来られたのですか?」 「三木町から」「嶽山へ行ったことがあります」「一日8回登った ことが」・・・等で一旦別れました。

頂上へ上がり、同じルートを下山していると先ほどの方が登ってこられている。
再び「やぁ!先ほどは、もう一回上がるのですか?」「夕日が見たいので」・・・

こんな話をしているとその方(年の頃は20歳少し過ぎの方)が背中のザックを下ろし、ビニール袋を取り出し、足下に落ちていた菓子の包装紙をつまみ 上げ袋に入れザックにしまわれた。

「山 にはゴミがない方が気持ちがいいですから!」 

そのビニール袋には種々のゴミが見えていました。

ただ、これだけの話です。
でも、とても爽やかな話です。
初めて登り、足下のゴミを拾われる方。
200云回登っていると言いながら、ゴミをまたいで歩いていた者。

正月早々に、すがすがしい経験を与えてくれた若者に感謝します。






2003年12月31日  小雨


今年も今日で最後。
今外では冷たい雨が降っています。山では雪かな?

今年の私達の山歩きも正月の三嶺一泊山行に始まり、阿讃県境歩き、そしてふるさと林道からの西熊・三嶺及び牛の背を巡る静かなコースを充分堪能できまし た。
そして、締めくくりとしてまたまた昨日の三嶺一泊山行。

過去3年間黄色いテントさんに山歩き記録を掲載して頂き多くの皆さんに見て頂くということに加え、新しくHPを開き見て頂くようになりました。

単なる夫婦の遊びですが、来年もおそらく同じコースを歩くことになると思いますがよろしくご指導願います。

皆さんもどうぞ良い年をお迎え下さい。




2003 年12月21日  晴





アクセスカウンターが20,000を通過しました。

自分自身でも信じられないスピードです。
皆さんの御立ち寄り本当に有り難うございます。

「飲兵衛の二人連れの山歩き」のページにこれだけ多くの方が時間を使って頂いていることに対して、オーバーですが責任感に近いものを感じます。仮に、一 カウンター3分間覗いて頂いているとしても 60,000分=1,000時間=約41日間もになります。TIME IS  MONEYの現代においてこれだけの時間を使っていただいているのですから。

また、この間にリンクの申し入れやメールでのお便りも多くの 方から 頂きました。
それだけに、いい加減には出来ないのだと自分にも言い聞かせ ていますが。

しかしながら、「アルバムのページ」もなかなか工事が進めません(手つかず状態)し、「山歩きの記録」も読み づらい ダラダラとした文章が一向に直らないし・・・

でも、これからもマイペースでボチボチ続けて行こうと思っています。
山へは一気に登れないように。

こんな「讃岐富士 の自然との 触れ合い」 ですが、今後ともご指導の程よろしくお願いします。


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2003 年11月20日  曇り後雨



今 月はTAKA氏のご厚意によりいろいろ情報を頂き、素晴らしい自然の中を2回歩いてきました。
暖冬なのかいつもですと雪と出合う季節ですが半袖で歩ける陽気でした。

ところで、この3連休昔の山の仲間十数名が年に一度の集いで沖縄に集ま ります。
仲間の内2名が沖縄に在住していて(当時はパスポートをもってなければ 「本土」へ来れない時代でしたが)、彼らのご厚意で集まることになっています。

が、仕事最優先が信条の為土曜日の仕事をサボることが出来ないので、残 念ながら今回はパスとなりました。
皆と泡盛を浴びるのを楽しみにしていたのですが。

来年は何処へ集まるのかは解りませんが、それまで楽しみを先に延ばして おきます。


      昨年の全員での記念写真
皆いいおじさん・おばさんです。

でも年を取ってくると昔同じテントで寝、飯盒の飯を取り合った仲間は本 当に懐かしいですね!
残念なのは山歩きを今している者が少ない点。
メーリングリストを利用して山歩きの情報を流していますが・・・

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2003年11月5日   午 前中は晴れ、夕方から雨



しばらくの間雑記帳から遠ざかっていました。
気がつけば一ヶ月以上間隔が空いていました。

11月2日 西熊山 北尾根を歩いて

今回、TAKA氏・S氏から情報を頂き、静かな自然が一杯の尾根歩きを楽しめました。

私共二人だけでは絶対に歩けるようなコースではありません。
T氏のHPの記載内容のコピー・地図・磁石・高度計を常に確認しながら何とか、ルートからもそれほど外れずに歩けました。

でも、こんな山奥にも昔の山仕事の方達の作業小屋の跡や、一升瓶のかけらがありました。
また、自然林の中に地積調査用の杭が打たれていました。
これらのものは「仕事」で山の中を歩かれている方達の残骸でしよう。
普段ですとこんな所に「ゴミが・・・」という感じですが、今回は何故かこういう残骸を見てほっとしました。
「人が入っていたのだ!」と。

「彼らの古い踏み跡をたどり、獣道を追う」だけかも知れませんが、それなりに気合いを入れて出掛けました。
誉められることではありませんが今回は出発前に、山歩きでは初めて行き先のコース図とT氏・S氏の連絡先を家に残して出発しました。
もしもの時は・・・の為に。

稜線に到達したときには久しぶりに満足感を味わいました。
「二人ですばらしいコースを歩けた!」と。
天候が悪かった為かも知れませんが、是非もう一回歩きたいとも話しました。

これもTAKA氏・S氏の御陰です。

これからもお二人が歩かれている所で、私たちにも歩けそうな所をのんびり歩きたいと思っています。

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2003年9月30日    秋晴れの良い天気



アクセスカウンター 10, 000件

HPを立ち上げる前、果たして「こんな戯言」や「ピンぼけ写真」を載せて誰か訪れてくれるのだろうか?と心配していました。
息子の全面的な協力で7月7日に【讃岐富士の自然との触れ合い】 を何とかUPしました。
当然ながら最初はカウンターが動きませんでした。

黄色いテントさんにより7月16日号で紹介いただき、その後はカウンターがどんどん進みました。
改めて「黄色いテントさんの偉大さ」を痛感しました。

また、見知らぬ方・山ですれ違った方等からも励ましのメールを頂き、感謝しています。


内容的には、「ああしたい、こうしたい」とは思っていますが、PCの知識不足・時間不足と最近は右腕の痛みとでなかなか前へ進めません。
条件が許せば少しずつ前へ進もうと考えています。

HOTな情報・穴場の情報というのは私共夫婦の山歩きのパターンでは今後も無理だと思います。
それよりも、「人に出会わないコース」「あまり歩かれていないコース」「昔の峠道の地蔵尊」等、静かに【自然との触れ合い】が得られる地域・コース・季節 を今後も歩き、紹介させて頂きたいと思っています。

今後ともよろしくご指導の程お願いいたします。

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2003年9 月13日 (土) 台風一過の蒸し暑い日



今回の三嶺・白髪両避難小屋で感じたことを記します。


白髪避難小屋は以前からの雨漏りを心配していたが、手入れを行ってくれていたのか心配する必要はなかった。
だが、入り口を入って直ぐ右側の窓のガラスが一部割られていた。
おそらく、入り口の引き戸が積雪で動かなくなり中へ入れなくなったため、ガラス窓内側の鍵を開けられる程度にガラスを割り、解錠して窓から中へ入ったので あろう。

私も以前建て替え前の三嶺避難小屋で経験したが、引き戸の場合積雪があれば開けるのに非常に苦労したものである。
そのためか、新築の小屋は内開きのドアに変更していてくれています。
ガラスが割られたその時点での状況が不明なため一方的な非難は適当ではないと思うが、皆の共有スペースをもう少し優しく扱ってもらいたいと思った一件で す。


逆に、三嶺ヒュッテでは10名で一夜を過ごし、翌朝1パーティが出発し、もう1パーティが出発するため靴を履いたときです。
その中の最年少の青年が、土間を箒で掃き始めたのである。
急ぐ訳でもないので出発間際に片づけをしようと思っていたが先制されました。
向かいの夫婦連れの奥さんが慌てて「私がします」と青年に近づいたが、青年は「もう少しですから」と続けて下さった。

たったこれだけのことですが、もう少し何とかならないのだろうかと、何か心が癒される思いがした事例に接した一日でした。 


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2003年8月31日 (日) 晴れ


「スーパー林道から一の森へのルート」切り開きが報道されていまし た。
その後の徳島・K氏よりの情報によれば、木沢の方々が従来あった仕事道の笹を切り開いて槍戸山 への安全なルートを作ったくれたとのことです。

今までにも、私共が伺っているだけでも「風の広場からのオオヤマレンゲ観賞ルート」
スーパー林道よりの」砥石権現へのルート」
また、「勘場谷林道の整備」等を献身的に行ってくれています。
また役場の方の話では、一夏に何度か遭難騒ぎが発生し、都度地元の人達に迷惑をお掛けしているとのことです。

私共は休みになれば地元の方の迷惑を顧みず狭い道へ車を乗り入れ、彼らが整備してくれた路を何も感じず歩いています。

逆に地元への貢献は、たまに沿線に自販機でもあれば利用する、後は四季美谷温泉を利用するぐらいです。


私共の「遊び」には、地元の方々の地味な協力の上に成り立っているということを今回の報道で再認識しました。

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2003年8月 3日 (日) 晴れ


名 のある山へ出かけても花より人が多いだろうと今週はパス。
膝は整形の医者からは「歩け歩け」と言われているが、下りに少し違和感がありこれも手伝い自重。

と いうことで、今朝飯野山へ。
7時30分から歩き出したが、登りのタイムは以前より1割以上余計にかかった。
何も早く上がるのが良いことでは無いのだが、体調のバロメーターとしては値が悪くなってきている。
徐々に体力が落ち始めているのだろうか?

そ れにしても今朝は上り下りで三十数名とすれ違った。
見た感じでは私より若い者は小学生一名を含み数名程度。
あとは年長者ばかり。最近の中高年者の元気さは異常?

野 外研修センターまで下ってくると車が停車中。
近寄れば聞き慣れた声。
中を覗くと「讃岐富士クラブ」の皆さんが6日からの写真展の準備中。
手伝いせずにいろいろ話し込む。
メンバーの方々も皆年上の方達ばかりで、利尻富士がこうであった、鳥海山は良かった云々と日本各地を歩かれている様子。

負 けないよう元気を出さなければ!!!

で、 昨夜からスナックのおねえさん達に進められた【黒酢】を飲み始めま した。
今まで健康食品云々にはぜんぜん見向きもしなかったのですが・・・

途中のツユクサ

と ころで昨日「さんれいの風のtakuさん」よりメールを頂いた。
ネパールのランタン谷へ登山&トレッキングに約3週間出かけていたとのこと。
「千代さん」も海外トレッキング。

皆 さん非常に精力的に山歩きを楽しんでいる様子。
羨ましい限りです。

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2003年7月19日  (土) 曇り時々雨


久 しぶりに飯野山へ行って来ました。通算201回目。

今 日は天候も思わしくなく7名にしか出合わなかったが、その変わり、蝉 がもう一杯鳴いていました。

登山道の脇の草は綺麗に刈られ、所々に展望用に木も刈られている所がある。
いつもの場所で瀬戸大橋方面を覗くと、田は緑の絨毯となっていました。

              

足 下にはキキョウ?が一輪だけ静かに咲いていました。

今 日は足をかばいゆっくりと普段の1.5倍ほど時間を掛け歩いたが何と か歩けそうでした。
しかし、この連休は諦め次回から山歩きを再開したいと思います。

と ころで、今回HPを立ち上げ、黄色いテントさんに紹介いただくとカウ ンターがぐんぐん動き始めまし た。
さすが「黄色いテント」さんの実力です。

そ んな中で「趣深山のTAKA氏」よりメールを頂きました。
「99年3月21日に三嶺避難小屋で逢いました」と。
それ以外にも「何カ所かでニアミスをしています」と連絡いただきました。
当時は女房と二人で「凄い(馬力)人」との印象が強く、少し記録に書きました。

そ れを見ていただきメールを頂いたわけです。

そ れにしても、こんな二人を覚えていて頂き、メールまで頂くとはさすが ネットの世界ならではと痛感しま した.。

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 2003年7月13日  (日) 雨


やっ とホームページが少しだけ形 になりました。

我々夫婦が9年間四国の自然の中を歩いて書いたり写真に撮っていた物 を、気が向く方々に眺めていただきたいと思ったことがスタートとなりました。

97年よりは山日記風に書いていた物をPCに保管していましたので、こ れを引っ張り出し部分的に修正しました。
01年からは「黄色いテント」さんに投稿していた文章をそのまま使用し ています。

写真は、過去のアルバムをひっくり返しスキャナーで少しずつ取り込みま したが、色がおかしくなってしまった物がいくらかありますがそのままにしています。
最初の頃は山頂での記念写真しかない山歩きでしたが、徐々に風景写真が 増えていました。
そんな中から1〜2枚張り付けました。

最大の難関はホームページのためにPCを操作することです。
FTP・アップロード云々はチンプンカンプンです。
このあたりは、我が臑齧りにアルバイト料を払い頼み込みまとめてもらい ました。
「半角文字になっていない」「写真が重なっている」「一回聞いたら覚え とけ」等のおしかりを受けながら、とぼとぼと進めました。

幸い(?)この一ヶ月膝の問題で出歩くことが出来ないので、この間PC に向かい肩こりに悩まされながらの作業でした。

今後、パソコンの知識が身に着き、時間が許せばアルバムを解りやすくし たり、地域別に分類したりとは思っていますが、可能性は不明です。

振り返ってみると、最初は四国百名山の地図上に歩いたところをマーキン グし数が増えるのを楽しみにしていたようですが、途中から徐々に行き先が変わってき て、何も我々二人とも悪いことをしているわけではありませんが、人にあまり出合わない所へと足が向いているようです。

その後、阿波の峠歩きや阿讃県境の尾根歩きへと変わってきています。

今後も単純に「自然の中へ入り、自然との触れ合い」 を求め、静かな所をのんびり 二人で歩き続けようと思っています。

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