香川県消滅!? |
1871年8月29日の廃藩置県により,高松藩は高松県,丸亀藩は丸亀県,多度津藩と小豆島は一時倉敷県となりましたが,同年丸亀県と高松県へそれぞれ移管され,1873年2月19日高松県と丸亀県が合併し現在の香川県と同じ行政区画となりました。
しかし,一夜明けた1873年2月20日に名東県(現徳島県)に編入され,香川県は消滅してしまいましたが,2年後の1875年9月5日に香川県として再び設置されました。
しかし翌1876年8月21日には,なんと今度は愛媛県に編入され再び香川県は消滅してしまいました。編入の度に,地理的要因や風土,文化の違いから分離独立運動が次第に激しくなり,12年後の1888年12月3日に三度香川県が不死鳥のごとく復活し現在に至っています。
余談になりますが,香川県の県名は,高松市が所属していた香川郡から取ったもので,郡名を県名にした珍しいケースです。 |
香川県は“得”する県?! |
香川県は,“そん”がありません!。だから得する県?・・・
”そん”は”そん”でも,“村”の“そん”。香川県は現在8市9町(2006年3月21日以降)ですが,1970年2月15日三豊郡財田村が町制施行で財田町となった時点で,香川県からは“村”が消滅してしまいました。
その後2006年1月1日,財田町は近隣6町と合併し,三豊市となっています。 |
讃岐三白 |
香川県には昔から“讃岐三白”という有名な言葉があります。この“三白”には“うどん”は入っていませんが,讃岐名産の“砂糖”,“塩”,“綿”の3つを指しています。(小麦が三白の一つだという説もあります)
【砂糖】
向山周慶が1790(寛政2年)さとうきびから白砂糖を作ることに成功し,平賀源内が全国に紹介したもと伝えられています。江戸時代後期全国に流通した讃岐の砂糖は,評判が高く「白糖は讃州を第一とす」といわれ,「讃岐国産は雪白の如く舶来にいささかおとらず」などと賞讃されていたそうです。
しかし,明治以降外国からの輸入が増加し次第に生産量は減少し,現在では,東讃地域でわずかにさとうきびの栽培がおこなわれ,和三盆と呼ばれる讃岐の砂糖が生産されています。
【塩】
瀬戸内地方は,古くから塩作りが盛んにおこなわれていましたが,江戸時代の後期久米通賢が坂出に塩田を開いてから生産量が大きく増大し,香川県は全国一の生産地となりました。しかし,製塩方法の変化や外国からの輸入の増加により,1972年(昭和47)塩田は香川県から姿を消してしまいました。
現在,宇多津町にある“宇多津町産業資料館”の“復元塩田”では,昔ながらの塩作りを見学することができます。
【綿】
古くから香川県の中讃,西讃地域で盛んに生産されていました。江戸時代になると,和田浜(現観音寺市豊浜町)の港は,綿を積み込んだ船が数多く出入りし,中国・九州・大阪など各方面との交易が盛んにおこなわれました。
豊浜町では1962年に営利栽培は終了してしまいましたが,現在は地域住民が伝統産業を後世に伝えようと生産に取り組んでいます。はじけた実からのぞく真っ白な綿が一面に広がる畑で,収穫は11月末頃まで続きます。また,豊浜町には現在でも綿寝具の工場が数多く存在しています。 |
香川の雑煮 |
毎年,お正月の前後には「全国のお雑煮」とかいうようなテレビ番組がなどありますが,必ずといっていいほど紹介されるのが香川県のお雑煮です。“あん入り丸餅”で“白味噌仕立て”。「え〜!甘い白味噌と,あん入餅?・・・」ちょっと敬遠してしまいそうですが,意外に白味噌にあんこが合うようでとても美味しいのです。
発祥は香川県の東讃地方と言われ,家庭円満の願いをこめて,野菜は丸く切り,丸いあん入り餅が使われています。
甘みの少ない時代,讃岐地方でつくられていた“三盆糖”は庶民には高嶺の花で,一般庶民が口にすることができたのは“ねば砂糖”などと呼ばれた白下糖ぐらいでした。それも病気をした時とか,お盆や正月などの「なんぞごと」(特別なこと)の時ぐらい・・・。せめてお正月くらいは贅沢をとの考えで始まったのではないでしょうか。 |
サヌカイト(音の出る石) |
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世界中で99%以上が香川県で産出される音の出る石“磬石(けいせき)”は,1891年ドイツの地質学者ヴァインシェンク氏が“讃岐の岩”という意味をこめ“サヌカイト”と命名されました。木槌で叩くと神秘的で澄んだ美しい音を奏でるところから,古くから“カンカン石”と呼ばれ,人々に親しまれてきました。サヌカイトは安山岩の一種で,今から約1,000万年前の瀬戸内海地域の火山活動によってできたものと考えられています。
このサヌカイトを使用した“石琴”という世界唯一の石の楽器があり,自然石サヌカイトの澄んだ音色は心身を癒してくれます。1964年(昭和39年)にアジアで始めて開催された“東京オリンピック”の開会を告げたのも,このサヌカイトの音色でした。
各ページに使用しているBGMは,このサヌカイトの音色です。また,高松自動車道府中湖PAには,サヌカイトが設置されていて,ご自身で音色を体験することができます。
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さぬきうどん |
昔から郷土料理のひとつとして“うどん”は多くの家庭で食べられていました。1960年代後半までは高松市内でもうどん店はほとんど見かけなかったように思いますが,1970年代頃から徐々に増え始め,1980年代には香川県内発行のタウン情報誌に連載されたうどん店のコラムが評判となり,“うどん店巡り”が盛んになってきたようです。他県でのご当地ラーメンブームは,香川県ではうどんブームとなり,それがいつの間にか県外にまで広がっていき,うどん店巡りを目的に香川へ遊びに行くという観光スタイルが確立されてきたように思えます。
余談になりますが,香川県内には“讃岐うどん通り”讃岐うどん横丁“などといった,うどん店の特定集中区域はありません。
【 味 】
讃岐うどんの“味”は「時間とともに急速に失われていく」といわれています。讃岐うどんの美味さは,茹でて水で締めたその瞬間が最高といわれ,その後”秒単位”で味は失われるとさえいわれています。締めてから1時間も経ったものは“うどんの死体”などという表現もされています。
讃岐うどん店の当たり外れ,言い換えればそのうどん店の最高の味を味わうなら,店に入るタイミングが全てといっても過言ではないと思います。
【讃岐うどんの定義】
・香川県内の製造であること
・手打ちまたは手打ち式の“うどん”であること
・加水量は(小麦粉重量に対し)40%以上であること
・食塩は(小麦粉重量に対し)3%以上であること
・熟成時間は2時間以上であること
・茹で時間は15分以内であること
といわれています。
【うどん店の数】
人口1,000万人の東京にあるマクドナルドの数が約500件。人口100万人の香川県にあるうどん店の数が約800件・・・といわれています。 |
| かがわの有名人 |
| 学 者 |
植田和弘(経済学者,環境経済学者):高松市 |
岸田秀(心理学者,精神分析学者):善通寺市 |
| 佐藤勝彦(宇宙物理学者):坂出市 |
三木茂(植物学者,古生物学者):木田郡三木町 |
| 本山博(超心理学者):小豆郡土庄町 |
保井コノ(植物学者:日本初の女性博士):東かがわ市 |
| 作 家 |
菊池寛(芥川龍之介賞,直木賞の設立者):高松市 |
壺井栄(「二十四の瞳」の作者):小豆郡小豆島町 |
| 高城修三(第78回芥川賞受賞):高松市 |
芦原すなお(第105回直木賞受賞):観音寺市 |
| 西村寿行:高松市 |
大藪春彦(「蘇る金狼」の作者):善通寺市 |
| 彫刻家 |
イサム・ノグチ:高松市 |
速水史朗:仲多度郡多度津町 |
| 映画監督 |
本広克行(「踊る大捜査線」他):丸亀市 |
朝原雄三(「釣りバカ日誌16」他):高松市 |
| 歌 手 |
笠置シヅ子(「東京ブギウギ」他):東かがわ市 |
松原美香(歌のお姉さん):高松市 |
| かまだみき(歌のおねえさん):高松市 |
ファンキー末吉(爆風スランプのリーダー):坂出市 |
| Rococo(双子デュオ):高松市 |
ザ・ジェット・ブラザース(瀬尾幸男,富永ジロー):高松市 |
| 俳 優 |
石倉三郎:小豆郡小豆島町 |
西山浩司:高松市 |
| 高畑淳子:善通寺市 |
藤澤恵麻:高松市 |
| 木内晶子:高松市 |
要潤:三豊市
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| 馬渕英里何:三豊市 |
水野美紀:高松市
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| 市川右太衛門:丸亀市 |
田中尚貴:高松市 |
| タレント |
松本明子:高松市 |
南原清隆(ウッチャンナンチャン):高松市 |
| 中田ボタン(中田カウス・ボタン):小豆郡小豆島町 |
たいぞう:観音寺市 |
| 山下しげのり(ジャリズム) :高松市 |
シャカ(大熊啓誉,植松俊介):高松市 |
| 桂こけ枝:三豊市 |
正司敏江(正司敏江・玲児):小豆郡小豆島町 |
| スポーツ選手 |
大松博文(東京オリンピック女子バレー監督):仲多度郡多度津町 |
横田忠義(ミュンヘンオリンピックの金メダリスト):三豊市 |
| 植田辰哉(全日本男子代表監督):東かがわ市 |
宗由貴(日本少林寺拳法グループ総裁):仲多度郡多度津町 |
| 宮武三郎(阪急):高松市 |
筒井修(プロ野球審判員):善通寺市 |
| 水原茂(中日監督):高松市 |
三原脩(日本ハム球団社長):仲多度郡まんのう町 |
| 中西太(西鉄ライオンズ,現評論家):高松市 |
牧野茂(読売ジャイアンツヘッドコーチ):高松市 |
| 実業家 |
馬渕健一(マブチモーター創業者):高松市 |
片岡勝太郎(片岡電気,現アルプス電気創業者):丸亀市 |
| 大社義規(日本ハム創業者):さぬき市 |
小森敏之(丸大食品創業者):高松市 |
| 田渕道行(ほっかほっか亭創業者):東かがわ市 |
|
| 料理研究家 |
土井勝:三豊市 |
結城貢:善通寺市 |
| その他 |
空海(弘法大師):善通寺市 |
平賀源内(エレキテルの復元などで有名):さぬき市 |
| 近藤照男(近藤照男プロダクション代表):観音寺市 |
浅野健一(ジャーナリスト,同志社大学教授):高松市 |
| 中野美奈子(フジテレビアナウンサー):丸亀市 |
橋谷能理子(ニュースキャスター):高松市 |
| 香川の年表 |
| 飛鳥時代 |
593 |
推古元年 |
聖徳太子が摂政になる |
| 645 |
大化元年 |
大化の改新が行われる |
| 667 |
天智6年 |
讃岐国山田郡屋島(現高松市屋島)に城が築かれる(日本書紀) |
| 奈良時代 |
700年代 |
- |
現在の国道にあたる南海道が整備され,三谿駅(高松市三谷町)が造られた(京都まで約7日) |
| 平安時代 |
794 |
延暦13年 |
平安京(京都市)に都が移る |
| 821 |
弘仁12年 |
空海が満濃池の修理工事に着手する |
| 鎌倉時代 |
1185 |
文治元年 |
源平合戦(屋島壇ノ浦,那須与一が扇を射落とした話や,源義経の八艘飛びの話は有名です) |
| 1192 |
建久3年 |
源頼朝,征夷大将軍となり鎌倉幕府を開く |
| 安土桃山時代 |
1584 |
天正12年 |
長宗我部元親が,十河城(高松市十河東町)を攻略し讃岐国を支配下におく |
| 1588 |
天正16年 |
生駒親正,香東郡野原庄で高松城築城に着手し,城・城下町を「高松」と名付ける(高松の誕生) |
| 刀狩が行われる |
| 1590 |
天正18年 |
豊臣秀吉,全国を統一する |
| 1597 |
慶長2年 |
津森庄亀山に丸亀城を築き始める |
| 江戸時代 |
1615 |
元和元年 |
播磨国赤穂の田中孫六ら30人が塩屋村(丸亀市)に移住し同地に塩田を開く |
| 1641 |
寛永18年 |
山崎家治が西讃を治める(丸亀藩誕生) |
| 1642 |
寛永19年 |
松平頼重(水戸黄門の実兄)が生駒家にかわり東讃12万石を与えられる |
| 1644 |
正保元年 |
高松城下に上水道が敷かれる |
| 1658 |
万治元年 |
京極高和が丸亀藩主となり西讃5万1千石を与えられる |
| 1694 |
元禄7年 |
丸亀藩は支藩として1万石を分けて多度津藩をつくる |
| 1747 |
延享4年 |
平賀源内が高松藩の薬坊主となり,栗林荘(現栗林公園)で薬草栽培を行う |
| 1831 |
天保2年 |
大坂〜丸亀間に定期の金毘羅船が走り始める |
| 1860 |
万延元年 |
塩飽水夫35人が乗った咸臨丸が太平洋を横断し米国へ |
| 明治時代 |
1871 |
明治4年 |
廃藩置県 |
| 高松県(旧高松藩,小豆島,直島),丸亀県(旧丸亀,旧宇多津藩)ができる |
| 高松県,丸亀県が合併し香川県が誕生する(第1次香川県) |
| 1873 |
明治6年 |
地租改正・徴兵令が実施される |
| 香川県が廃止され名東(徳島)県に合併される |
| 1875 |
明治8年 |
名東県から分県し香川県になる(第2次香川県) |
| 1876 |
明治9年 |
香川県が廃止され愛媛県が合併される |
| 1881 |
明治14年 |
腰抜新聞が発行される(香川初の日刊紙) |
| 1888 |
明治21年 |
愛媛県から分県し香川県になる(第3次香川県/全国で最後の県の誕生) |
| 1889 |
明治22年 |
大日本帝国憲法が公布される |
| 丸亀〜多度津〜琴平に汽車が走る(全国7番目の鉄道) |
| 1895 |
明治28年 |
高松電灯株式会社が開業する |
| 1897 |
明治30年 |
讃岐鉄道が高松〜丸亀間の鉄道運転を開始する |
| 1900 |
明治33年 |
高松港の第一期修築が竣工する |
| 1903 |
明治36年 |
山陽鉄道が高松〜岡山(三蟠)間の連絡船を開設する |
| 1910 |
明治43年 |
国鉄(現JR)が宇野線全通により,宇野〜高松間に宇高航路(連絡船)を開設する |
| 昭和時代 |
1972 |
昭和49年 |
宇高航路に,急行便として“ホバークラフト”が就航する(所要時間約25分) |
| 1973 |
昭和48年 |
給水制限が63日間にもわたる(高松砂漠) |
| 1974 |
昭和49年 |
香川用水が送水を開始する |
| 1987 |
昭和62年 |
高松道,善通寺IC〜川之江JCTが開通する |
| 1988 |
昭和63年 |
瀬戸大橋(瀬戸中央道,JR瀬戸大橋線)が開通する |
| 平成時代 |
1992 |
平成4年 |
高松道,高松西IC〜善通寺IC,坂出JCT〜坂出IC開通が開通し瀬戸中央道と接続する
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| 1998 |
平成10年 |
高松東道,さぬき三木IC〜津田東ICが開通する |
| 2001 |
平成13年 |
高松道,高松中央IC〜さぬき三木IC,津田東IC〜板野ICが開通する |
| JR高松新駅舎・旅客ターミナルビルが開業する |
| 2003 |
平成15年 |
高松道,高松中央IC〜高松西ICが開通し,高松道(高松東道)の全線が開通する |
| 2004 |
平成16年 |
サンポート高松の中核施設「高松シンボルタワー」が竣工する |
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