【 こんな日もいつかまた 】
幾度となく一人でベッドから見る窓の向こうの緑景色は、いくら目が治って新鮮味を感じたとしても、早々に飽きてしまうものだった。
煌々と照っていた太陽が光を抑えながら傾き、空を薄い橙色に染め始めている。
もうそろそろ待ち人達が訪ねて来る時間。
あたしはノロノロとベッドから降りて、眩しく感じ始めた景色をカーテンで遮る。
薄暗くなった室内は、どこか寂しささ醸し出していた。
小さく欠伸をしながらベッドに戻り、真っ白な掛け布団を被って横になる。
少しだけ眠ろう。今日はいつもより早起きしてしまったから。
きっともうすぐこの部屋も賑やかになる。楽しみの時間を早送りするためにも……。
コンコンと扉の向こうでノックの音がして、気持ち良い眠りから起こされる。
「寝てるのか?」
扉の隙間から覗き込んでいるのだろうか、そんな男の声がしてきた。
あたしの病室に来る男なんて姉の恋人であるたかあきしか居ない。
声と気配から察するに一人で来たのだろう。
扉に背を向けた格好だったので、このまま寝た振りでもしてみようかな。
そんな悪戯心が生まれてしまう。 「入るぞー」
静かに扉をスライドさせながら、たかあきは半分忍び足でそろそろと入ってくる。
電気を点ける気配も無い。どうやらあたしを起こさないようにとの心遣いらしい。
すぐ後ろまでたかあきは近づくと、ベッド脇にあったパイプ椅子に座ったようだ。
何かカサカサと音を立て始める。次にモクモクと何か租借する音。
また勝手に人の見舞い品を食べてるよ……。
「うん、この菓子は旨いな」
小声で感想。聴こえてますから。むしろあたし起きてますから。
と思ってみたものの、伝わるはずも無く。心の中で大きく溜息を吐いた。
「っと――」
カツンっと床に何かを落としたようだ。
パイプ椅子がギシリと軋む音。次いでゴツっと鈍い音がしてあたしのベッドが少し揺れた。
「イツツ……」
どうやら落とした菓子を拾うとして頭をベッドの硬い縁にぶつけたらしい。
あたしは噴出しそうなのを堪えようとして、思わず体をよじってしまう。
そのせいで顔半分隠れていた掛け布団が肩口までずれてしまっていた。
「あ、いけね起こしたか? ってまだ寝てんのか」
そう言うと、たかあきは掛け布団を引っ張り上げてあたしの首元まで掛け直してくれる。
姉がいつもしてくれたはずなのに、たかあきがしてくれるだけで少し安堵感がする。
まるで母親が子供にしてくれるような。
ただの姉の恋人っていうだけなのに、僅か短期間であたしの中にも入ってくる。
不思議だった。あたしは他人にあまり関心が向かないような性格だったはずなのに。
「うん」
何かに納得したようにたかあきが呟く。それと同時に背後で立ち上がる気配。
たかあきの気配がベッドをくるりと回ってあたしの前で止まる。
じぃーっとあたしの顔を見られてる気がする。
「寝顔も似てる」
似てる? 姉と似てるということだろうか。姉妹なんだから似てて当たり前じゃない。
というか人の寝顔見て楽しむのも悪趣味だと思う。
「愛佳に似てて可愛いな。うん」
思いがけない言葉に、一瞬ドキリとしてしまった。
そういう言葉に免疫がないの知ってて言ってるんじゃ――って今は寝てることになってるんだっけ。
顔が火照ってるんじゃないかと心配したけど、薄暗い室内じゃ判らないかも。
なんだかずっと見られてる気がする。このままじゃある種の拷問と言えなくない。
少し薄目で確認してみる。モヤが掛かったような視界の先には、確かにたかあきの顔があった。
でもそれは、疲れたように目を閉じて、ベッドの縁に腕を交差してそこに寄りかかりながら眠っている姿だった。
今度はあたしが仕返しをする番だ。初めて見る目の前の寝顔を見つめる。
少し女顔だと言っていた通り、なかなかどうして可愛いかった。
たまにはこんなゆっくりとした時間もいいかもしれない。
姉はこんなたかあきの姿、もう見たのかな……。
初出/'05.02.10