【 Two face 】
プロローグ−真紅の五月雨











 愛佳が交通事故で亡くなった。
 しとしとと五月雨の降る日だった。
 原因は速度を出しすぎた大型トラックが交差点を減速もろくにせず曲がろうとしてバランスを崩しスリップ。
 たまたまそこに居合わせていたのが、横断歩道の信号待ちをしていた制服姿の愛佳と貴明だった。
 二人は学校を休んで検査を受けている郁乃の元へと向かう途中であった。
 トラックが突っ込んできたとき、貴明はスローモーションで迫りくる塊を見つめるだけだったが、愛佳は咄嗟に貴明の腕を取り走り出す。だが、開いたままの傘が邪魔をし、愛佳はバランスを崩して前のめりになりながら転倒。
 その際貴明を押し放す感じになったため、貴明のほうは派手に数メートル地面を転がる。
 そして直後にトラックの甲高いブレーキ音と、その中に混じる大小様々な鈍い音が数回。
 貴明は雨で汚れたコンクリートの地面から体を引き剥がし、すぐに頭だけ降って振り返る。
 目の前に広がる風景に、貴明は暫し愕然とした。
 歩道用の信号機にトラックのフロントがめり込む形で、その信号機の鉄柱は見事に圧し折られていた。
 トラックの運転手は中でぐったりしていて、割れたフロントガラスが刺さったのだろうか、顔中血まみれだった。
 運転席の後ろに連結されていた荷台部分は、信号機に衝突した反動なのか連結部分を中心にトラック自体はくの字になり、荷台の後方は車道を越えて歩道にまではみ出していた。
 事の重大さに気付いた貴明は首を振り愛佳の姿を探す。
 真後ろに居るはずだと思ってみたが、全く見当違いな所に愛佳は仰向けになって寝ていた。
「ま、愛佳!」
 貴明は震える足で駆け付け、愛佳の名前を叫びながらその体を抱き起こす。
 力の抜けた体は重く、雨とは違うぬるりとした感触。
 愛佳から離した自分の右手を見ると赤黒い液体が滴り落ちていた。
 気付けば、愛佳を中心に雨で濡れた地面が薄い赤に染まっている。
「う、うそだろ……」
 貴明は愛佳の顔に視線を戻す。
 紫色に染まった小さな口から一筋の赤い鮮血がツーっと流れ落ちた。
 それと同時に愛佳の目が薄く開かれ、小さく唇を動かし始める。
「よかっ……た、無事、だったん……だね……」
 絞り出すような震えた声だった。一息つくと、咳き込んで真新しい血を吐き赤い制服をさらに赤く染める。
「愛佳! 喋らなくていいから!」
「たかあきくん……一つだけ、お、お願いが……あるの」
 貴明の制する声も聞かぬままに愛佳は続ける。
「なんだ? 愛佳のためならなんでもしてやるぞ」
「……あの、ね……い、郁乃のこと……あたしのた、大切な……妹のことを……お願い、し、しま――ゲホゲホッ!」
 おびただしい量の吐血。
「愛佳! 愛佳ッ!!」
「最後まで……め、迷惑かけて、ごめんなさい……たかあきくん――」
 それを最後に愛佳は目を閉じ、ガクリと力が抜ける。
「愛佳……? おい、嘘だろ? 愛佳? ま、愛佳!? うあ゛ぁぁぁ――――――!!」
 とめどなく流れる涙は、雨粒に混じって零れ落ちる。
 雨の降り続く中、貴明は生気の無い愛佳の体を精一杯抱き締めた。
 愛しい人の温もりを最後まで逃さぬように。
 いつまでも、いつまでも。




暫定版初出/'05.02.12
改訂/'05.02.18