針穴写真5
広角
広角の限界と焼き込み
広角写真の実際・
フィルムサイズと画質・
構図・
無理のない広角写真
針穴写真の愛好家には画角の大きな広角カメラを好む傾向があるようである。同じフィルムサイズであれば投影距離が短いほどピンホールが小さくでき緻密な写真が撮れることや、動く被写体を撮ることが難しい針穴写真では、どうしても風景写真が中心になることなどがこの理由であると思われるが、一方広角写真では全体的に均質な像を得ることが難しく、中心と周辺で原理的に避けられない不均質が存在する。
針穴写真ではピンホール直下が最も明るく、周囲が暗くなるという明るさの不均一が存在する。その要因はピンホールからフィルム面までの距離の違いと、斜入射による光線の減少であるが、前者については以下のように説明される。

また斜入射要因については以下のようになる。

結局これらを乗じて、ピンホール直下を1とした明るさは

となる。以上は避けられない原理的な不均一であるが、実際にはピンホールの厚みによって遮られる分がこれに加わり、さらに周辺部の明るさを低下させる。
もう一つの不均質は画質である。上記の距離要因で説明したとおり、周辺部はピンホールからフィルムまでの距離(投影距離)が長くなる分回折要因によるボケが増加する。さらに上記斜入射要因で説明したように、実質的なピンホール径が減少する(Dcosθ)ことや、フィルム面でスポットが拡大することも回折要因による解像度低下を引き起こすが、これらはいずれも原理的なもので避けることが出来ない。
投影距離M=40mmで9cm×13cmの印画紙(ゲッコーVR2)を使ったピンホールカメラの撮影例を示す。撮影範囲は8.2cm×12cmになり画角は対角線で120度程になる。この時(5-1)式から像の端の明るさは中央の1/16になるが、一枚の写真の中にこれほど大きな違いがあるとかなり厳しい。特に印画紙を標準現像条件で使う場合には硬調でラティチュードが狭くなるため、穴から覗いた風景のようなおかしな写真となってしまう。
写真5−1左はISO6で露出し標準現像条件で現像したネガである。周辺部や暗い部分はほとんど写っていないのがわかる。これに対して同右はISO0.6で露出し「印画紙カメラ1」で説明したD-76(1:3)希釈現像を行ったネガであるが、四隅はやや苦しいものの写る範囲は大幅に広まっている。
| 露出18秒 ゲッコール標準現像 |
露出3分 D-76(1:3)希釈現像 |
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写真5−1 広角写真における露出と現像条件。ネガの比較。
これらのネガからコンタクトで作成したプリント(ポジ)を写真5−2に示す。プリント(ポジ)はいずれもゲッコール標準現像である。ISO6−標準現像に比べてISO0.6−D-76(1:3)希釈現像は明らかに広い範囲が写っているものの、ネガの中央と周辺の濃度差が大きいため中央付近は露光不足となって白っぽくなっている。もし中央付近が良好な濃度になるまで露光すれば周辺部が真っ黒になってしまっていけない。プリント(ポジ)にも露光を増やしD-76(1:3)希釈現像を使えば良いと思われるかもしれないが、それでは軟調でメリハリのないプリントになってしまい好ましくない。
| 露出18秒 ゲッコール標準現像 |
露出3分 D-76(1:3)希釈現像 |
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写真5−2 広角写真における露出と現像条件。プリントの比較。
そこで必要になるのが焼き込みである。焼き込みではまず周辺部に合わせて露光を行い、次いで図5−1に示したように、穴を開けた紙を使って中央付近にのみ光が当たるようにして再度露光する。このとき穴を開けた紙を小さく回すようにして再露光の境界が目立たないようにする。

図5−1 コンタクトにおける焼き込み
写真5−3は写真5−1右のネガからコンタクトをとったもので、全体に3秒露光した後、焼き込みを8秒行ったものである。ネガが軟調であっても印画紙の特性によってプリントはそこそこ引き締まったものになる。

写真5−3 焼き込みで調整したプリント
画角が対角線で120度というのは、35mmカメラのレンズに換算すると12mm相当となりかなりの超広角である。これほどの広角写真であっても露出、現像条件をうまく選び、必要に応じて焼き込みというテクニックを使えばそこそこのプリントを得ることが出来るようである。
第1回「ピンホール」で画角が同じであればフィルムサイズが大きいほど画質が良いと述べた、ここでこれを実証する実験を行っておく。ここでは6.5cm×9cm,9cm×13cm,13cm×18cmの三種類の印画紙で、ほぼ同じ画角(対角120度)の写真を撮って比較した。写真5−4と表5−1に使用したカメラを示す。

写真5−4 使用したピンホールカメラ(対角120度)
表5−1 使用したカメラの仕様
| 投影距離(mm) |
ピンホール径(mm) |
印画紙サイズ(cm) |
撮影面積(cm) |
写真 |
| 30 |
0.20 |
6.5×9 |
5.7×8.2 |
右手前 |
| 40 |
0.23 |
9×13 |
8.2×12 |
中央 |
| 60 |
0.28 |
13×18 |
12×16.8 |
左奥 |
これらで撮影したものを写真5−5に示した。いずれも焼き込みをしていないプリント(左)と焼き込みで調子を整えたもの(右)の両方を掲げたが、焼き込みの効果が良くでていることがわかる。最もフィルムサイズの小さい印画紙サイズ6.5cm×9cmのものでは、四隅の暗さが他の二つより目立っているが、これはピンホールが小さいほど厚みによって光が遮られる割合が増えるためと思われる。このように明るさの均一性でもフィルムサイズが大きいカメラは有利である。
見方を変えれば、空き缶から作ったピンホールがこれほどの超広角に結構対応できていることは驚きである。「ピンホール」で紹介した田所氏のピンホール作成方法が優れていることが再確認される。
写真の周辺部では放射状に流れるようなボケ方が見られる。これは前述した回折要因による解像度低下のためであるが、これも印画紙サイズ6.5cm×9cmのものに強く見られており、厚みの影響で斜入射光の実効的なピンホールサイズが減少する割合が大きいためと推測される。
| 印画紙サイズ6.5cm×9cm 露出2分 |
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| 印画紙サイズ9cm×13cm 露出3分 |
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| 印画紙サイズ13cm×18cm 露出4分 |
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写真5−5 異なるフィルムサイズで撮影した写真。焼き込み無し(左)と焼き込みあり(右)。
このままでは画質(解像度)の比較までは困難であるので、写真5−6の青線で囲んだ部分をそれぞれの写真で拡大し、比較してみた。

写真5−6 青線で囲んだ部分を拡大比較する。
結果を写真5−7に示す。フィルムサイズが大きくなるほど解像度は明らかに高く、特に13cm×18cm(大カビネ)のものは、もはやピンぼけ写真とは言えない程のシャープさである。
| 6.5cm×9cm |
9cm×13cm |
13cm×18cm |
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写真5−7 印画紙サイズと画質の比較。
針穴写真の特徴は対角120度の超広角であっても像の歪みがないことである。フィルム面が平面である限り直線が曲がって写ることは原理的にありえない。このような特徴を強く主張する意味で、直線の多い建造物を被写体に選ぶことは効果的であると考える。
写真5−8は印画紙サイズ13cm×18cmのカメラで撮影した写真である。針穴写真ではフィルム面を水平面と垂直に置くとき、鉛直の直線は全て平行な直線になるという特徴もある。この写真では建物の縦のラインは全て傾くことなく平行に並び、画面の端であっても曲がることはない。

写真5−8 直線の美しさが引き立つ被写体。(印画紙サイズ13cm×18cm, 露出16分)
先に超広角の写真では焼き込みで濃度差を調整することが必要であると書いたが、構図の選択次第では必ずしも焼き込みを必要としない。写真5−9は焼き込みをしていない写真であるが、主な被写体が日陰にあり、全体的にコントラストが弱い構図になっているためあまり不自然に感じない。むしろ覆い焼き(焼き込みの反対)で雰囲気を出したような感じになっている。このような写真は焼き込みで修正するにしても、修正量は僅かにしないとかえって不自然になってしまう。
針穴写真の特徴を理解し、仕上がりを予測しながら構図を決めることが肝心だということだろう。

写真5−9 焼き込みを必要としない構図。(印画紙サイズ9cm×13cm, 露出16分)
対角120度の超広角では明るさの不均一をどう処理するか、あるいはどこまでがまんできるかを常に考えなければならない。おそらくこの程度が広角の限界なのではないだろうか。
一方画角をそこまで欲張らなければ話はずいぶん楽になる。写真5−10は画角が対角84度のピンホールカメラであり、これを使って撮影した写真を写真5−11に示した。

写真5−10 画角が対角84度のピンホールカメラ。投影距離80mm,ピンホール0.33mm,印画紙サイズ9cm×13cm

写真5−11 対角84度の広角写真。 露出4分
これでも35mmカメラのレンズに換算すると24mm相当となり十分広角であるが、画面全体に均一で安定しており、明るさや画質の不均一はほとんど気にならない。もちろん焼き込みなど特別なテクニックを使う必要もない。気軽に写真を楽しむのであればこの程度の広角でとどめておくのがよいだろう。
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