幕末近くの慶応2年(1866年),平戸藩が藩を6つの行政区に分け,それぞれの区に郡代役所をもうけました。郡代役所は,早岐・針尾の7ケ村と相浦川流域(柚木・里美・大野・皆瀬・中里・新田・山口)の7ケ村の合計14ケ村を支配したのです。
 郡代役所は,最初中里に置かれていましたが,1年後には佐世保に移されました。明治4年の廃藩置県までの5年間存続しました。 
 また,郡代の下に,代官が置かれ各村の庄屋を指揮して地方行政を行っていました。
郡代役所跡(ぐんだいやくしょあと)
 現在,国道沿いに駅から市役所に至る右手の白い土壁の屋敷で,白い標柱もたっています。 平戸往還佐世保宿も近く,隣に庄屋屋敷,その横に馬立場があり,佐世保村の政治の中心でした。
 戦争で焼けてしまいましたが,石垣や塀の一部が残り,後に修復されて現在に至っています。
  佐世保駅方面の谷郷町バス停近く(元県北振興局向かい側)にあります。 
 国道に面しているのでわかりやすいです。
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