平戸往還跡(ひらどおうかんあと)

 平戸往還とは,平戸と長崎・佐賀を結ぶ昔の街道(かいどう)です。この街道は,北松浦郡田平から江迎を通り,吉井,佐々を経て,中里へ入り,相浦川に沿って左石へ。そして堺木を通り,旧山の田通りを俵町へ出ます。八幡神社の横から西方寺の前を通り,谷郷町にあった宿場につきます。そして,ここから今の宮地嶽神社の北側を下り,中央公園を横断し,光園小学校の横を通って小佐世保通りを横切り,緑川をわたり,戸尾市場の横から峰の坂のだらだら坂を上ります。そして山祇神社の前を下り,駕籠立場につきました。そこからみどり坂を下り,猫山から榎木茶屋を通り,大塔・早岐に入っていきます。大塔・早岐の道は,新田開発のため,山地より平地へと時代で変化していきます。脇崎の一里塚より,田の浦,上倉を通って早岐の宿場に着きます。早岐では石を敷き,道幅も広く,今も一部が残っています。

 平戸藩は参勤交代のため,この往還を利用することが多くなったので,一里塚や,松並木を作り,道をよくしました。

よく,平戸往還の看板が道ばたにあるので,探してみるのもおもしろいでしょう。

左石

大野の近くに,左石という地名が残っています。これは,平戸から長崎に向かっていく時に,左手に大きな石があるということから名前が付けられたようです。この岩には「カッパの証文岩」という民話も残っているそうです。

 ある日カッパが悪さばかりする物だから,ある武士がカッパの手を切り落とすのです。その切り落とした腕をぶら下げていたら,カッパが夜な夜な「手を返せ〜。」と言うのです。カッパはもう人々に悪いことをしないという約束をして,腕を返してもらいます。その約束を証文としてこの岩に書きます。カッパはその証文の文字を消そうとして,文字をなぞるのですが,どんどん文字が深くはっきりしてしまうという話です。

 日本地図を作ったことで有名な伊能忠敬が,この地を測量した1812年の測量日記に,「字左石道端に大石あり」と記してあります。

脇崎一里塚(わきざきいちりづか)

江戸時代,街道に一里(約4km)ごとに塚をつくりました。榎(えのき)を植え,五間四方の塚を道の両側に築きました。これは,織田信長が始め,徳川家康が引き継ぎました。江戸日本橋を起点としていました。五街道が有名ですね。
 さて,塚の役目は何でしょうか。江戸日本橋から全国へどのくらいの距離を進んだのかを知らせる役目があったのです。さらに,人夫の賃金をはかる基準でもありました。

夏は,榎木の木陰に休み,秋にはその実をとって飢えをしのいだことでしょう。
 この脇崎一里塚は,榎茶屋(えのきじゃや)と呼ばれていました。脇崎の名前は,日本地図を作ったことで有名な伊能忠敬が日本全図を作る際に書いた測量日誌にも記されています。1812年(文化9年)12月20日日宇村脇崎に ○の中にワ の字を残して,休息したことがわかります。

早岐の石畳(いしだたみ)
    と早岐本陣
(はいきほんじん)

昔ながらの平戸往還後が早岐に残っています。本陣(ほんじん)のそばということもあるのでしょうか,きちんと石畳(いしだたみ)が敷(し)かれています。そして,その石畳が今現在でも残っています。

そして平戸藩の殿様が参勤交代や,長崎勤番(きんばん)といって,長崎出島の警備(けいび)の仕事をするときに,休息や宿泊をされた所を御本陣(ごほんじん)とよび,家老(かろう)などの重臣(じゅうしん)が宿泊するところを脇本陣と呼びました。その本陣後の門構えが今でも村上病院の入り口として残っています。

<行き方>
 半坂峠は,西部クリーンセンターの少し手前になります。MR本山駅から佐々方向へ歩いて10分ほどです

左石。今では風化のためか,うすくなっています。

脇崎一里塚。今ではこのような塚があるだけです。

左石。平戸から来ると左手に見えます。

早岐本陣のあと。立派な門です。

早岐本陣の碑

<行き方>
 大野バスターミナルを50mほど佐々方向に行くと,本興寺(ほんこうじ)があります。そこを左に曲がり,突き当たりの道を右に50mほど行くとあります。大野バスターミナルから,歩いて10分ほどです。

また,吉田松陰の西遊日記には,早岐から佐世保浦を通って江迎に着くまでのことがかかれています。その日記には「この日の難儀は忘れられない。一つは八里の山坂はみなけわしく…三には一人歩きで,呼んでも答える人もなく,四には道はぬかるみ,歩きは遅々として進まなかった。…」と書かれています。とても道が悪く,大変だったことがわかります。

早岐の石畳のあと。

<行き方>
 大塔バイパスの牛右衛門というファミリーレストランから,早岐方向へすぐの所にあります。

<行き方>
 早岐の田子の浦バス停を降りて,観潮橋のそばの横断歩道を渡るとすぐに石畳のせまい道があります。
 田子の浦と早岐駅の中間で,中町バス停で降りて,早岐駅の方へ向かっていくと,早岐川があり,村上病院を目指す。村上病院の門になっている。

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