針尾の大無線電信塔
針尾島に3本の大きいコンクリート製のの無線塔が三角形に並んでいます。
・敷地面積86,962m2
・1,2号塔135m,3号塔137m
・塔の根元の直径12.12m
・塔頂部の直径3.08m
・コンクリートの厚さ0.76m,
・各塔間の距離は300m
大正7年から5年かけて完成しました。そのころは針尾島と佐世保の間には今のような道路はなく,資材はすべて海からトロッコや人力で運ばれました。
これは,1923年(大正一二)針尾島中町に旧海軍が建てた送信塔で,どうしてこんなに大きな塔が必要だったかというと,当時の無線はより高く,より広い施設が必要だったためで,1941年(昭和一六)12月,日米開戦に先立ち「新高山登れ一二○八」の暗号電文(開戦命令)がこの無線塔から全連合艦隊に発信され,6隻の空母の艦載機による真珠湾攻撃が開始されたとされています。しかし,実際には船橋の海軍用アンテナから発信され,針尾からはそれを再発信したものと思われます。
戦後,佐世保海上保安部針尾送信所となり,現在はその一塔が海上自衛隊と海上保安部で共同使用されています。
西海橋から見える無線塔



真下から見上げた様子
現在でも送信所として利用されています
