平戸藩が,苦しくなった藩の財政を補うために新田開発を思いたったとされています。
佐世保地方の新田の中で,藩が行った最初の新田開発は 「早岐新田」ですが,その後,新田開発は大地主等,個人の手で行われるようになっていきました。
『大潟新田』は,草刈太一左右衛門重光によって開発されたと言われています。

大潟新田(おおがたしんでん)
【新田開発の様子】
●工事始め 1857年(安政4年)
●工事完成 1865年(慶応元年)
●全体の広さ 70町歩
(約694400u)
●耕地の広さ 53町歩
(約525800u)
●堤防の長さ 約2182m
●堤防の高さ 約3m60cm
●新田の農家 53戸 |
この新田開発で,佐世保地方村々の石高(米の収穫高)が多くなっていったのです。
【水門】
【潮受け堤防】
「わたしたちの佐世保市」にも,資料があります。【潮受け堤防】の作り方も参考にしてみましょう。
〈行き方〉 陸上自衛隊相浦駐屯地の敷地内にあります。見学に行く時には,必ず連絡をしてから行くようにして下さい。人数が多い場合は,1ケ月程前に書類を提出しなければいけないそうです。
【開墾記念碑】