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 江戸時代,相浦川には橋がなく,対岸に渡るには飛石をつたって行き来をしていました。
 それらの飛石は,橋がかかっても近道として利用されてきました。最初は,3つの飛石があったのですが,現在は1つしか残っていません。この道は,中里の宿と,山口村,相浦港を結ぶ重要な道でした。
 相浦川の中州(なかす)をはさんで,両岸に向かって約50cmの間隔で,砂岩の飛石が並んでいます。そして,それぞれの石の中央部には,穴があけられていて,丸太を通してあります。 
 これは,雨で石が流されるのを防ぐ意味と石が一直線に並んでいるのを保とうとした当時の人々の知恵であったと考えられています。
 現在は,佐世保市の
有形文化財に指定されています。
相浦川飛石
〈行き方〉
 
佐世保市役所相浦支所を目標にして,相浦川沿いに上流へ300m程歩くと見えてきます。