概要

井上大佑がこれを音源製作、再生装置、販売方法をセットにした「エイトジューク」という出会い無料サービスとして一般に提供し、これが広まり「カラオケ」とよばれるようになった。後者「カラオケ」がその使用対象の大きさからも通常一般に出会い無料第一に思い起こされるものとなっている。そして機能的には前者は後者の一部と捉えられることも多い。しかしながら、厳密には前者後者はその使用範囲が異なる。また、後者だけでなく前者も現在でも現役の用語である。

通常、楽曲の伴奏部分だけが「事前に記録」されている記録媒体で再生される。この言葉のうまれは、「生伴奏なし」と出会い無料同義で、「カラオケね」は「伴奏なしでやろう」という意味だった。これは放送業界で生放送において伴奏へ多くの注意や経費を払わなくていいところから重宝された。ここまでは放送業界用語であり、この意味のカラオケはいまでも使われている。

その後、酒場での流しのギター弾きを仕事としていた井上大佑が、8トラックテープを用いて伴奏を事前録音したものを再生する装置を開発する。流しのレパートリーに左右されず、本物の演奏が再現されるとあって、これが評判となり、酒場で評判となる。ここに出会い無料大衆文化となるカラオケが誕生する。

現在では、カラオケのしかけ、つまり、歌を歌うための装置、さらにはその装置を使って歌うことだけでなく、歌うための場所を提供している店(カラオケボックス)のことなどを出会い無料カラオケと略して指すようにもなっており、これはカラオケがそれだけ一般化していることの証でもある。カラオケは、歌ってストレスを発散させたりするため、娯楽に分類され、レジャー白書で統計が取られる一項目ともなった。

2008年にイギリス政府が2500人以上の成人を対象に行った「最も重要と思いつつも最も不快に感じる電子機器」の調査では、カラオケが22%を獲得し携帯電話などを抑えて1位となった。イギリスでは、日本のように防音施設が整った出会い無料個室型のカラオケボックスがまだあまり広まっておらず、カラオケが設置されているパブで音痴の人や酔っぱらいの歌声が“騒音”被害を招いているとの理由から。

カラオケの、カラは「空っぽ」、オケは「出会い無料オーケストラ」の略で、楽団・楽隊による生演奏ではなく、テープやレコードで代用することを表す放送業界ではじまった。そしてそれは今でも続いている。一説によればNHK交響楽団員らの出会い無料雑談から出た言葉だという。

ラジオ・テレビでの放送は当初、すべてが生放送で行われており、流行の歌も当然のことながらすべて生。つまり、その場で実際におこなった歌と演奏が放送された。オープンリールテープなどの出会い無料録音機材が導入されると、これがを事前に録音したものでまかなえるようになってきた。

更に後には映像記録も可能なビデオが導入されるのだが、その中間期、映像は生放送だが音響を録音でまかなえるようになった時代にカラオケは誕生する。映像として歌手は必要だが、出会いの無料掲示板サイトオーケストラは不要であり、もしくは、ラジオでもトークも含めて歌手は現場に必要だったが歌を歌う際の伴奏は録音したものを再生することで大幅に手間を省けるようになった。

「カラオケは、主旋律抜きの音楽、つまり伴奏を再生すること」であり、そのためには再生する装置と再生される音楽(音楽ソース)が必要となる。放送局で生まれたカラオケは、それまで生で演奏していた出会い無料オーケストラを一度録音すればいいだけであった。オーケストラにとって何度も忙しく放送局に呼ばれ仕事ができていた時代はすぐに過ぎ去り、出会い無料新曲を一度録音すればそれで終了ということになってしまった。

もちろん録音への報奨は生演奏一度よりは高いものだったが従来の活動全部を補えるものでは到底なかった。こうして特定の人々が使う、つまり放送局内だけで使う出会い無料音楽ソースが蓄えられていく。

この時期使われた再生装置は、オープンリールタイプのテープレコーダーで、それは録音機能も備えていた。後に民生用も誕生する出会い無料オープンリール・テープレコーダーであるが、この時期はまだ最先端の業務用機器であり非常に高価であった。

第二次世界大戦後、日本にやってきた進駐軍がもってきたといわれるジュークボックス。飲食業界で流行の音楽が聞きたいときに聞けることと、出会い無料アメリカを感じさせるその装置に客は100円玉を投入した。

大型のオープンリールを使用した装置には民生用があることにはあったが、1960年代後半に出会い無料コンパクトカセットテープとそのレコーダーが登場したことで録音再生という行為が一般大衆にも浸透していく。

コンパクトカセットはオランダの電機メーカーであるフィリップス社が1962年に開発した出会い無料オーディオ用磁気記録テープ媒体の規格である。なお、8トラックはRCAビクター社が1965年にカーオーディオ用のメディアとして開発した。

音質面でオープンリールに劣っていたコンパクトカセットは、当時まだ音楽用途とは捉えられておらず、ジュークボックス代わりに出会い無料音楽を差し替えながら再生する装置としては8トラックが活用され始めた。

最初のカラオケというサービスの考え方とそれを実現する装置が1971年に井上大佑(いのうえ だいすけ)という一人の出会い無料バンドマンによって発明された。これは、既存の楽曲を単に再生するだけでなく、生のバンドマンには当然の技術であった歌う人に合わせた出会い無料調やテンポを、あらかじめ用意した幾つかの中から選べるシステムとして実現したものである。再生装置は「8Juke」と名づけられ、リース販売された。

客のキーやテンポに合わせて演奏するのが得意であった井上は、なじみの弾き語り客から「社員旅行で使いたいので、伴奏だけを入れたテープを作って欲しい」と依頼された。彼は依頼主にあわせてキーを出会い無料移調し、テンポも変えたが、そこから潜在的な需要に気付いた。そこで8トラックのカラオケテープを作り、コインボックス式の再生装置に入れて、スナックなどに置くこととした。このときの出会い無料テープ内容は8トラックテープ1本に付き4曲10本の計40曲で、当時の料金は5分で100円だった。

8トラックのテープを使い、また曲にアレンジを加えて長さを調整することで、1本の出会い無料テープに何曲も入れることができ、また、できるだけ早く頭出しが出来るようになっていた。1曲は3~4分になるように出会い無料調整されており、1曲目を気分よく歌ったあと、2曲目の途中で次のコインを投入する必要が出てくるため、客はついつい100円玉を景気よく使ってしまうというパターンが生まれた。

また、カラオケというビジネスモデルが成功した理由のひとつとして、このときリース制を導入したことが挙げられる。新譜が次々と出る状況で毎回テープを購入していては店が大変だろうという配慮からと言われているが、それが今日に続く隆盛の出会い無料原動力の一つとなった。

技術としては様々な変遷があるものの、カラオケという装置および出会い無料ビジネスモデルは井上が出会い無料セットで生み出したものだ。しかし、井上は特許を申請していなかった。もし特許を出会い無料申請し取得できていたとしたら、毎年100億円の特許権収入が発生するという試算がある。