物理の時間は好きでない。教室を移動しなくてはならないのに教室はC棟の端っこで 冬は寒く夏は暑く あたしたちのクラスはA棟だから渡り廊下を2本も渡らなくちゃいけないのだ 無駄に広い学校め。そもそもなんで教室がこんなにたくさんあるのか理解できない PCルームなんて3つもいらねーよっつーの それともお金持ちのお坊ちゃま お嬢ちゃまの家ではあたりまえってか。そこはかとなくカチンとくるつくりの校舎 なぜならあたしは一般庶民の娘で父親はリストラと言う言葉に過剰反応するしがないサラリーマンで母親はレジうちとカレーが得意な専業主婦で弟は公立小学校に通っている6年生にもなって0点取っちゃったりするのび太くん並みのガキんちょ これがホラ大きなお屋敷に住んでて父親はリストラする側の社長さまで母親は料理なんてしたことないそんなものはコックにでも任せているわな奥様で兄弟は有名私立校たとえばうちの学校の初等部とかでもテストで満点取れちゃうようないけすかない坊やだったりするような人たちが周りにはうようよ ここでおかしいのはあたし、不釣合いなのはあたし、文句言うのも言われるのもあたし、だけどなにが気に入らないってあたしが近所のお兄ちゃんを追いかけてこの学校に入ったってこと。


「今日何の授業だった?」


どうして物理が嫌いかっていうと物理は週4時間あるんだけどそのうち2時間はお兄ちゃんのクラスの前の時間てことが大きい つまりお兄ちゃんはあたしたちのクラスが終わったあと物理教室を使うのだ そして残りの2時間はお兄ちゃんたちのクラスは物理教室の隣の生物教室を使う どっちに転んでも物理の時間のあとはお兄ちゃんと顔を合わせることになる 一緒にお兄ちゃんの彼女と。


「運動法則。なんかよく分かんなかった」
「あはは。じゃあこんど家いくよ」


お兄ちゃんは優しく笑ってあたしとすれ違う。ふんわり香水のにおい お兄ちゃんの恋人のにおい あたしの心臓はぎゅっとなる 中学生の時に罹ったインフルエンザでもこんなふうにはならなかったのに あのときはお兄ちゃんが学校からすっ飛んで帰ってきて看病してくれた。すれ違いざまにお兄ちゃんの恋人と目が合う 完璧な微笑み 物理がんばってね、長太郎の教え方は上手だからきっとテストではいい点が取れるわ、大丈夫よ。お兄ちゃんのお父さんはおおらかだけど企業を支える弁護士さんでお母さんは会計士の資格を持っている料理が趣味の優しい奥さんでお姉さんは高速道路でバイクかっ飛ばして腕に刺青なんかもある家族を愛している素敵な姐さんであたしの家のお向かいさんなのだ。がんばってね。お兄ちゃんの恋人にとってあたしはお兄ちゃんのかわいい妹。仲良くしましょう。なんて嫌な女。


?」


お兄ちゃんの声にお兄ちゃんの恋人はふんわり微笑む。そしてあたしを振り返って優しく言った。


「今度いっしょに遊びましょうね」


あたしは何もいえない。おばさんによろしく。お兄ちゃんは笑ってお兄ちゃんの恋人と物理教室に入っていく。あたしは何もいえない。
なんてこと。なんてこと。なんてこと。



























だけどそうこれはあたしが悪いのだわ だってお兄ちゃんはお兄ちゃんの恋人が大好きなのよ。お兄ちゃんの笑顔も首も腕も背中も脚もお兄ちゃんの恋人が好きで好きですきでたまらないのよ あたしがお兄ちゃんを好きなのと一緒ね お兄ちゃん。お兄ちゃんの恋人もお兄ちゃんのことが好きで好きですきでたまらないのよ あたしがお兄ちゃんを好きなのと一緒ね さん。あたしは2人を見るたびにどうしようもなくなるのよ 移動教室のときくらい離れてたっていいのになんだってそんなに一緒にいるの あたしがどれだけがんばってのび太くんからここまで這い上がってきたのかお兄ちゃんは知らないのでしょう 昔は何でも知ってたよ お兄ちゃんはあたしのことが好きであたしはお兄ちゃんのことが好きだったのにね けっこんしようねって約束したのにね。












お兄ちゃんの恋人はとても優しい あたしの心臓はぎゅっとなる)