俺が彼女の元を訪れるとき、必ずと言っていいほど彼女はオレンジを剥いている。そのオレンジは俺たちが再びリビングに戻ってくるころまでにいい具合にぬるくなっている。彼女はそれを手にとって、砂糖につけるか紅茶に浸すかする。必ずだ。 一度としてそれを欠かしたことはない。俺はそのオレンジの果汁にまみれて細かく動く白い指を気に入っていた。







ゲルニカの花嫁







「クロロったらいつもそんなことを考えているの?」


彼女は呆れたような声を出した。キッチンに立つ彼女とリビングにいる俺とは少し遠い。だがそれは俺にとってなんの妨げにもなりはしない。きゅ、きゅ、と耳につく音と共に彼女が身に着けているワイシャツがしわを寄せる。ソファに寝そべったまま 意地悪く問い返した。


「そんなって?」


キュ、キュ、と音は止まらない。だが彼女は機嫌を損ねたらしい。可愛らしいことだ、何を今さら口はばかることがあるのだろう。つい30分前までだとて「そんなこと」をしていたというのに。


「、っ」


突然おとされた水滴に腹筋が緊張する。思わず飛び起きた俺を指さして、彼女が背もたれ越しに笑っていた(失態)。先ほどまではぐしゃぐしゃと捲り上げられていた袖も元に戻って、俺のシャツは彼女には大きかったらしい。すそから 伸びるむきだしの脚はまっすぐだった。


「冷たかった?」


そんな格好をしているから悪いのだと言わんばかりに目を細める彼女も人のことは言えやしない。ワイシャツ一枚の女と上半身 裸の男。俺たちのことを指して退廃的だと言ったのは誰だったか、まったくそのとおりだと思う。


「おいで、
「・・・・・・・・・」


何をされると思ったのやら、ジリジリと後じさっていく彼女の手首を掴み白い指に舌を這わす。彼女は ひぃ だか ひゃぁ だかよく分からない悲鳴を上げて床にへたり込んだ。上手いぐあいにシャツのすそがまくれあがったので俺は笑った。


「あいかわらずよろしいことで」
「・・・! クロロ!」


すくいあげてその細い腰を膝ではさみこむ。そうすれば彼女は逃げられない(もちろん逃がす気もない)。無駄と知りながら抵抗するのは女の愚かしさで、俺はその爪に傷つけられるのが心地よかった。


「・・・変、態・・・っ」
「心外だな。おまえもだろ」


違う、という抵抗を飲み込み反りかえった背中に指をすべらす。病的なほどの肌が白いのは、庭のオレンジの手入れ以外で外へ出ないからだ。戦争で滅んだ一族の生き残り。この家にたどり着くまでには灰色の道を乗り越えて こなくてはならない。人など1人もいない崩れた街を。


「クロ、ロ」


濡れた前髪をかきあげてやると彼女は はんなりと微笑った。そして同じように俺の髪をかきあげこの十字架に唇を押し当てる。燃えるように熱い唇。彼女は俺に依存している。そして退廃的な俺とおまえ。


「――――――――」


彼女の幸せそうな笑顔は握りつぶしてやりたいほどに美しい。













(部屋に満ちるオレンジの匂い)