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Crazy Night いつか連れていってあげる。 「どこへ」 彼女はなじみの情報屋であり、国内でも有数の作家だった。俺も何冊か持っているけれど、なんとも独特な言い回しで構成された彼女の話は発売冊数が少ないわりによく売れる。その売り上げで 彼女一人が暮らしていくくらい造作もない ほど稼いでいるくせに副業として裏社会に片足どころか両足突っ込んでいるのは、ヒマつぶしのためとネタ探しのためらしい。外見も考え方もとにかくスマートな女で そのくせ俺にはさっぱり理解できない思考回路をしているのが気に入って いるが、その賢い彼女から唐突に与えられた言葉に思わず返せたのはいたって平凡な応えだった。 「わたしの故郷。きれいな海と小さな街へ」 「海くらい行ったことあるよ」 「屋根も壁も道も白い街よ。まるでキャンパスみたいな」 肘をつき、仰むいた俺を上から見下ろす彼女の肌は黒い。彼女自身が「皮をなめしたような」と評するその肌のすべらかさも 俺と同じ闇色の髪に混じる光沢も 「満月を切りとったような」瞳も俺にとっては珍しいもので、彼女独特の考え方も 不快なものではなかったけれど、その独特な価値観でもって俺をたたき起こすのだけはやめてほしい。 「イルミ眠いの?」 「俺にだって睡眠欲くらいあるさ」 目を閉じると彼女がのどの奥で笑う。その動きに合わせて首筋を柔らかな髪が這うのがうるさくて頭ごと引き寄せれば しっかりと蛇のような腕に巻き疲れてしまった。ため息。 「抵抗しないの?」 「それだけ眠いんだって分かってくれない?」 「貴方いま毛を刈られるのを待つ羊みたいな目をしてるわ」 「またへんなことを言う・・・・・・」 いろいろなところに小さく噛みついてくる彼女の髪をなぜる。俺は自分の感情をこれほど正確に理解する人間を彼女以外に知らない(なにせ俺でさえちゃんと把握していないのだから)。時々その蜂蜜色の瞳に映るものを同じように見て みたいと思うこともあるが、そんなことをしたらこの世界は摩訶不思議な造形物であふれるに違いない。なにせこの俺をつかまえて羊と言うくらいだ。俺は羊を狩る狼に例えられたことはあってもエサの側にたとえられたことは未だかつて 一度たりともない。 「ねぇイルミ」 俺たちが唇をあわせるベッドの下には男が死んでいる。ここに来てすぐに俺が殺した。彼女は男を客だと言った。もし本当に情報を得るためにこの男が来たのなら欲しがった情報は彼女自身のものだろう。下卑た笑みを浮かべたままの 死に顔が不愉快で頭を潰したときに彼女が言った。クレイジーナイトね。 「いつか柵の外に出してあげるわ。そしてわたしの街へ行きましょう」 「きっと俺は溶けて消えるよ。新月の夜は暗い」 そうね、と満月のような瞳が笑った。同じ夜でも、彼女は満月の夜。 「でも満月は欠けていくだけ。新月はこれから満ちるのよ」 「」 「わたしのかわいい羊さん、新月の夜にも月を求めて泉へ行くの」 歌い上げてころころと笑う彼女はいかにもブラックシープと言ったような姿なのに実際のところ貪欲に家畜を食い荒らす猛禽であり ただその見た目が美しいコマドリに見えるだけなのだ。けれどそれさえ本当の彼女ではないかも知れず、理解 できそうで できない彼女の深みまで喰らいつくしてやりたいと思う。 Crazy Knight (人を狂わすのは満月の明るさであって 狂った人を笑うのは新月の暗さなのだ) |