部屋はとても綺麗なものだった。絨毯の毛足は長くふわふわしており心中の食代も白金のシャンデリアも他の机や椅子やクローゼットでさえぴかぴかに磨き上げられてランプの明かりを映し出している。あたしはぼんやりとそれらを見渡した。 「使ってないって言ってたからもっと汚いかと思った」 できるだけ感動した風に言うとティキはくつくつ笑ってあたしの肩を出す。白いハンドカバーとスーツの隙間からのぞく黒い肌に心の底から嫌悪感を覚えるが、ティキが知らんふりしてあたしの後ろ髪をかきあげたのであたしは目を閉じた。あたしは石、あたしは石、あたしは石。ふぅ、とティキが明かりを吹き消した。 シルクのシーツなんて初めてだった。金属のようにすべらかなのにあたたかく、はだかで寝てもちっとも痛くない。右向きのうつぶせで寝転がるとシーツの感触が気持ちよかった。 うちは金持ちじゃなくて果樹園で取れた果物を売って暮らしていて 母さんと兄さんと義姉さんと私で働いていた。義姉さんは身重だったので兄さんは特に気をつけていた。母さんはその子が男の子だったらいいと言っていた。私はもう同じ村の男と一緒になるのが決まっていたのでどちらでもよかった。男の家はやっぱり農家で小麦を作っていた。男は私より30歳年上で男の畑は小さく次の冬は越せないかもしれないと噂だった。私は小麦二袋と馬一頭と交換にその男の家へ嫁ぐことが決まっていた。男は私が処女であるかと訊いた。その方が高く売れる。 私はぶどうを愛していた。とくにうちで採れるぶどうは神の子どもたちの名のとおり、常につややかで輝いていた。私は毎朝ぶどうのたくさん垂れ下がっている棚の下に行ってぶどうの表面の水滴とか葉の上の虫とかを眺めて朝日が昇るのを待っていた。母さんは嫁入りを控えた娘がそうして暗いうちに出歩くことを良しとせず、見つかると叩かれたので私はそっと家を抜け出してぶどうの下でじっとしていた。兄さんはそんな私を見るたびに悲しそうな顔をした。私はぶどうを愛していた。 何が食べたい、と訊くティキの目は夜色だ。ひろい額の聖痕を見つめて ぶどう と言うと、ティキは目を細めて小さく微笑った。くしゃくしゃになった髪がシルクに散らばっている。腹筋を使ってティキがおきてしまったので私はティキのくろくておおきな背中を見つめた。粗雑で人間のように見えない紳士的な身体。 「の家のものほど美味くはないだろうけどな」 「期待しないで待ってる」 ティキは慣れた手つきで燕尾服をまとい、最後にシルクハットを頭にのせてまだベッドの中にいる私の唇に自分のをおしあてる。私は目を閉じずにティキのまつげを凝視する。短くてまっすぐなまつげ。なのにどうして髪はこんなにくるくるしているのだろう、と思っているうちにティキは離れていった。「じゃあな」この部屋は私がはだかでいても寒くないような温度に設定してあるらしく、ティキがドアを開けると冷えて尖った空気が私の肌をなでて鳥肌がたった。シーツにくるまってそれをやりすごしティキを見送る。ぶどうさえ持ってきてくれればいい。 なぜティキの肌が黒いのかは分からない。インドかそのあたりの出身なのかもしれない、と考えている。肌の色も瞳の色も私たちイギリス人とは違うので、触れられるのは正直きもちが悪い。まるで人でないみたいな色。市場で私の横にいた女の子はなめし革のような肌の色で体中にひどいあざがあった。私たちは女であると言う共通点を持っていたけれど 私には金髪碧眼という付随価値もあった。逆にあの子は肌が黒いだけで価値が下がった。見目は麗しい方が得である。 ティキはおそらくジェントルだ。奴隷だか愛人だか まぁそういう扱いの私に与える部屋でさえこれなのだからティキの部屋は押して知るべし。ティキが売人に声をかけたとき、私はてっきり隣に立つ色の違った彼女を選ぶのだと思った。ティキの肌は彼女よりずっと黒かった。ティキはまず私にちゃんとした服を着せ、ちゃんとした食べ物を与え、それからきちんと名乗った。ひどく丁寧に扱われた。人間であり且つ女であることが売り物ではなく庇護の対象であると示されているようで 嬉しい。 「貴方は悪魔なの」 私が望んだとおり新鮮なぶどう一房を土産にティキが戻ってきて上着も脱がずに私にキスして私の髪のまぶたも頬も鼻も熱くなってティキの手が私の首や肩や背中やお腹に触れるので涙が出そうになるのをこらえながらそう訊くと、ティキは驚くほど無防備な表情になって私の顔をのぞきこみ「そう見える」と逆に訊きかえしてきた。私は静かに「きれいだから」と答える。実際ティキはきれいだったから嘘じゃない。ティキはうっすら笑う。「は可愛いな」 「俺が恐い?」 「悪魔は天使より優しいって聞いたわ」 ティキの低い笑い声がお腹に響く。「へぇ」肌の色が違うだけで同じ人間には思えないのだ。ティキの硬い爪が私の舌先をひっかく。 「じゃあ俺はにうんと優しくしてやるよ」 舐めるようなキスに私はこのままこの悪魔に食われるのだ、と思った。 モルヒネ (悪魔が優しいのはお前を堕とすため) |