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待つことのバカらしさ。願うことの愚かさ。望むことの空しさ。
狼少年 ヤツは嘘つきだった。日常の小さなことから大事なことにいたるまで、彼は平気で嘘をついた。マグカップを割ったとか割らないとか、リンゴちゃんと買ってきたかとか、風邪なんか引いてないとか、危なくなんかないとか。 真顔で言うときもあれば怒ったように言うときもあったし、悲しそうに言うときも笑って言うときもあった。でもそれらに共通しているのはすべて嘘だということで、それを感じるたびにわたしは目の前の彼が本物かどうかさえ分からなくなるのだ。 彼の名前や好きなものや、果ては顔や声までが偽者であったかのように思える。どれが嘘でどれが本物か分からなくなる。彼のいないリビング。もし彼がわたしのつくりだした夢だったらどうする? 。 声なんて思い出せない。笑顔なんてもう忘れた。言葉なんて嘘ばっかり。嘘で作られた優しさ、嘘で作られた男。最低、さいてい、さいてい。 わたしは彼のことを何も知らない。背は平均より少し高いくらいで、体重も標準で、髪と目は黒くて、読書が趣味で、めずらしいものに目がなくて、コーヒーより紅茶が好きで、少し童顔な26歳のクロロ=ルシルフル。仕事が何かなんて 知らない、どこに住んでいるのかも知らない、ときどき見かける仲間のことも知らない。でも嘘つきの仲間だから嘘つきに違いない。だってそうでしょ? 「でもこれは嘘じゃないんだ」 女が厳しい顔で言った。見たことのある顔、インターホンが鳴ったからほんの少しだけ期待してドアを開けたときに見えた顔、こわばった顔。知ってる、この子は彼の仲間の一人だ。 「落ち着いて」 言葉がつきささる。どうして貴女がここに来るの? クロロはいないの? 「落ち着いて、聞いて」 どうしてクロロはいないの? 彼は黒より白のほうが好きだった。自分は黒だけど、わたしは白が似合う。だから白が好きだって、そう言った。あんたは今も黒尽くめで、白なんか似合わない。馬鹿なヤツ。白なんか好きにならなければよかったんだ。黒のままでだって 良かったんだ。わたしは白より黒のほうが好き。ぜんぶ塗りつぶしてくれる黒のほうが好き。白は嫌い。ぜんぶ浮き彫りにするから。今みたいに。 「あんたは泣いてもいいんだよ」 誰も何も言わなかった。鼻さえすすらなかった。彼は黒いコートを着ていて肌がますます白く見えた。不健康なほどの白だった。唇も白かった。わたしはこの唇が嫌いだった。嘘を紡ぐ唇が嫌いだった。でもだからって動かなくなればいいなんて 思ったわけじゃない。そんなこと考えたこともない。。もう声なんて忘れた。笑顔も忘れた。最後にくれた言葉も忘れた。だってもう3ヶ月も会ってなかったのに、覚えているわけがない。 「・・・・・・なんで」 「・・・・・・・・・・・」 嘘つき。わたしは知っていた。彼がわたしが寝たすきに携帯で仲間と連絡を取っていることも、犯罪に当たるようなことを繰り返していることも、ときどき見せる無感動な目で敵を殺していることも。彼の髪から瞳から、血の匂いがするのに 気づいたのはずいぶん前だ。でもわたしは彼が本当は何者なのかを知らなかったし、彼が本当に犯罪者なのかも知らなかった。ただわたしは自分の見たいものだけを見ていたのだ。わたしは甘えていた。彼の嘘はわたしをなだめ、夢を見せて くれる代わりに不安を与え続けるものだった。夢から覚めるのが怖くて嘘にすがった。彼の嘘は温かかった。彼はいつだってわたしの望みを知っていて、願いをかなえてくれて、それでいて待つことを強制した。嘘をつくことでわたしが彼を 忘れないように、彼の熱にすがれるように。 「・・・・・・・・・嘘つき」 嘘をつく彼は好きじゃなかったけれど彼の嘘は好きだった。彼のことも好きだった。 「嘘つき!」 だけどやっぱり彼の最後の嘘は嫌いだ。最後まで嘘をつくなんて、最低。 「嘘つき!!」 死んでも許してやるものか。
THE SHEPHERD'S BOY
(今度はすぐ帰ってくるから、大丈夫、ちゃんと帰ってくるから、じゃあな、) |