『恋してる』    それは、自分の中での最後のケジメとして。    「あの…」    卒業式の朝。    私は、彼女に初めて声を掛ける。    「はい?」    おそらくこれがラストチャンス。    だって明日からはもう、この駅は使わないのだから。    「す、好きなんです。付き合ってください」    望みのない賭け。    だけど、ラストチャンス。    逃す訳にはいかない。    「…」    目の前のその人は時が止まったみたいに、目を見開いたまま沈黙してる。    ああ、駄目か。    そう思う。    もともと8割…いや、9割以上駄目だと知っての行動だし。    あの顔は、きっと私のことを今日初めて認識したんだろーなぁ…。    「あ、あの、ごめんなさい。いいの。いいわ、言わないで」    言葉が溢れ出す。    沈黙が重くて。    朝のターミナル駅の雑踏の中だというのに。    全てが沈黙に飲み込まれたみたいで。    息苦しくて。    「あのね、私、今日で卒業で。朝日が丘女子なんだけど。     その、この電車に乗るのも今日で最後だし、卒業したら     東京の大学に行くから引っ越しちゃうし。だからね、あなたを     見掛けるのも今日で最後だからって…」    微動だにせず、私を見つめる大きな瞳に飲み込まれそうで。    私は目を逸らし、俯いて続ける。    「ごめんね。そんな、記念受験みたいなのに巻き込んで。     いいの。何も言わないで。きっともう会わないし。忘れてっ」    私は、そのまま回れ右をして走り出す。    恥ずかしい。    こんな筈じゃなかったのに。    十中八九振られるって解かってたんだから、振られた後のことまで    考えておけば良かった。    …と。    赤く染まっているであろう頬を手で覆い、走り出したつもりの私だったけど    なにかにひっかかって、思うように前に進めない。    「……?」    おそるおそる振り返る。    そこにはやっぱりあの人がいて。    その……私のスカートの端を掴んでた。    「いいよ」    なんだかよく解からない。    何を言ってるの?    「いいよ、付き合っても」    …え?    「付き合おう、梨華ちゃん」    それが、私とよっちゃんの馴れ初めだった。       ***    あの日を思い出す。    全然、信じられなくて。    夢を見てるとしか思えなくて。    卒業式の間中、携帯に登録したよっちゃんの…その日、初めて彼女が    吉澤ひとみって名前だって知った…名前を出して見てた。    卒業式が終わる頃にはメールが来て。    一緒に帰った。    これからカラオケでオールだ!!って騒ぐ友達たちの輪を抜け出して。    いつもよっちゃんを見かけたターミナルの駅へ急ぐ。    構内の本屋さんで立ち読みをしていたよっちゃんは、私を見て    柔らかく微笑んだ。    その笑顔が、今でも私の中に残ってる。    あれから、もうすぐ1年も経ってしまうなんて。    あれから、よっちゃんのいろんな顔を見てきたけど。    いつでも、よっちゃんを思う時に浮かぶのはあの笑顔。    きっと、これからも。    私たちがお別れしてしまっても……。       ***    「あのね、よっちゃん」    「なあに?」    顔をこっちに向けて、いつかみたいに微笑むよっちゃん。    私が何も言えずに見つめていると、繋いだ手にぎゅっと力を込めて。    「ん?」    って聞いてくる。    優しいよっちゃん。    この1年で、嫌ってほどに解かった。    よっちゃんはとても優しくて大人だ。    いつも笑顔で、何を言っても嫌な顔をしない。    だから、だからきっと……。    「梨華ちゃん、よっちゃんさん!!行くよーーー!!!」    美貴ちゃんの声に、はっとしたように顔を上げて。    「あー、行くよ」    よっちゃんは返事して。    「ほら、みんな待ってる」    そう言って、私に先を促けど。    私は、どうしても、今日言おうと思ってたから。    このままずるずるとよっちゃんの笑顔に甘えていたくないから。    だから、歩きだしたよっちゃんの手を引っ張った。    一瞬、私が告白した、あの日の情景が浮かんで消えた。    あの時は逆だったね。    これから言う台詞もま逆のこと。    おかしいね。    あの日を全部反転させたみたい。    「よっちゃん、聞いて」     振り返ったよっちゃんの顔を見ないように、俯いて続ける。    「今日で、最後にしよう」       ***    よっちゃんは優しい。    一人暮らしをする私に会うために、ほとんど毎週末    何時間も掛けて東京に来てくれた。    だけど、それは必ず一人じゃなくて。    よっちゃんのお友達で、今では私もすっかり仲良くなったごっちんや    矢口さんだったり。    よっちゃんの後輩の亜弥ちゃんが地元の大学に進学した私の友達の    美貴ちゃんと付き合ってて。    二人を連れてくることもしばしば。    今日も、二人と一緒に遊園地に来てる。    最初は、一人暮らしは寂しいし東京だとあんまり友達がいなくてつまんない    って言う私を励まそうと、一杯友達を連れてきて元気づけようと   しているのかな?    とか都合のいい勘違いをしてたけど。    さすがに1年もこの状態が続くと、鈍感な私だって気付く。    よっちゃんは、きっと、二人っきりになるのを避けてる。    その理由は、解かりきったこと。    よっちゃんは優しいから、何も言わないけど。    私のことを、恋愛の対象として見れないんだと思う。    わかるよ。    女の子同士だもんね。    私だって、毎日駅で出会うよっちゃんに気を取られてばかりの自分に気づいた時    信じられなかったもん。    必死に否定したりもした。    ただ、よっちゃんの横顔があまりにも綺麗で。    見惚れてしまっているだけ。    お友達になってみたいって思うだけ。    ただ、それだけ…って。    だけど、私の胸に広がっていく感情はもう『恋』以外に呼びようがなく。    私はやがてそれを認めるに至ったけど。    それをよっちゃんにも強制するのは無理な話。    よっちゃんはきっと、あの時、困った顔で必死になってる私に    同情して、いいよ、なんて言っちゃったんじゃないかな。    それでも。    それでも、いいんじゃないかな、とも思ってみた。    同情でもなんでも、よっちゃんが私の恋人でいてくれることは確かで。    例え名称だけの恋人でも、抱きしめる以上のことをしてくれなくっても。    それでも、恋人でいられれば、いつか……って。    だけど、それは自分を誤魔化してるだけで。    そして、よっちゃんの優しい心を利用してるだけで。    やっぱり、別れは避けられない。    そう思った。       ***    「はぁ!?」    よっちゃんの声に顔を上げると、その顔はいつかみたいに    時が止まったみたいで。    目が見開かれて、表情が固まっちゃってる。    ああ、こんなとこまで、あの日と一緒。    「ちょ……梨華ちゃん、なに?どーしたの?」    よっちゃんの声が裏返ってる。    これはちょっと、あの日と違うかも。    私は繋いでいた手を放す。    これも、あの日と違うこと。    「よっちゃん、もう無理しなくていいよ。ごめんね、私、気づかなくて。     ホントに、最近気づいたんだ」    「な、なにが?」    「よっちゃん、無理してたんでしょ?いいのに。気を使わなくて。     私と付き合う気がないなら、ないって言ってくれれば…」    「ちょっと待って、梨華ちゃん。何言ってんのか意味わかんない」    よっちゃんが、一生懸命頭を振って答える。    いいんだよ、もう、無理しなくって。    「ね、今日でよっちゃんを開放してあげる。ありがと、今まで」    ちゃんと決心して。    今日会ったらちゃんと伝えようって。    最後は泣かずに笑顔で別れようって。    なのに。    泣きそうになって、私は顔を手で覆う。    「だから、意味わかんないってば!!ちゃんと話聞きなよ!!」    よっちゃんは両手で私の腕を握る。    もう、よっちゃんと手を繋ぐこともないんだ。    そう思うと、我慢していた涙が零れてきて。    「梨華ちゃん、泣いてちゃわかんないよ。梨華!!」    がくがく揺すぶられて、涙がぽろぽろと零れ落ちる。    きっと、よっちゃんと会うのも、これが最後。       ***    「よっちゃん、優しいから…言えなかったんでしょ…付き合えないって」    観覧車の中。    目の前のよっちゃんが怒ったような強い視線で私を見つめるから。    私はまた俯き加減で話を始める。    こんなに外を見ないお客さんなんて、普通いないよね。    観覧車なのに。    「なんで、そんなこと思う訳?」    私が泣き出して、よっちゃんが大声を上げて。    遊園地の真ん中で、そんなことを二人が始めたものだから    周りの人たちはざわつきながら私たちを遠目で見てた。    だから、それに気づいた美貴ちゃんは私たち二人を引っ張って観覧車まで    連れてきて、その中に押し込んだ。    「ここの観覧車、おっきいから一周すんのに20分くらい掛かるんだって。     降りてくるまでに話つけなよ」    そう言って、美貴ちゃんは係りのお兄さんの背後で不機嫌そうな顔で手を振った。    お兄さんの方は苦笑で。    そのアンバランスさが、おもしろかったけど。    笑うことを許さない重い空気な密室がそれを阻んだ。    「梨華ちゃん!!」    そう言って、よっちゃんが身を乗り出して私の手を握る。    もう二度と握ることはないと思っていた手は冷たくて。    悲しかった。    「よっちゃん、私に同情したんでしょ?告白した時。    それで付き合うなんて……」    「だから、なんでそんなこと思う訳?」    よっちゃんの冷たい手が、ぎゅっと力を増して。    いつもは温かくて。柔らかくて。私の手を握るだけで、私を幸せにしてしまうその手が。    今日はなんだか、固く感じた。    それがまた、私を悲しくさせた。    「よっちゃん、いつだってお友達連れてくるし。二人っきりになったことないし。     その…キスとか、してくれないし」    「キス、したいの?」    「そうじゃなくて……そういうんじゃないの」    そういうんじゃないの。    キスをしてって駄々をこねてるんじゃないの。    「よっちゃんが私を好きって思わないんだもん。     大体、よっちゃんは私のことなんて何も知らないでしょ?私は    知ってるよ。     亜弥ちゃんとか、よっちゃんの学校に行ってた子に一杯聞いた。     よっちゃんが何が好きで何が嫌いか。よっちゃんが何cmの身長で何キロの体重か。     よっちゃんのおうちの住所まで言えるもん」    はあ、ってため息をついて。    よっちゃんが頭を抱えてる。    そうだよね。    これじゃなんだか、ストーカーみたい。    よっちゃんに呆れられちゃったかな。    「石川梨華 19歳」    頭を抱えたまま、よっちゃんはつぶやくように言い始めた。    「1985年1月19日生まれ」    よく聞いてないと聞き取れないような小さな声で。    「A型」    そのまま、よっちゃんはすらすらと私のプロフィールを言い続けた。    好きなもの、嫌いなもの。おうちの住所。    最後には私の靴のサイズや視力まで言い出した。    「はぁ…」    言い終えて。    よっちゃんはまたその体勢のままため息をつく。    「よ、よっちゃん?」    唖然とする私に、よっちゃんはゆっくりと顔をあげて言う。    「ホントは言うつもりだなかったんだけど」    お顔が真っ赤なのは、腕で強く押さえてたから?    それとも…。    「あたしも、ずっと梨華ちゃんが好きだった。     言っとくけどあたしの方が先だったんだからね、好きになるの。     今の高校受験する日に、梨華ちゃん見たんだ。     一瞬すれ違っただけだったけど。一目惚れってヤツ。     あたし、マジで梨華ちゃんの学校受けようと思って、     帰りに本屋に駆け込んで調べたら、もう受験の日すら過ぎてて。     まあ、どうせあたしの偏差値じゃ無理だったんだけど。     でも、諦められなくて。     もういっこ別の高校にも受かってたけど、梨華ちゃんと駅で毎朝会えれば     もしかしたら知り合うことも出来るかもって、今の高校選んだ」    そこまで一気に言うと、よっちゃんはまた、はぁ…ってひとつため息をつく。    「梨華ちゃんの高校に受かった子に調べさせて。     あたしは梨華ちゃんより先に、梨華ちゃんのこと全部知ってたんだよ。     なんだったらごっちんにでも聞きなよ。全部知ってるから。     でも、告白がどうしても出来なくて。     そのうち、見てるだけでもいいやって。     見てるだけでも、幸せだって。     だからあの日、いきなり梨華ちゃんに声掛けられてびっくりした。     で、付き合ってなんていわれて、もっとびっくりした。     だけど、死ぬほど嬉しかった」       ***    「あのー…」    いきなり、よっちゃんじゃない声がしてびくっとして横を見ると。    いつの間にか観覧車が地上に着いてて。    係りのお兄さんがドアを開けて、困った顔してこっちを見てた。    「あ、あ…」    うろたえる私の前でよっちゃんが    「もう一周します!!」    そう叫んだので。    ドアはまた閉じられて。    二人きりになった。       ***    「どうして、言ってくれなかったの?」    頭が混乱してて、よくわかんないけど。    結局のところ、よっちゃんが私と付き合う気がないってのは私の思い違いのようで。    でも、なんで?    「いつも、誰かお友達連れてくるの?」    「それは……」    よっちゃんがまだ赤い顔を私から背けて外へ向ける。    つられて見ると。    夕方近い遊園地が暖かなオレンジ色に包まれている風景が見えた。    綺麗…。    思わず見入っていると。    頬に、柔らかな感触。    はっとして顔を向けると、よっちゃんが目を細めて私を見つめてた。    その手が私の頬に触れていた。    「好きだから、怖かった。     梨華ちゃんは、かっこいいあたしが好きだと思ったから。     こんな、女々しいとこ見せたら離れて行っちゃいそーで。     だから言えなかった。     それに。     好きすぎて触れないってゆーか。     二人っきりになった途端、キスした途端、梨華ちゃんが消えちゃいそーで。     怖かったんだ。     泡沫と消えてなくなって、今までのことは全てあたしの幸せな夢でしたって。     そうなっちゃいそーで。怖かった」    「バカ…」    思わずそう言って、頬に触れる手に自分の手を重ねる。    「消えないよ。ここにいる。よっちゃんの傍にいる」    よっちゃんが立ち上がって。    ゆっくりと、私に近寄ってくる。    「キスしても、消えない?」    念を押すように聞くよっちゃんの真剣な表情が、あどけなさを含んでいて。    可愛くて。    笑ってしまう。    「消えないよ?」    安心したように、よっちゃんも笑んで。    そして。    オレンジ色の光の包む観覧車の中で。    私たちは初めてのキスを交わした。       ***    その日。    美貴ちゃんたちは帰ったけど。    よっちゃんは帰らずに、私の一人暮らしの部屋に泊まって行ってくれて。    それから毎週末は、二人っきりで過ごしてます。    「よっちゃん、たまにはどっか遊びにいこーよぉ」    「んー……だけど、あたしは梨華ちゃんの部屋でベタベタしてたい」    反動のよーに、よっちゃんはすっかり出不精になっちゃったけど。    おうちデートも楽しいから、まあ、いっか。    なんて思っちゃう。    これからはずっとずっとぴったりして。    今年は、楽しくなりそーです。                              FIN