『ごめんね。』 仕事が終わった帰り道。 暮れなずむ敷石道。 よっちゃんの背を追うように、私は歩く。 黒いダウンに夕日が当たって、ぴかぴか光る背中を、見つめてた。 ずっと、よっちゃんを見てた。 よっちゃんの背を見つめてた。 その背は温かくて。 優しくて。 私はそれにすがり付いていれば、良かった。 私が泣けば、よっちゃんはそっとそこに私を隠してくれた。 このままでいられたなら。 よっちゃんの背に隠れるように、このままでいれば。 それも幸せなのかもしれない。 だけど。 だけど……。 少しづつ、歩く速度の遅れてきた私を見もせずに よっちゃんは無造作に手を伸ばして、私の手を掴んで歩く。 意地になって、口も効いてくれない恋人に けれど私も意地になって、話し掛けられずにいた。 よっちゃんの温かい手に、そっと指を絡めて。 だけど、やめる。 それでもそれをほどこうとは出来ずに。 ただ、よっちゃんの手に引かれるままに。 涙がこぼれる。 泣きたくない。 そう思って、こらえていたものが何故か急に溢れ出す。 ずっとずっと、我慢してた。 あの日から。 私がよっちゃんに相談もせずに卒業を決めたあの日から 何も言わずに、ただ不機嫌だけを私に押し付け続けた彼女。 それは仕方ないことなのかもしれないけれど。 何も言わずに決めてしまった私のせいなのかもしれないけど。 話し合いの間を与えようともしない彼女に、私は怒りよりも 悲しくなっていた。 だから、ずっと泣くことを我慢していた。 泣いてしまったら、きっとこのまままたずるずるとあなたの腕の中に 戻っていってしまうことになりそうで。 普通に、なんでもないようにしていたかった。 「なに、泣いてんだよ」 荷物を放り出して、顔を覆って、しゃがみこむ。 そんな私の横に、よっちゃんは立って言う。 それは今までの苛立ちよりも、優しさを孕んでいて。 それがむしろ私を苦しめる。 私の髪を、まるで幼子を慰めるように撫でる仕草に苦しくなる。 私よりも、よっちゃんが大事だった。 なによりも、よっちゃんが一番だった。 ずっと、ずっと。 それ以上なんてないと思ってた。 この恋以上に必要なモノなんて現れないと思ってた。 何度も何度も。 よっちゃんの腕の中で。 昼も夜も、誓った。 よっちゃんだけだって。 よっちゃんだけを見てるって。 だけど。 私の中で生まれてしまった夢。 それは楽園の蛇のように、私を誘う。 比べるコトなんて出来ない。 恋と夢。 それでも選ばなければいけない時。 私は、よっちゃんよりも、選ぶモノを見つけてしまった。 ねえ、よっちゃんから言ってよ。 私じゃダメだって。 よっちゃんを選べない私じゃ、ダメだって。 「ほら、荷物持って。早く行くよ?」 そう言って、よっちゃんは私が顔を上げるのを待ってる。 だけど。 ねえ、よっちゃん。 無理だよ。 今でも大好きだけど。 後悔するかもだけど。 もう、あの頃の私には帰れない。 そしてあなたはきっと、そんな私を受け入れられない。 あなたが好きなのは、きっとあなたの梨華ちゃんだから。 弱くて、小さくて、寄る辺なくて。 あなたに守って貰わなくてはいられない梨華ちゃんだから。 でも、私ももう、そんな私には戻れない。 夢を、見つけてしまったから。 自分の道を、見つけてしまったから。 踏み出してしまったから。 もう、戻れない。 言おうと決めて。 顔を上げるとよっちゃんは、ふっと背を向けた。 私の荷物を掴んで、どんどん先に行ってしまう。 「はやく来いよ」 よっちゃん、ごめんね。 その背に語り掛ける。 その痛々しい背に。 ごめん。 もう、あなたと一緒には、行けないの。 あなたを置いて行こうとする私を、許そうとなんてしないで。 私じゃダメだって。 終わりにしようって。 お願い。 あなたから、言ってよ……。 end ? or ………