kiss me , please !! 「梨華ちゃん、ちゅーしよっか?」 よっすぃーのいきなりの言葉に、私は危うく包丁を落としそうになった。 だってだって、よっすぃーがそんなこと言うなんて。 「よ、よっすぃー……?」 私は信じられない気持ちで、よっすぃーの赤く染まった顔を見つめた。 う、嬉しい。 嬉しいんだけど……ちょっと待って。 …… …… その赤い頬や額をじっと見て。 どことなく熱を帯びてとろんとした目を見て。 …… …… あれ? なんか……。 う、ううん。 そんな、いくらなんでも。 でも。 まさか、まさか、よっすぃー…。 「ひ、ヒドい、よっすぃー!!」 よっすぃーは悪びれる風もなく、ニヤっと笑た。 やっぱり!! 「私、今、ついに菌がアタマにまで行っちゃって よっすぃーおかしくなっちゃったんじゃあって心配までしたんだからねっ」 「ひっどいなぁ。ちゅーしよーって言っただけなのにぃ」 甘えるような口調で言うけど、その手には乗らないんだから。 魂胆だってバレバレなんだから。 …気付くまで、少し掛かっちゃったけど。 「もう、よっすぃーのバカ。私に風邪移そうって考えてるんでしょ!!」 「ちっげーよ。ただ、カワイイ梨華ちゃんとちゅーしたいなって」 「バカよっすぃー!!大人しくあっちで寝てなさいっ!!!」 *** よっすぃーが風邪でお仕事お休みしたって聞いて。 私は美勇伝のレッスンが終わるとスーパーに駆け込み よっすぃーの家までタクシーをすっ飛ばした。 「なんで言わないのよぉ!!」 「だってさー、梨華ちゃん今日仕事あんの知ってたしー」 ダルそーなよっすぃーと電話越しに口論しながらマンションに到着。 真っ赤な顔でヘタってるよっすぃーを見てすごくショックを受けちゃった。 だって。 「昨日は元気だったのに…」 「んー、なんか、明け方気分悪くて目が覚めて、そしたら…」 「なんでそのときすぐ呼ばないのっ!?」 「だぁーって、梨華ちゃん来たってなんの足しにもなんないじゃん」 「そぉーだけどぉ…」 「でっしょ〜?」 「……もう、いいよ。しゃべんないで。寝てて? お粥作るから。薬飲んでぐっすり寝ればすぐよくなるから。ね?」 いつも元気なよっすぃーが、こんなになるなんて。 しかも、毎日会ってるのに全然異変に気付けなかった。 本人も気付いてなかったみたいだけど、きっと昨日から少しづつ何か兆候はあったはず。 それをいつも一緒の私が気付けなかったなんて。 ああ、恋人失格ね……。 ぐすん……。 「梨華ちゃん、お粥は塩味がいいな」 「うん……解かったよ…ぐすぐす」 「でね、卵入れてね、卵」 「解かってるよ、よっすぃー、卵好きだもんね。高いヤツ買ってきたからね。くすんくすん」 「やったー。でねでね、仕上げにネギ乗せてね」 よっすぃー、口先だけは元気だね……って言ったら、口をぎゅって摘まれた。 その上、リクエストのお粥を作ってたらちゅーしよう、なんて。 ちゅーして私に風邪移そうって思ってるのバレバレなんだから。 全く。 よっすぃーってば、恋人の私のことをなんだって思ってるのかしら? *** ぐつぐつと煮立つお鍋の横で、ネギを刻む。 慣れない手つきが我ながら危なっかしいって思うけど。 よっすぃーのためだから頑張っちゃう。 なのに……。 あんなのって、ヒドい。 さっきもヒドいって思ったけど。 冷静によく考えてみたら、すっごくヒドくない? はぁ、とひとつため息をついてお鍋の加減を見る。 うーん……よくわかんないけど、いいカンジじゃないかな? 多分。 だって、愛情だってたっぷり入ってるし。 ……それにしても。 また包丁を握り直して、よっすぃーのことを思う。 よっすぃーは普段、ちゅーしよう?なんて、言わない。 クールな恥ずかしがり屋さんなの、よっすぃーは。 自分からはそーいうことって絶対言わない。 だから。 ちゅーして?ってねだるのだって、ぎゅっとして?って抱きつくのだって、私から。 悔しいけど、惚れた弱み。 だって、ちゅーだって、ぎゅっとだって、もっともっと。 欲しいんだもん。 好きなんだから。 だから、さ。 甘い囁きとか。 欲しいじゃない?恋人だったら。 なのによっすぃーったら、全く。 ときどき、あんな風にからかわれると。 恥ずかしがり屋とかそんなの関係なく。 よっすぃーって、ちゃんと私のこと好きなのかしら? って心配になっちゃう。 はぁ……。 私は、こんなによっすぃーが好きなのに、なぁ。 *** お鍋の火を止めて。 テーブルの上を片しに行くと、よっすぃーはごろごろとソファに寝転んでサッカー雑誌を見ていた。 「だってさ、ガッタスの練習だってあるし」 雑誌から顔も上げずによっすぃーが言う。 「明日、練習日だね。私もだけど」 「娘。のリーダーになったんだからさ。そんな休んでらんないじゃん」 「私だって、美勇伝のリーダーだもん」 「人に移すのがさ、一番早く治る方法だと思うんだよねぇ。だっからさあ…」 よっすぃーは雑誌をぽすん、と放ると、懲りずに私に擦り寄ってくる。 「もー、ヒドイよ、よっすぃー。 私だってまた新曲出すから忙しいんだよ?私に移して自分は治ろうなんて!!」 ずるずると私にへばりついてくるよっすぃーを、力いっぱいソファに向かって投げ飛ばす。 いつもだったら、ひえー…とか言って、おどける癖に。 よっすぃーはちょっと唇を突き出して、ムっとした表情。 な……なによ、なによ。 そんな顔したって騙されないんだから。 どーせ、目的はこの身体なんでしょ!? しかも身体って言っても、風邪を移すってだけの目的じゃん!! 私だって、お仕事があるんだから。 そんな、よっすぃーの風邪なんて引き受けてらんないんだから!! 「……わかった」 すっくと立ち上がってよっすぃーが言う。 な、なによ、なによ。 険しい顔しちゃって。 なんなのよ〜。 私は床に座り込んで、よっすぃーを見上げる。 よっすぃーはニコリとも笑わずに… 「ミキティにちゅーして貰う」 「だ、ダメっ!!」 思わずよっすぃーの足に抱きついた私に、よっすぃーはまたニヤっと笑う。 ムムっ。 「高橋とか、こんこんて手もあるな」 「ダメっダメってばーーー!!」 「この際、贅沢は言ってられん。小川でもいいや」 「ダメダメダメダメーーーーーーーー!!!」 「じゃ、梨華ちゃんちゅーしてよ」 ム、ムカツク〜。 「梨華ちゃんがしてくんないんだったら、他のヤツにするよ。あ、小春ちゃんて手があった」 私はすごいヤキモチヤキだって、自分でも思う。 よっすぃーはよくこうやってからかうけど。 でもでも、みんながよっすぃーを狙ってるのはホントだもん。 よっすぃーを見る目が、みんな恋する乙女なんだからね!! ホントのホントなんだから!!! よっすぃーは私がそう言うと、口では『んなことねーって』って 否定するけど、満更でもないって顔をする。 それが、なおさら私の中のヤキモチな私を苛立たせる。 「じゃあ………する」 ふふふって、よっすぃーは笑って。 「よろしい」 ゆっくりと身体を落として、私の顔に顔を近づけてくる。 よっすぃーの熱い手が、私の額に触れて。 「いいもん。ちゅーしたらすぐうがいするから」 「考えてみ?丈夫なあたしがダウンするよーな風邪だよ? 風邪に弱い梨華ちゃんがそんな、うがい程度でブロック出来るかなぁ〜」 意地悪な口調とは裏腹に。 優しく、頬を撫でるから。 思わず目を細めちゃう。 それがなんだか悔しくて、私は強がりを言い続ける。 「じゃあ、ユンケル飲む」 「バッカだなぁ。あたしだってドリンク剤くらい飲んでるって。 それでも引いちゃうくらい、強烈な風邪だよ?あたしのは」 唇を撫でる、よっすぃーの白くて細い指が。 私をうっとりとさせて。 目を閉じて、でも、強がりを続けた。 「そしたら、風邪引いたら、またよっすぃーに移してやるんだから」 ちゅっと、軽く触れたよっすぃーの唇はいつもより熱くて。 「一度引いた風邪は、もう引かないんだよ。免疫が出来んの」 2度3度と触れては離れ、去ってはまた舞い降りるその熱いくちづけは いつものそれより、なんだかすごく情熱的に感じちゃって。 「んん……」 私はすぐに夢中になって、自分からよっすぃーの頭を引き寄せて その熱い熱い舌を喜んで受け入れてしまう。 「梨………ちゃ…ん」 ちゅーの合間に零れる、よっすぃーのため息交じりの声が色っぽくて。 「よっすぃー……もっと」 私はすぐにノックダウン。 「ちゅーして…」 だって、好きなんだもん。 どうしようもなく、好きなんだもん。 よっすぃーからだったら。 風邪だって、なんだって、全部欲しい。 「風邪、ちょうだい」 惚れた弱み、と笑うなら笑え。 「ん………梨華……」 よっすぃー、好き。 大好きだよ。 もっと、もっと。 よっすぃーを、ちょうだい。 *** 翌朝。 「はい……すみません…明日は必ず……」 よっすぃーのベッドの上で、咳き込みながらマネージャーさんに謝る私と 「……あ゛い……だんが…ぎのうよ゛りわ゛る゛ぐだってで…」 その横で起き上がる元気もなく、突っ伏したまま電話するよっすぃー。 よっすぃーに至っては、謝る元気すらないみたい。 「はぁ……」 電話を切って。 よっすぃーの身体の上に身を投げる。 いつもだったら、『重いよ、バカ』くらい言いそうなものなのに 今日のよっすぃーは声を発するどころかぴくりとも動かない。 「なんで、よっすぃーまだ風邪引いてるのよぉ」 お腹をつんつん突きながら言うと、よっすぃーはほんの少しだけ身じろいで 力なく、やべろ、とつぶやいた。 「ちゅーじずいだ」 しばらくして、おもむろに話し出すよっすぃー。 じずいだ?じずいだ??……ああ、し過ぎた、ね。 「りがぢゃんにうづしだのが、まだもどっでぎだった」 昨日、一度引いた風邪はもう引かないって言ってたじゃん。 そう思ったけど、あまりによっすぃーの具合が悪そうで、可哀想だから言わないであげた。 「……だんだよぉ」 なんか、鼻づまりのよっすぃーってカワイイかも。 手を伸ばして、今度は鼻をつんつんしてみると、少しうっとおしそうな顔をして だけどやっぱり無視された。 ……なんか、面白くない。 もっと、ちゃんと相手してよ。 「仕方ないなあ。じゃ、もっかいちゅーしよっか」 私に全部移しちゃっていいよ? そう言うと、それまで気だるげにそっぽ向いてたよっすぃーが、驚いた顔でこっちを向いた。 「だって、乗り掛かった船だし。よっすぃーの風邪だったら、いいよ。貰ってあげる」 よっすぃーを見つめて、そう言うと。 ふい、とそっぽを向いて。 いい、とだけよっすぃーが言った。 えっ? 昨日はあんなに人に移すことに執念燃やしてた癖に。 なんなの、急に。 ちゅーしようよ。 ちゅーしようよぉ、よっすぃー。 そう言った私のほっぺたを昨日より数倍熱い手のひらが掴んで、軽くきゅって摘む。 「りがぢゃんはぞんだにちゅーがじだいのが」 だって。 よっすぃーが好きなんだもん。 ちゅーしたいじゃん? 本能なんだもん。 仕方ないじゃん? 「……じないよ」 私の台詞を奪って、よっすぃーが言う。 「ごうやって、ふだりで1日中寝ごろがっでるのも、いいがなって思うがら……」 えっ? えっ? 「よっすぃー、今なんて言った?熱あるんじゃない?」 よっすぃーが普段言ってくれないよーな台詞に、私はメロメロ。 風邪なんて、そっちのけ。 「バガ、ねづならざいじょがら……」 「ね、よっすぃー、えっちしよっか?えっちするとね、風邪治るって聞いたことあるよ」 「え、え、りがじゃ………ちょっまっ…」 「私がよっすぃーの風邪、治してあげるっ」 *** それから2人は悪化の一途を辿り。 1週間もお仕事を休んでしまった訳ですが。 たまには休暇と思えば、それもまた、いいよね? 〜Fin
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