『あたしだけが知っている』 ふっと目が覚めた。 ベッドサイドの時計を見ると、夜明けまであと少し。 薄くなり始めている部屋の闇。 隣りには寝息を立てる、梨華ちゃんの温もり。 突然の目覚めに硬くした身体の緊張を解き、ふぅっと深呼吸。 そっと梨華ちゃんに手を伸ばす。 抱き合うようにして向かいあって眠った筈が、今はあたしに向けられた梨華ちゃんの背。 「薄情ものぉ」 つぶやいて。 そっと触れた、梨華ちゃんの身体。 柔らかな身体。 すべらかな髪。 甘い匂い。 体温。 その全てを感じたくて身を寄せて、あたしは目覚めた理由に気付いた。 暑いんだ……。 もう8月も終わりとはいえ、まだまだ猛暑の続く日々。 梨華ちゃんに触れたあたしの手も、そして触れられた梨華ちゃんの肌もじんわりと汗ばんでいた。 「んん……」 梨華ちゃんも寝苦しいのか、うめき声を上げて寝返りを打つ。 時計の隣りに手を伸ばし、手探りでクーラーの電源を入れる。 ふふっと、堪えきれず笑みがこぼれる。 うめき声まで可愛いなー…、なんて。 朝が来たら、梨華ちゃんをからかっちゃおっかな。 夜中にすんげー可愛い声でうめき声上げてたよーって。 はは。 あ、いや、でもさ。 きっとコレって、あたししか知らないことだよね。 梨華ちゃんの寝息まじりのうめき声なんて。 なんかちょっと嬉しいかも。 だから。 そうだ、言ったりなんかしないでさ。 こっそりこのまま、あたしだけの秘密にしちゃおっかな。 そう思って、梨華ちゃんに寄って、そっと、起こさないように抱きつく。 「ふぅん……」 梨華ちゃんはあたしのそれがうっとおしいのか、また声を上げると寝返りを打とうとする。 だからあたしはしっかり押さえて、がっちりガード。 だってこのまま寝返り打たせてうつ伏せ寝とかになっちゃったらさ、梨華ちゃんの寝顔を拝めない。 折角だし。 見たいじゃん、梨華ちゃんの寝顔。 「んー…」 諦めたのか、梨華ちゃんはまたすやすやと寝息をたてはじめる。 どれどれ? と、暗さに慣れてきた目で背中越し覗きこむと。 目を閉じて、安らかな寝顔の梨華ちゃん。 安心しきって、くぅくぅ寝息をたてちゃって。 可愛いー。 ヤベー。 なんか、赤ちゃんみたいっての? うーん、ちょっと違うかな。 天使みたいってヤツ? とにかくすんげー可愛い。 最近の梨華ちゃんはすんげー大人っぽくて。お姉さんで。 で、やたらとあたしにまでお姉さんぶりたがる。 よっちゃん、アレしなさいコレしなさいって。 好き嫌いしちゃダメよ。 女の子らしくしなさい。 フットサルの練習に夢中になっても暗くなるまでにはおうちに帰っていらっしゃい。 夜の公園なんて危険なんだからねっ? …いや、いいんだけどさ。 そんな、腰に手をあててぷんすか怒る梨華ちゃんも可愛いんですけど。 でもさ、あたしってば辻や加護とは違うから。 自分のコトは大概自分で出来るし。面倒だって見れるし。 それに、梨華ちゃんよりもあたしの方がずっと大人だと思うんですけど。 前は違った。 出会った頃の梨華ちゃんは、眉間を寄せてひとみちゃんひとみちゃんて。 泣きそうな顔してあたしの後を追っかけてくる、そんな子だった。 何かあると、あたしの後ろに隠れて、震えてた。 ひとみちゃんどーしようひとみちゃんって。 あたしはコイツ、年上の癖に大丈夫かよ…とか思って。 心配で。 心配で。 あたしが面倒みてやんなきゃって。 守ってあげなきゃって。 それは今でも思ってるけど。 でも、最近の梨華ちゃんは 「私がよっすぃーを守ってあげる」 と言わんばかりだ。 そりゃー、さ。 たまには甘えるのも悪くないし。 お姉さんにリードしてもらうのも悪くないですけど。 でもさ、そんな肩に力入れて頑張らなくてもいいんだよって。 ときどき思う。 力を抜いて、あたしに頼っちゃえばいいのにって。 「くちゅん」 あんまり可愛いくて。 最初、まじまじと梨華ちゃんを見て。 それから大慌てでクーラーのリモコンを探す。 ヤベ、今のくしゃみ、マジ可愛かったんですけど。 くちゅんて。くちゅんて。 いやいや。 梨華ちゃんがくしゃみしたんだから。 んなコトじゃなくって、クーラー切んないと。うん。 慌てに慌てて、大急ぎで電源を落とした。 喉の弱い梨華ちゃんは、風邪をひきやすい体質だ。 なんでこんなときに!?って季節ハズレでも。 インフルエンザ大流行ってときでも。 梨華ちゃんは漏れなく風邪をひく。 律儀で難儀な身体だ。 ……あたしが、守ってあげなきゃな。あたしがしっかりしなきゃ。そう思う。 だけど。 今夜は熱帯夜。 「んんぅ……」 すぐに梨華ちゃんは寝苦しそうに息を吐く。 もぞもぞと寝返りを打って。 どーしろっちゅーねん。 と、そこで。 あたしはすっごく名案を思いついた。 帰り道。 街で配っていたうちわ。 どっかの飲食チェーン店の宣伝がプリントされたショッキングピンクのうちわ。 配ってるお兄さんを見て 「あぁっ」 心底嬉しそうに反応したピンク好き約1名。 お兄さんのトコまでわざわざ寄って行って 「ありがとー」 お礼まで言って受け取ってたソレ。 あたしは彼女を起こさないようにそっとベッドを降りて。 ダイニングに転がってるカバンの下から、それを引きずり出す。 よし、コレコレ。 あたしはまたそそくさと寝室に戻り、梨華ちゃんの隣りに戻る。 そして、少しだけ曇ったその寝顔に、ゆっくりと煽って風を送り始める。 茶色い前髪がゆらゆら揺れて。 曇っていた表情がゆるゆると晴れていく。 おっ、コレっていいんじゃない? あたしはもっと、眠る梨華ちゃんを喜ばせたくて。 パタパタとうちわで仰ぐ。 パタパタパタパタ。 「んっ……」 あ、失敗。 送った風が強すぎて嫌だったのか、梨華ちゃんが寝返りを打って、また向こうをむいてしまう。 うーん、結構難しいな。 梨華ちゃんの長い髪に埋もれた肩に、そっと加減した風を送る。 髪が長いと、暑そうなよな〜。 うっとおしそう。 だけど。 そんなこと言いつつ、梨華ちゃんの長い髪が好きなあたし。 めちゃくちゃ矛盾してんよなー、と思いつつ。 風に吹かれ見え隠れするうなじに見とれ、風を送り続ける。 強すぎないように。 弱すぎないように。 あたし、何やってんだろ。 ふと、我に返る。 夜中に寝苦しさに目が覚めて、でも自分じゃなくて梨華ちゃんを 涼しくするために、今、奮闘してて。 きっと、梨華ちゃんは夢の中。 明日の朝、何も覚えてはいないだろう。 感謝される筈もなく。 あたしはただ彼女のために風を送ってる。 一生懸命、どうしたら梨華ちゃんが気持ちいいかなって。 考えながら。 何やってんだろって。 そう思って。 で。 あたしは改めて気づく。 あたし、梨華ちゃんのこと好きなんだなーって。 ホントに好きなんだなって。 梨華ちゃんが愛しくてたまんなくて。 勿論、梨華ちゃんの目に見える形で色んなことしてあげたいし。 イイカッコしたい。 もっともっと、梨華ちゃんをあたしで一杯にしたい。 だけど。 見てないところでだって。 例え、梨華ちゃんが一生知らなくたって。 彼女のためになるのであれば。 何でもしてあげたい。 そう思う自分がいる。 ああ、やっぱり、あたし、梨華ちゃんのこと大好きなんだな。 眠る梨華ちゃんの頬にそっと触れて。 今日はこれで満足。 ちゅーとかハグとか、もっともっとしたいけど。 それはまた梨華ちゃんが目覚めてから。 今のあたしの中はそんな欲望よりももっと違う、純粋な気持ちが 溢れてて。 梨華ちゃんに、ゆっくりと風を送り。 このまま朝を待つのもいいかもしんない。 そんな穏やかな気分なんだ。 「梨華ちゃん、大好きだよ。愛してる」 梨華ちゃんにこの想いが届いてなかったとしても。 きっとあたしは、同じように、彼女に何でもしてあげたい。 そう思っていたに違いない。 なーんて。 クサいこと考えながら。 あたしは、夜が明けて梨華ちゃんに穏やかな目覚めが訪れるまで。 ただ、ずっと。 風を送り。 梨華ちゃんの寝顔をずっと見てた。 〜fin
くろ兄ちゃんに捧ぐ >(^▽^(^〜^0