『Long Loveletter』 きっと、あたしはこうやっていつまでも 梨華を失ったという事実を受け入れられず 生きていくんだ この荒野のような世界の中で、一人 生きていくことを選び続けるんだ *** 目が覚める。 カーテンの隙間から差し込む光で、今が朝だと認識する。 自分がどこにいるのか。 今がいつで、なんでここにいるのか。 解からなくなる。 傍らに感じる温もりが梨華のものだと疑いなく思い 引き寄せたそれからこぼれた 「んん……」 甘い声に、あたしは現実を突きつけられる。 *** コーヒーを淹れていると、うつろな目で美貴が起き出してきて リビングのソファにだらんと横たわり、また寝に入った。 「コーヒー、いる?」 微かに首を振り。 美貴はまた動かなくなる。 猫みたいなヤツだ。 彼女は今の同居人で、目下の恋人……ってヤツ、かな。 そしてかつての恋人の異腹姉で。 このマンションはそのかつての恋人、真希のモノだった。 複雑な状況下に取り残されたあたしたちは、それでも生きていた。 変わることない毎日を。 「美貴、あたし今日はこれから出掛けるけど…」 微動だにしない美貴の額に、そっとキスをして。 テーブルの上にカプチーノを置くと支度をしにリビングを出た。 美貴は、妹の真希を愛していた。 けれどそれを伝えることなく、真希はこの世からいなくなってしまった。 可哀想なヤツだった。 *** 真希は、あたしの恋人だったけど。 最初はパトロンみたいなもんだった。 あたしはどうしても金が必要で。 一時期、ホストみたいな……いや、もっと始末の悪い、ジゴロみたいなことをしていた。 女相手に、女のあたしが、そういう類のクラブを根城に。 その頃出会ったのが、真希だった。 「おいでよ。お金ならあげるよ」 そのとき既に、真希はアイドルとして成功していて。 あたしは彼女を金づるにしようと目論んだ。 それがミイラ取りがミイラになったのだと。 真希を本当に好きだったと気づいたのは、彼女が死んだ後だった。 *** 真昼の繁華街を足早に歩く。 もう秋も深いというのに額にはうっすらと汗が滲んでいた。 しばらく歩くと薄暗い路地に入り、小汚い裏口からその店に入る。 中はまるで夜のようで。 薄暗く、そして酒臭い。 とろんとした目の女が転がってたり、 年端も行かぬ少女がチャイナ服で給仕をしていたりする。 いつものことだ。 店の奥の奥。 中世のお小姓みたいな華美な服装をした子供に札束を握らせて 断りなしに個室に入ると、長椅子に横になった。 室内は、あっという間に煙に満たされ 何か、東洋的な、不思議な音楽が遠く聞こえてくる 梨華は、その名のように花のように微笑んだ 場に似合わぬ清楚な白いワンピースの彼女は 別れたときのままのあどけなさを残した面持ちで 開きかけたあたしの唇に人差し指を押し当て そっと、あたしの上にその身を重ね あたしの額の汗に触れ 目を細めた ・・・・・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・ *** 梨華とは幼馴染で。 2人、小さな田舎町に育った。 あたしたちのことをどちらの家族も当然ものすごく反対し、 引き裂かれそうになって。 駆け落ちをした。 手に手を取って、逃げ出した故郷。 流れ着いた大都会。 若かったあたしたちのそれは本当に無謀だったけれど。 それでも、幸せだった。 あたしも梨華も働いて。 くたくたになって、でも、2人で身を寄せ合って眠るその幸福。 だけど。 梨華はあたしを置いて行ってしまった。 *** 部屋に帰ると、美貴は出て行ったときのままソファに横になっていた。 いつのまにか振り出した霧雨に濡れたあたしは、洗面所から タオルを持ってきて頭から被り、そしてそのままダルい身体を引き摺って 寝室へと引き上げた。 ベッドに身を横たえて。 眠りは、すぐに訪れた。 *** 気づくと、辺りは暗くなっていて。 美貴があたしの背に抱きつくようにして眠っていた。 何か違和感を感じて。 それが、窓の外に降りしきる雨の音だと気づく。 帰ったときには霧雨だったそれは、今では音を立てて降る程の本降りになっていた。 暗い部屋。 雨の音。 雨はあたしに憂鬱な気分を運ぶ。 起き上がろうとして、横に寝ている美貴の存在に再び気づく。 「んー…」 鼻に掛かった声を漏らし。 美貴はあたしにキツく抱き付いた。 なんだか、それが愛しくて。 悲しくて。 抱き締め、彼女をそのまま抱こうと思ったけれど。 それが、何故なのか。 急に解からなくなって。 止めてしまった。 降りしきる雨の音。 梨華を失ったときも雨が降っていた。 「ねえ」 あたしの声に、美貴が目覚めたのが気配で解かった。 「好きになった人って、なんでみんなあたしを置いてっちゃうんだろう」 梨華が好きだったのに。 真希のことだって。 みんなみんな、あたしを置いて、行ってしまう。 「美貴も、いつかいなくなるの?」 なんで、あたしは。 いつも失わないとわからないのかな? 後悔なんて、したくないんだ。 だけど、後悔するまで気づかない。 あたしは、なんてバカな生き物なんだろう。 「だいじょーぶだよ。美貴は、よっちゃんさんの傍にいる」 美貴が背をさすり。 人間て、そういう生き物なんだよ。 そう言って、慰めてくれた。 涙は止め処なく。 外に降る雨のようにあたしの頬を伝い続けた。 *** 梨華の死は、あっけなかった。 それは、花曇と呼ぶような。 ぐずついた、薄暗い日だった。 あたしは彼女が死ぬまでその身体に先天的な疾患があるなどとは知らず。 連絡を受けて運ばれた病院に行ったときにはもう、彼女の意識はなかった。 暗く湿った病院の廊下で。 あたしは降り出した雨の音を聞きながらただ呆然とした。 真希に至っては。 自分で命を絶ちやがった。 自分の部屋で、ひっそりと。 あたしは彼女が死んだ何日もあとにそれを知った。 だから、あたしは。 真希の死んだ日の天気も思い出せない。 梨華が死んでしばらくした頃だった。 あたしは、それを知った。 阿片窟のようなどうしようもないいかがわしい場所で。 胡散臭い催眠術師と名乗るヤツは、怪しい薬と何かの力をもって、 あたしに梨華の幻を見せた。 あの日のように。 あの日の朝、変わらぬ様子で微笑んでいたそのままの姿で。 梨華はあたしの前に現れた。 泣いて縋るあたしの髪を優しく撫で。 子供を慈しむ母のように、頬に甘いキスを降らせてくれた。 だからあたしは、そこへ通うのを止められず。 そのために掛かる金を捻出するためにジゴロやヒモを平気でした。 死ぬことは出来た。 真希のように。 だけど、風呂場で手首を切ったとして、果たしてそれで梨華の元へ 行けるという保証はあるのだろうか。 だとしたら。 この世で幻の梨華とでも逢瀬を続けた方が賢い。 あたしはそう考えた。 まどろみに、あたしは梨華に問い掛ける。 梨華。 いつか、美貴も死ぬのかな? そしてまたあたしはひとりぼっちになるの? 梨華。 そう解かっていても。 どうしても、あなたの死を受け入れることが出来ず あたしは不幸の中に生きることをまた選び続ける。 「ダメね、ひとみちゃんは……」 あたしは耳を澄ませ、梨華の声を聞く。 「そうだよ、あたしはいつまで経ったってダメなんだ」 梨華がいなきゃ、ダメなんだよ…。 結局今日も、あたしは隣りにある温もりを梨華であると 自分に信じさせて、眠りにつく。 束の間。 あたしたちがまだ幸福で。 身を寄せ合って生きていた頃に戻って。 その虚しさを噛み締めながら。 あたしは今日も眠りにつく。 きっと、あたしはこうやっていつまでも 梨華を失ったという事実を受け入れられず 生きていくんだ ずっとずっと いつか、あたしが死ぬ日まで 長い長いラブレターを綴るように 梨華への報われることのない想いを刻みながら 他の温もりを抱いて 不幸の中を生きることを選び続けていくんだ……… *コレは某吉絡み企画に書いたモノの対として書いたものです。 初めて読んだ方には多少説明不足かもしれません。ごめんなさい。*