Can't Stop Fallin' in Love           雨が降ってきた。           持っていたビニガサを差す。           さすがに梅雨時のせいか、みんな一斉に持っていた傘を開き出す。           その様がなんだか滑稽で、おもわず往来の真ん中で立ち止まって           見入ってしまう。           待ってましたとばかりにすっと金柄の傘を開くスマートなOLさん。           慌てすぎて全然開けずに更に慌てる折り畳み傘の学生さん。           その間を、おじさんが頭に週刊誌をあてて走っていく。           金曜の夜の街。           みんなどこかへ急いでる。           みんなどこかそわそわして。           そして、あたしもまたその例外でなく。           また急ぎ足で歩き出す。           今日は久しぶりに梨華ちゃんから誘われたのに、遅れそうだ。           梨華ちゃんを一目見て、恋に落ちた。           それは、うらぶれた、ちょっとマニアックなクラブ。           友達に連れて行かれ、申し訳程度にジンをちびちびとやっていた           あたしの視線の先に、梨華ちゃんは現れた。           煙たいフロアの真ん中で、彼女は踊ってた。           白いワンピースで。           柔らかに微笑んで。           伏せた眼差しが優しく。           その薄汚いクラブに似つかわしくない。           天使のようだった。           通りの向こうのオープンカフェ。           そこが梨華ちゃんとの待ち合わせの場所。           いつもはあのクラブで会うばかりで、待ち合わせすらしない。           出会って、話して、夜を共にする。           信号待ちで、通りの手前で足止めを食らい、だけどガラス越しでも           その窓際に梨華ちゃんがいるのがすぐに解かった。           見ていると、店員の男が寄って行って何か親しげに話していた。           梨華ちゃんは、しかし迷惑そうでなくむしろ楽しげに微笑み。           けれどしきりに首を振っていた。           飛び込んで行って、割って入りたい。           だけど、信号が邪魔して出来ない。           あたしは、ずっと、それを見つめていることしか出来なかった。           初めて梨華ちゃんを見て以来、あたしはクラブに通いつめて。           梨華ちゃんを見掛けることの出来た何度目かの夜。           あたしたちは初めて言葉を交わし……キスをして、ホテルへ行った。             『確信するものがあったら、待つ必要なんてないじゃない?』           梨華ちゃんはいつも、直球で。           余計なものを省こうとする。           曖昧なものが嫌いで。           そして、自分を曲げない。           むしろぐだぐだと悩んだり迷ったりするのはあたしの方で。           梨華ちゃんのまっすぐなまなざしに、恋だけではなく、憧憬を見ていた           のかもしれない。           ビニガサを閉じて、カフェに入って。           あたしたちは何事もなかったように話出したけど。           例の店員がちらちらとこちらを伺う様が見えて           いい加減ムカつき始めた頃、梨華ちゃんがさも面白そうに言い出した。           「あの店員さんね、しつこく話しかけてくるから           もうすぐ彼が来るんですって言ったの。           そしたらよっすぃーが来たから、さっきっからちらちらこっち見て。面白すぎる」           あたしだって。           何も洒落でこんな訳ありな恋をしてる訳じゃなく。           それなりに、真剣に梨華ちゃんを好いていて。           ずっと一緒にいたい、とか。           いつか2人で暮らしたい、とか。           出来ることなら周りに祝福されたい、とか。           そんな夢を抱いているから。           ムリと解かっていても、夢見てしまうから。           だから。           こんな風に面白そうに2人のことを言われると、正直ムカついた。           あの店員の反応も。           それを茶化すような梨華ちゃんの反応も。           だから、あたしは伝票と梨華ちゃんの手をひっつかむと席を立ち……           その店員が目で追っているのを確認して、店の端っこに置かれた           でっかい観葉植物の陰に隠れるようにして、梨華ちゃんの唇にそっと触れた。           店員が目を丸くして。           少しだけ気分が良かったけど。           梨華ちゃんがそれを見て大ウケするのに更にムカついて。           強引に手を引いて、傘も差さずに街に出た。           「ねえねえ、何、怒ってんの?」           無邪気な笑顔で聞く梨華ちゃんに。           あたしは何も言えず。           足取りが重くなり。           いつの間にか手を引いて歩くのは梨華ちゃんの方。           「ね、踊りにいこ?」           そう言って、梨華ちゃんの開いた傘は濃いピンク一色で。           あたしはそれを見つめ。           「……どしたの?」           ひとつ息をゆっくり吸って。           足を止めたあたしに、振り返った梨華ちゃん。           その手を握る手に力を込めて。           「先、ホテル行かない?」           ラブホのベッドはどんなに柔らかくても、何かズレた違和感を感じてしまう。           隣りで眠る梨華ちゃんの髪を撫でて。           愛しさを感じる。           同時に独占欲も。           あたしだけのものにしたい。           いっそここで殺してしまおうか。           ううん、あたしの部屋に縛って監禁しちゃおうか。           そんな凶暴で危ない思考が走り始める。           凶暴なほどに、止めることが出来ないほどに、恋してる。           だから、あたしは。           ベッドから降りると、梨華ちゃんの小さな、だけどすんげー高いブランドバックに           手を掛ける。           中をかき回して。           そして。           あたしは、容易く目的のものを見つける。           手の上に乗せて見つめると。           それは、涙と共にキラキラ光った。           先週も、雨の日が続いてた。           梨華ちゃんとしばらく連絡が取れなくて。           そんなことはよくあることなのに、あたしはなんだかすごく焦ってて。           クラブで待ち伏せるだけじゃ飽き足らず。           当てもなく、彼女を探して街をうろついてた。           梨華ちゃんが住んでる沿線は解かっていたので、その辺りの大きな街を。           雨の中。           あたしはビニガサで。           ただ、うろうろと。           そして。           沢山の傘の向こうに、見覚えのある濃いピンクの傘を見つけた。           ショーウィンドウを見る、その背は明らかに梨華ちゃんで。           その隣りには、見たこともない男。           幸せそうに、ディスプレイに見入っていた。           笑う男に添えた梨華ちゃんの指には、指輪が光っていた。           見たこともない、指輪だった。           いつもは指輪を外していたのに、どうしてあの日は腕も組んでいたの?           そう聞けたら、どんなにいいか。           きっと、梨華ちゃんのことだから聞けば何がしかの答えをくれるだろう。           そしてそれはきっと、極めて真実に近い、ストレートなもの。           だから、聞けない。           臆病なあたし。           でも、解かってる。           あたしに出来ること。           ねえ、梨華ちゃん。           今日、あたしを呼び出したのって、なんで?           いつもはストレートなのに、今日に限ってそれをはっきり言わないんだね。           でも、それは。           あたしがもう解かってるって、知ってるからでしょ?           だから…。           だから……。           今日も、梨華ちゃんはフロアの真ん中で微笑みながら踊ってる。           遠巻きにそれを眺めてあれこれ言う男たちの更に                     後ろで、あたしはそれを見てた。           踊る彼女の姿を、最初で最後の記憶にしておきたいから。           あたしはそれを遠くから見つめてた。           男たちのタバコで煙った、遠いその姿を。           きっと梨華ちゃんも。           解かっていると思う。           好きだから。           愛してるから。           あたしに出来ること。           あなたの為に出来ること。           あたしたちはこれ以上近づいても、きっと幸せにはなれないから。           解かりきった最後を迎える前に。           幸福なままに。           このままに。           ねえ、梨華ちゃん。           幸せになってね。           あたしは去って行くけど。           ねえ、幸せになって。           いつまでも微笑んでいて。           そして、いつまでも。           あたしの胸の中にこの薄汚いクラブで踊る、美しい天使として住まっていて。           いつまでも、いつまでも。           いつまでも……。