『ネグリンの指輪』            それは、平日の夕方録音されていた。            ピーーーーーッ            吉澤様のお電話でしょうか?            ●○百貨店2F×××でございます。            ご注文頂いていた指輪が出来上がりましたのでお電話致しました。            ご都合のよろしいときに、お控えの方をお持ちになっておいで下さいませ。            「………」            仕事に疲れ深夜に帰りついた部屋で、思わず脱力して床に崩れ落ちてしまう。            そう、そういえばそんなこともしたっけな。            留守電の点滅ランプに微かな希望を宿して飛びついた自分が、今となっては悲しすぎる。            「指輪、かぁ…」            そのまま床に寝転んで。            まだ電気もつけていない室内に、玄関から差し込む妙にオレンジ掛かった明かりで自分の手を見つめる。            我ながら細く長い、結構カタチの良い指。            ついでに白い。            こーゆーのを、白魚のようなって言うのかなぁー…なんて。            くだんないことを考えながら、今はなにも付いていない薬指の根元を擦る。            いつまでも付けてるのはなんだか未練がましく思えて。            まだ未練が大有りというのに外してしまった、誕生日プレゼントだったシルバーの指輪は            しかししっかりとカバンの中に布袋に包んで入れてある。            指輪……。            梨華ちゃんは一杯持ってたっけな。            花の形のとか、ハートの形のとか。            ねだられて、いくつか買ってあげたりもしたっけ。            これも、そのひとつの筈だった。            だけど……。            「出来上がんの、おせーんだよ」            注文をして、出来上がるのを待たず            「もう、終わっちゃった……んだよなぁ」            先月、長く続いた梨華ちゃんとの恋は、終わってしまったのだった。            「三ヶ月なんてさ、長すぎんだよ」            それがそもそも、この指輪を自分が買う羽目になった理由だったりもするのだが。            「梨華ちゃん……」            最後に見たのは、悲しげに眉をひそめた顔だった。            絶対に、そんな思いはさせたくない。            させやしない、と。            幸せにしてやりたい、と思っていたのに。            結局、悲しい思いをさせてしまった。            「いい。もう、いいよ」            そう言って、顔を歪めた梨華ちゃんを何故抱き締めなかったのか。            「もう、いいの……」            そう言って、悲しげな表情でそのまま部屋を出て行ってしまった梨華ちゃんを            何故引き止めなかったのか。            今となっては後悔することばかりだった。            雨の夜で。            少しすればまた梨華ちゃんは戻ってくるだろうと思ってたけれど            結局、朝になっても梨華ちゃんは戻ってはこなかったし。            すぐにまたケロっとして連絡を寄越すだろうと思っていたのに            それから今まで、彼女からの連絡は全くない。            今となっては後悔することが多すぎて、もう、どうしたらいいのか解からなかった。            そして、もう、どうにもならないかもしれないという、悲しい予感もあった。            「はぁ……」            もうひとつため息をついて。            目を閉じる。            あの日の、梨華ちゃんの笑顔を思い描く。            キラッキラと輝くような、梨華ちゃんの笑みを。            ***            その店のアクセサリーは、キラッキラしてて少女趣味で、早い話、あたしの趣味じゃない。            梨華ちゃんに連れてかれるまでその存在も知らなかった。            彼女に腕を引っ張られるようにして店に行ったのは、ちょうど三ヶ月前。            「ここのお店でオーダーするとね、石の色とか金具の部分の色とかね、細かく指定できるの」            ある日、梨華ちゃんが雑誌を指差して言い出した。            そこに写るモデルさんがしてるのはキラッキラしたネックレス。            ちょっと、日常生活では付けてくとこないんじゃね?ってくらいのキラッキラさ。            「でもね、オーダーしてから三ヶ月は掛かっちゃうんだよ、出来上がるまで」            「なに、そんなに人気あんの?ここの店」            そう言って、もう一度梨華ちゃんの指の先を凝視すると            「違うの。オーダーした色に合う石をね、イスラエルまで探しに行くんだって」            は?            と、思わず聞き返した。            てゆーか、イスラエルって………どこだっけ?            「でね、それから石を磨き出して、指輪とかネックレスとか作るからね、三ヶ月掛かるの」            はは、って。            冗談でしょ、って。            笑ったら、次のデートで店まで連れて行かれて、ご丁寧に店員のおねーさんから            何故三ヶ月掛かるのかのご高説を頂く羽目になってしまった。            そりゃ、マジでイスラエルで買い付けからやりゃぁ三ヶ月なんてあっちゅー間だよな。うん。            「はぁー……そりゃ、大変っすねぇ」            そんな曖昧な相槌を打つあたしの横で、梨華ちゃんは熱心にオーダーのカタログに見入ってて。            ついでに聞いたところによると、指輪だったら、どうやらそんな三ヶ月とか掛かる割には            いつもねだられるのに比べれば断然に安価だったし            まあ、普段使えそーなシンプルなデザインもあったし            「買ったげよっか?」            言うと、梨華ちゃんは目を、まさにそこに並ぶジュエリーたちみたいにキラッキラ輝かせて            「ホントにっ?」            あ、策にはまった?            と思ったのは、梨華ちゃんがすかさず店員さんに石の色とデザインを淀むことなく告げた時で。            コイツ、最初からその気だったな……。            てゆーか、鈍いな、あたし。            そう思ったけど。            あたしを見上げる梨華ちゃんの幸せそうな笑顔を見たら、まあ、いっかな、なんて。            思ってしまって。            その後、無事オーダーを済ませて、仲良く手を繋いで帰って来たのだった。            ***            目を開けて。            もう一度、手を見つめた。            あの日繋いだ手の温もりを思い出そうとして………思い出せなかった。            あの時のあの温もりは、ごく日常のもので。            全然特別なものじゃなくて。            記憶になんて残っていない。            だってそれは明日も明後日も、何年後にだってすぐ横にあると思っていた温もりだったから。            まさか三ヵ月後の今、隣りにいないなんてこと、思いも寄らないことだったから。            「梨華ちゃん……」            あたしの中で、悲しそうな表情の梨華ちゃんとキラキラと笑む梨華ちゃんがくるくると巡る。            好きだよ、梨華ちゃん。            今でも。            このまま、さよならなんて嫌だよ。            「……よし」            掛け声をかけて、起き上がる。            浴室へ行ってお風呂のボタンを押して、部屋の電気も付ける。            明日、仕事をなるべく早く切り上げて、指輪を取りに行こう。            そして。            それを手に、梨華ちゃんに会いに行こう。            果たして梨華ちゃんは、その指輪とあたしの想いを受け取ってくれるのだろうか。            カバンから布袋を取り出して、薬指にはめる。            だけど。            もう、後悔したくないから。            もう、踏み出すしかないから。            会いに行こう、君に。            ネグリンの指輪を持って。            梨華ちゃんに。            好きだよって、言いに行こう。                                         〜Fin