冤罪考2 被害者の人権について

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冤罪について考える

 

 冤罪や支援活動などについて考えていること、思いついたことをメモしてみた。

   昨日、ある方から、被害者に対して、「男性の視点からではなく、女性の視点からこの事件を見てほしい」という指摘をいただいた。「強姦特有の抵抗傷の痕跡が全く見られない」という法医学者の解剖結果について話が及んだ時のことである。

 狭山事件に関わるようになって、『差別が奪った青春』の劇画家・木山茂氏とは一緒に調査を行ったり、登山やスキーを教えていただく機会がたびたびあり、その際に、何度も「被害者の人権をどう考えるのか」「死者のプライバシーをどう考えるか」という問いかけを受けたことを思い出した。

 事件の真相究明に没頭していた私には、確かに、被害者の人権に配慮するところに欠けたところがあったのであろう。

 どの冤罪事件でも、被害者の無惨な死体写真には目を背けたくなる。見るのも恐ろしくて、できることなら関わりたくないものである。しかしながら、私の場合、事件を調べるにつれて、なぜ彼らが殺されなければなかったのだろうか、殺された時にどのようなことを考えていたのか、など考えるようになり、殺された被害者の無念を晴らしたいと考えるようになってきている。

 最初は、死刑判決を受けた無実の被告人を支援したい、警察の違法捜査・差別捜査を許せない、という気持から狭山事件に関わったのであるが、捜査が被差別部落に向くように偽装工作を行い、罪を他人になすりつけて保身を図っている真犯人は許せない、という気持は強い。

 その真相究明のためには、被害者のプライバシーにある程度、踏み込まざるをえないのである。被告人のプライバシーに踏み込まないとでっち上げを解明できないのと同じである。

 もちろん、全捜査記録が開示されない以上、できることは限られている。しかしながら、被害者は死ぬ間際に犯人を許せないと思ったに違いない、事件の真相を知らせたいと思ったに違いない、と考え、残された手がかりを追っていきたい。   100701 甲斐仁志