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1 爪の間に犯人のものと思われる皮膚片
「新推理・狭山事件8 背後からの腕締め」ですでに述べたが、5月9日の『東京新聞』埼玉版には、次のような記載が見られる。
善枝さんの死体にあった 両足の傷は、いずれも生活反応があり、生前に受けたもの。またツメの間には犯人のものと思われる皮膚の一部があった。善枝さんが乱暴されたとき犯人をひっかき抵抗したものだろう。

さらに、5月17日付『週刊朝日』(10日発売)は、次のように書かれている。
ある捜査官はシロ説をとって、『O氏※の体は、きれいでどこにも傷らしいものがなかった。普通、婦女子に暴行すると、各所に防御創を受けるものだがそれが認められないのだ』と言っている。 ※自殺した西富源治さん
狭山事件弁護団は、この爪の間の皮膚については記者会見で公表され、さらに、自殺した西富源治さんがシロと判断された理由の一つとして、彼の死体がきれいであって傷が全くなかったことをそっとある警察幹部から教えられた、ことを当時の新聞・雑誌記者から確認している(部落解放同盟狭山闘争本部発行『狭山差別裁判』の記事より)。
真犯人には被害者から引っ掻かれた傷があったのである。
裸絞め(スリーパーホールド)で首を絞められた善枝さんは反射的に犯人の腕を掴んで、腕を振り払おうと必死に抵抗したに違いない。この時、爪を立てて犯人の皮膚を引っ掻いたと考えられる。
2 引っ掻かれた入曽の男
石川さんは6月23日に「単独犯」の自白をする前、6月20日から22日の3日間、「3人共犯」の自白を行っているが、6月23日、次のような自白を行っている。
・・・私は一周りして来たら善枝ちゃんは殺されていてそこから十米位はなれたところに入間川と入曽の男が立っていました。私が行ったら二人が
「殺してしまったから逃げよう」
ということになったのです。その時入曽の男が
「俺がやるべえと思ったら騒いだので殺っちゃった。俺はやっちゃったけどひっかかれてしまった」
というので手の甲を見たら血が出ていました。やるべえと思ったというのははめようとしたことです。
この自白によれば、殺害実行犯の入曽の男には引っ掻き傷があることになり、石川さんにはそのような傷がないことになる。実際、石川さんは8日に訪ねてきた2人の刑事から、手を見せろと言われ、刑事達は傷の有無を確かめたという。
『東京新聞』や『週刊朝日』の記事は、関係した新聞・雑誌記者の証言だけでなく、石川さんの「3人共犯」の自白調書でも裏付けられる。真犯人には「引っ掻き傷」があったのである。
3 山田養豚場関係者に「引っ掻き傷の男」はいなかった
5月5日の『埼玉新聞』の記事によれば、捜査本部は3・4日には、「『20歳―35歳で狭山周辺に住む男』を徹底的に調べており、すでに5、6人の指紋を照合している。・・・同日5時までに2―3の参考人を呼び脅迫状と照らし合わせて筆跡鑑定をする」としている。
捜査本部の事実上の責任者である将田警視(捜査1課の次席)は「筆跡の収集は死体発見前から」と証言し、山田和義(仮名)さんは「次の朝(注:3日)から家にいる若い人、前にいた若い人の名前を聞かれた」、弟の山田保夫(仮名)さんは「一義が聞かれる前から1日のアリバイを聞かれて書面を出した」と証言しており、3日に佐野屋で犯人を取り逃がした朝から、捜査本部は山田養豚場関係者への捜査を始めている。
また、刑事4名と、民間人の中畑登美恵、PTA・防犯協会長の牧田秀雄(仮名)、佐野屋の主人の佐野隆二(同)、被害者の中学校時代の担任教師の吉沢健一(同)さんら4人が犯人の声を聞いているから、直ちに、容疑者の声の確認も行われたはずである。
「狭山事件を推理する 第10章 呼び声」で紹介したように、犯人の声は「サビがあり」(5月4日読売、日経)、「登美恵・・・しわがれた声」(同サンケイ)、「低い声」(5日読売)、「押殺したような低音」(17日「週刊朝日」)で、想定年齢は「中年男」(5月4日朝日)、「三十〜四十歳ぐらい」(同 毎日)、「三十五〜四十歳ぐらい」(同 東京)、「中刑事部長・・・三十歳以上」(5月5日毎日夕)とされている。当然ながら、山田養豚場関係者の元には、犯人の声を聞いた刑事4名が派遣され、音声を確かめたに違いない。この段階で、おそらく山田養豚場の従業者4人は佐野屋に現れた犯人からは外れ、捜査本部は、さらに、元従業員と交遊関係者に捜査を広げたと考えられる。
5月9日の『産経新聞』は「上赤坂や堀兼地区の不良、前科者、変質者のうちから捜査線上に浮かんだ10人の身辺捜査をしてきたが、8日よるまでに、このうち6人が『シロ』となった」と伝えている。
4日に死体が発見され、同夜には死体解剖が行われ、5日には精液から犯人はB型であることが判明し、被害者の「ツメの間に皮膚片」があることが明らかとなると、「しわがれた低い声で、B型で引っ掻き傷がある男」が集中的に捜査されたに違いない。
音声の一致と引っ掻き傷、血液型と筆跡、指紋の一致があれば、これで事件は解決である。捜査本部は事件の早期解決を確信していたに違いない。
5月25日の『東京新聞によれば、石川さんは「死体の現場近くに住んでいる素行不良者として6日の捜査会議で容疑者リストに加えられた。2人1組、4組の刑事が身辺を捜査」したとされている。3日に山田養豚場の元従業員として名前があがるとともに、善枝さんの通学路近くに住んでいたことや、山学校付近で「二人組を見た」という西富植木職の証言などから、3日には捜査本部に把握され、身辺捜査が開始され、6日には容疑者としてマークされたと考えられる。
捜査本部は「音声確認チーム」を差し向けるとともに、引っ掻き傷の有無を最優先で確かめ、指紋と筆跡、血液型(被害者の体内にはB型の精液が残されていた)の証拠収集を行ったはずである。
ところが山田養豚場従業者や関係者には「しわがれた低い声で、B型で引っ掻き傷がある男」とされる人物はいなかったのである。石川さんはどちらかというと高い、澄んだ柔らかい声で、「しわがれた低い声」にはほど遠い。「引っ掻き傷」もなかったに違いない。山田和義さんをはじめ、石川さんが字を書いているところを見た人物はおらず、脅迫状を書くことなどできないことは、すぐにわかったはずである。一番肝心の、金を必要とするせっぱ詰まった動機もない。
この段階で、捜査本部は「子どもを狙った営利誘拐事件崩れの強姦殺害・恐喝未遂事件」という事件の見立て(仮説1)を見直すとともに、「犯人は山田養豚場関係者」という見込み(仮説2)を捨てなければならなかったのである。 ところが、冤罪事件の常として、一人では無理でも複数犯行なら可能ではないか、と誤った見込み捜査を突き進むのである。
4 隠された音声と爪の間の皮膚片の捜査資料
その結果、事件直後の「音声関係捜査資料」と「爪の間の皮膚片」は隠されてしまうこととなった。そして、未だに、検察庁は証拠開示に応じていない。
しかしながら、情報公開時代と裁判員裁判時代を迎え、もはや、裁判所は検察の証拠隠しの片棒を担ぐことは難しくなってきている。ほとんどの裁判員は、検察・警察の証拠隠しが行われている状況では正しい判断はできない、と考えるに違いないからである。
その影響は再審裁判にも及んできており、裁判官の中には、証拠開示を検察官に促す裁判官も出て来つつある。
さらに、DNA鑑定の精度の向上は、再審裁判において、新たな可能性を示すこととなった。東京高裁刑事1部(田中康郎裁判長)は、足利幼女連続殺害事件(菅家利和受刑者)の再審裁判において、DNA鑑定を行うことを決定し、東京高裁刑事4部(狭山事件と同じ小川正持裁判長)は東電OL殺害事件(ゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者)において東京高検にDNA鑑定を要請している。
そして、この両事件はDNAの不一致により、再審開始決定が行われ、菅家さんには無罪判決が下されている。
また、袴田事件(袴田巖死刑囚)の第2次再審請求において、静岡地裁は衣類の付着血痕と袴田死刑囚のDNA鑑定を行い、弁護側・検察側の鑑定とも不一致であることが明らかとなっている。
狭山事件においても、東京高裁刑事4部は検察官に「爪の間の皮膚片」の証拠開示を命令するとともに、DNA鑑定の実施を行うべきである。
120830→130916 甲斐仁志

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