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狭山事件の真相(事件像と真犯人像)の解明は、同時に、警察・検察がなぜ捜査を誤ったのか、なぜ誤認逮捕・誤認起訴にいたったのか、なぜ裁判所が誤判を続けてきたのか、の解明にもつながる。
『狭山事件を推理する』の続編であるこの「新推理・狭山事件」においては、警察の誤捜査の過程や裁判所の誤判の原因、石川さんの自白・自白維持の謎などについても、さらに推理を広げていきたい。
1.「仮説検証法」は原稿が長くなる
前著『狭山事件を推理する』では、「営利誘拐・強姦偽装殺人事件という仮説に従って都合のいい事実を選んでつなぎ合わせただけではないか」、「自分の推理が神のように正しいと錯覚しているのではないか」と思われたかも知れない。
1つ誤解を解いておきたいが、前著をまとめるにあたっては、私は個々の推理作業においては、考え得る限りA、B、C・・・の仮説を考えて比較検討し、一番、合理的と思われる仮説を採用するという、手間のかかる作業を行っている。これは、私自身に染み込んでいる「仮説検証」の方法である。
実際、最初の原稿は、そのようなくだくだとした長いものであったのであるが、これでは厚い本になるし、読者がそのような細かな説明に関心を持って付き合ってくれるとも思えない。そこで、個々の仮説の検討過程はカットして、もっとも合理的な仮説の検証結論だけを示しているところが多い。
「神の目で書いた」と批判されるとしたら、この考えうる限りの複数仮説の検討過程を省いていることによる。それはこの本が学術論文でも、裁判所に提出する文書でもないからである。
2.「強姦仮説」を捨てて「合意の性交仮説」を採用
その検討例を1つあげてみたい。
私は「狭山事件を推理する 第4章 通学路」において、善枝さんがいつもより2時間ほど早く下校し、下校の際には「誕生祝いの食事」を理由として告げ、通学路から外れた第1ガード下で人待ち顔で立っているところを目撃され、胃内容には昼食にないトマトが含まれ、食後2時間後に殺害されていること、さらに、善枝さんの死体には強姦事件に特有の暴行傷や抵抗傷がなく、処女膜には「3条の陳旧性亀裂」があることを総合的に検討し、善枝さんは真犯人と誕生祝いの最終食事をし、合意の性交後に、最終食事の2時間後に殺された、と推理した。
その際には、当然ながら、「刃物で脅されるなど、抵抗できない状態で強姦された」、「後方転倒した際に家具などに後頭部を強打して気を失った状態で強姦された(亀井説)」、「処女膜の陳旧性亀裂はスポーツなどでできた」という仮説についても検討した。
「善枝さんは刃物などで脅されて全くの無抵抗にされ、金縛り状態で強姦され」たとの仮説については、父親や中学校時代の教師の証言や当時の週刊誌に紹介された強姦されそうになった女性の例、スポーツマンで男勝りの善枝さんの性格からみて、善枝さんなら捕まる前に逃げ出すであろうし、強姦されそうになった時には反射的に足をバタバタしたり、膝を閉じて抵抗したりしないことは考えにくいと判断した。実際、死体にはそのような痕跡は皆無であった。
また、全くの無抵抗であれば犯人はズロースを脱がすはずで、膝の位置にズロースを下げた状態での強姦は考えにくい。
「処女膜の陳旧性亀裂がスポーツなどでできた」という仮説については、千葉大木村教授がカラー写真から処女膜の亀裂の状態を見て「裂創形成後1週間以上」と判断し、この亀裂が処女膜の「付着基部に達する」ことから「過激な運動や手淫、生理用の挿入を否定」した判断に従った。反対鑑定がない以上、この判断を否定することはできないのではなかろうか。
さらに、「狭山事件を推理する 第12章 ロープ」では、手拭による後ろ手縛りに生前の内出血や擦過傷などの痕跡が残っていないことや、頭を動かせばすぐにほどけるタオルの緩い目隠しからみても、それらは死後に付けられた可能性が高い。首に巻かれた木綿ロープも引き絞って首を絞めた痕跡は皆無であり、足首の木綿ロープにいたっては、すこし動かせば緩んでしまう状態であり、これらも死後に付けられたと見るべきであろう。
これらを合わせて考えてみても、ズロースを膝まで下げたのも同様に、「強姦を偽装」したと考えた方が合理的である。
善枝さんの死体の傷とズロースの位置、手拭・タオル、2本の木綿ロープ、これらの全体的な検討結果から、私は無抵抗の強姦仮説を捨てた。
また、『狭山事件を推理する』を書いた時には「前側腹部・前大腿部上部の複数の生前の指痕(内出血)」の検討を見逃していたが、今回、「新推理4 強姦か合意の性交か」において、それらの指痕が後背位からの性交で付けられた可能性が高いことが解明できた。さらに、処女膜の3条の陳旧性亀裂と小陰唇3か所の内出血の位置がほぼ重なり、お尻側と左右両側であったことと、お尻側の処女膜に小指爪面大挫傷があったことと合わせて、後背位による2度以上の性交が行われている可能性が高いことを明らかにした。
3.強姦仮説は1/840万の確率
以上の検討により、(1)いつもより2時間早い下校、(2)誕生祝いの食事をつくるという下校時の善枝さんの発言(自宅ではそのような計画はなく、夕食はうどんであった)、(3)いつもの通学路から外れた位置で人待ち顔に立っていたという目撃証言、(4)胃内容物の量と(5)消化具合からの「食後2時間後」に殺害との上田・木村鑑定、昼食のカレーライスの(6)カレーの黄色の色調、(7)肉、(8)福神漬が胃内にないこと、胃内には昼食にない最終食事の(9)トマトと(10)ナスと(11)菜と(12)小豆があったこと(「新推理3 誕生祝いの最終食事」、(13)暴行・抵抗傷がないこと、(14)基部に達する処女膜の3条の陳旧性亀裂と(15)同位置の小陰唇3か所の内出血、(16)1週間以上たった陳旧性亀裂(木村鑑定)、(17)両腹部前面の指痕、(18)お尻側の処女膜の小指爪面大挫傷、(19)手拭の後手縛りや(20)タオルの目隠し、(21)首の木綿ロープ、(22)足首の木綿ロープ、(23)膝位置のズロースは死後の可能性が高いという、合計23項目を総合的に判断し、私は「顔見知り犯による誕生祝いの食事後の合意の性交と食後2時間後の殺害」という結論を下したのである。
仮にこれらの1つ1つが偶然におこる確率をごくごく控えめに見積もって1/2としても、全部が同時に偶然におこる確率は1/2の23乗=1/8388608となり、約840万分の1という限りなく0に近い確率となる。
もちろん、もし、そのうちの1つでも確率が0なら、全体が0になることは言うまでもない。例えば、生徒が予算を立て、グループに別れて教師から購入を指示された食材リストを持ってカレーライスの食材を買いに行ったとき、リストにないいトマトやナス、葉物野菜を買ってくる可能性など、まず0と見てよい。これは、中学校時代の同級生が善枝さんを呼び出して料理を作って食事を提供したという伊吹隼人氏の説でも同じである。
私は善枝さんより2学年上であるが、事件の翌年の1964年に大学に入学し、よく食堂や喫茶店、レストランでカレーライスを食べたが、当時の突き合わせはラッキョウと福神漬に決まっていた。トマト・キュウリ・レタスのサラダが付くようになったのは、ハウス栽培が普及してからであり、それは社会人になってずっと後のことであった。カレーライスにトマトを添え物にするという発想は、当時の高校生にはありえない。このトマトただ1点をとってみても、「昼食4時間半後の強姦殺害説」が成立する確率は0なのである。
このように「仮説検証法」では考えられる限りの仮説を立て、それらが起こる確率を1つ1つ考えて全体的に検証する必要がある。
これに対して、強姦仮説の積極的な根拠は、五十嵐鑑定人が大陰唇の両側の傷の1つを爪痕(上田鑑定では否定)としたことと、ズロースが膝まで下げられていたことのたった2点しかない。
前者は善枝さんを机などに押しつけて性交した時にできた可能性があり、後者は、強姦事件と見せかけるための犯人の偽装工作の可能性が高い。少し考えてみればわかるが、犯人が強姦しようとして陰部を触ったとしたら、大陰唇を無理矢理に開こうとしてその内側に爪痕ができるのなら理解できるが、大陰唇の両外側の擦過傷というのは理解できない。大陰唇が机などに押しつけられ、左右に腰を動かした時にできた可能性が高い。
寺尾判決の単独犯説や亀井トム・伊吹隼人氏の複数犯説の「強姦説」は、いずれも前記の23項目について、全体的な検討ができていない。1つ1つについて、バラバラに判断するのではなく、全てが全体的に確率的に検討されなけらばならない。
1・2審判決は、この事件を「強姦・殺害事件」としてきたのであるが、それは自白と五十嵐誤鑑定に依拠しただけのことであり、まともに客観的な証拠を総合的に検討した結論とは言い難いのである。
4.「推測の下僕」の寺尾裁判長
私は狭山事件の全ての判決・決定を弁護団の主張と対比させて研究すれば、事実認定論の優れた学位論文が書けるのではないか、と思っている。刑事訴訟法の学徒の皆さんには、是非、お勧めしたいものである。
全くの別分野の私が2審の寺尾判決を読んでびっくりしたのは、弁護人の主張を個々バラバラに推測で否定するオンパレードであったことと、文章が論理的でなかったことである。これは、彼らに基本的な科学的方法や論理的思考方法が身に付いていないことを示している。
この見るも無惨な寺尾オソマツ判決を見ていると、刑事訴訟法の教育では、科学的な実験や調査などを通して、「仮説力(推理)」や「検証方法」、「いくつかの仮説を比較検討して真実を発見する論理的な判断力」などを身につける、仮説検証法についての系統的な教育が行われていなかったことは疑いない。
最近は小中学校教育において「仮説実験授業」が行われるようになっているが、それ以前だと、このような教育は1963年に板倉聖宣博士(いたずら博士)が提唱し、その影響を受けた意欲的なごく一部の理科・数学教師に教わった人しか体験していないはずである。
それより遙か前の世代の寺尾裁判長や現在の裁判長達の世代が、このような科学的な思考ができないのはいわば当然なのであるが、なぜ、こんな無様な判決文を寺尾裁判長が書くことになってしまったのか、その過程を推理してみたい。
「新推理・狭山事件15 犯人仮説の無矛盾性」において、私は『Newton(ニュートン)』(2011年10月号)の「『科学的に正しい』ってどういう意味?」を紹介したが、その最後には、科学的な正しさの判断基準として、「前提から結論まで論理が通っている」ことがあげられ、その論理が正しくないことを証明するには、「あてはまらない例(反例)をたった1つでも見つければいい」としている。
なるほど、と納得したのであるが、要するに、2審寺尾判決は、弁護人の主張に対し、「あてはまらない例(反例)」を見つけることに汲々とし、その反例(反証)が見つからない場合には、それを推測(特に、被告人嘘つき論という「永遠の真理」にもとづく推測)で置き換えて弁護側の主張を否定した、ということであったのである。
これは、『科学的に正しい』という「仮説検証」の方法論ではなく、「論争テクニック」の1つの「ゲームの屁理屈」=「揚げ足取り」なのである。
もし裁判官が「仮説検証」の方法論をとるとすると、別に真犯人がいる様々な可能性を仮説として立てながら、個々の証拠についての判断がどちらの仮説を支持することになるのか検証し、どの仮説がより論理的に矛盾がないのか、総合的な判断を示したであろう。
ところが、「論争テクニック」で弁護側の主張を検討するなら、個々の論点について、1つでも反証(証拠がない場合は推測)を探し出してきて、弁護側の主張をひっくり返す、という作業を積み重ねることになる。
しかも、寺尾裁判長は「証拠の従僕でもなければならない」と言いながら、関係証人の証人調べや鑑定を行うことを放棄し、これらの「証拠」の代わりに「推測」の積み重ねで判決文を書いている。「推測の従僕」であったのである。
検察側と弁護側の立証と反証のゲームに、両仮説の検証者として立ち会うのではなく、始めから検察側の1プレイヤーとして参戦し、弁護側の反証つぶしの推測に終始したのである。
このやり方は、その後の最高裁・東京高裁の裁判長にそのまま継承され、恥の上塗りを行っている。狭山事件の判決・決定は日本の裁判の「金字塔」となる名判決どころか、このままでは日本の裁判官達の科学的思考の無知と無論理を示す、永遠に残る「泥字塔」となってしまうであろう。いつまで泥船に泥を塗り続ける「かちかち山」のタヌキを演じ続けるのであろうか?
そんなみっともないことは、「仮説実験授業」が当たり前となり、国民が裁判員となって裁判に参加する時代にいつまでも許されるものではない。
5.推測による寺尾判決の矛盾
このような、裁判官の推測の積み重ねの結果、いかなる矛盾がでてくるか、1例をあげてみよう。
「狭山事件を推理する 第5章 車出いく」「同 第16章 前の門」で述べたが、脅迫状にはもともと「少時様」の宛名が書かれており、善枝さんの通学路には、佐野屋側の被差別部落の外れに「江畑昭司(仮名)」方があった。堀兼の農村部には門のある家などなかったから、「前の門」と脅迫状が指示した家は、この江畑方に絞られた。
寺尾判決は、被告人が「意識的に虚偽の供述をした」として8点をあげ、その(7)に「被告人が極力否定するにも関わらず、近所の特定人(江畑昭司の宅の幼稚園児)を脳裏に描いて脅迫状を書いたとの推論が自然に成り立つ」としている。私もまた、江畑方を狙って「少時様」宛ての脅迫状が書かれたことは認めるが、問題は、その作成者が石川さんかどうかである。
第1の問題点は、「第16章 前の門」で述べたように、石川さんは江畑方で井戸掘りの仕事をしており、江畑方や隣接する実家の岸本方の家人と顔見知りであることである。もし、寺尾判決のように「近所の特定人(江畑昭司の宅の幼稚園児)を脳裏に描いて脅迫状を書いた」とするなら、それは、逆に石川さんが真犯人ではないことを証明することになる。脅迫状には「金二十万円女の人がもツて前の門のところにいろ。」「ちがう人がいたら そのままかえきてこどもわころしてヤる。」と書かれていたが、いくら何でも面識のある「女の人」から手渡しで身代金を受け取るような犯人がいるはずがないのである。
第2に、寺尾裁判長は「吉展ちゃん事件にヒントを得て、自分も幼児を誘拐してその親から身代金を喝取しようと考えるに至った」というのであるが、もしそう認定したのなら、なぜ吉展ちゃん事件の犯人と同じように「金は○○に置いておけ」としなかったのか、合理的な説明ないことである。半年前の洋裁生殺し事件」を真似たとしても同じ指示となるはずである。
第3に、吉展ちゃん事件にヒントを得たというなら、同じように電話で脅迫するはずであり、脅迫状を書くという変更の理由が見あたらない。とくに、石川さんの場合は、「彼は自分の名もロクに書けないような男だ(注:「石川一雄」を「一夫」と書いていた)。そんな裏の裏まで考えて行動がとれる男とは思えないのです」(遠藤欽一狭山市議:6月10日付『週刊文春』)という状態であり、電話ではなく脅迫状を書いたというなら、合理的な説明が必要である。
第4に、もし、石川さんが江畑宅の幼稚園児を狙って脅迫状を書いたというなら、5月1日には江畑方の幼稚園児が園から帰って外で遊ぶ時間を見計らい、入間川駅から江畑宅の方に南東に進んで様子を伺うはずである。これでは、北東方向に荒神様の方に歩いていって善枝さんと出会い、とっさに対象を変えた、という自白とは矛盾してしまう。また、江畑宅の幼稚園児を狙っていたのなら、1日にチャンスがなければ、3日や5日の休日など、先延ばしして誘拐する機会はいくらでもあったのである。
第5に、「少時様」が江畑昭司であるとすると、「前の門のところにいろ」の脅迫文の指示が意味不明になる。江畑方には裏門がなく、普通なら「門の前」と書くところであり、石川さんの自白も7月2日の検察官調書まで、「門の前」「門のところ」である。
このように、石川さんを嘘つきに仕立てるための1つの推測が、逆に、5つの矛盾を生み出しているのである。一方、石川さんを無実と考えた仮説は矛盾がなく、合理的である。
この一例は、寺尾裁判長らが様々な事件像・真犯人像仮説を組み立て、総合的に検証する能力を欠き、ただ、弁護側主張に対し、個々に推測で反例を示すことによって有罪判決を下したということを、如実に示している。他に真犯人がいるかも知れないという疑いはみじんも持たずに、各証拠を個別バラバラに検討し、弁護側の主張にいちゃもんを付けただけなのであるが、裁判員裁判時代を迎え、そのようなペテンはもはや通用しない。
6.「他に真犯人がいる可能性があれば無罪」
中学校2・3年生頃から高校時代にかけて、テレビ番組の「弁護士ペリー・メイスン」をよく見ていたが、レイモンド・バーの扮するペリー・メイスンは名秘書で情報整理・収集や口述筆記などを担当するデラ・ストリートと調査を行う探偵のポール・ドレイクの助けを借りて、法廷で真犯人を暴き、無罪判決を勝ち取るのであったが、番組を見ながら、これは依頼人が金持ちで十分な報酬があったから初めてできることで、そんなうまい話はないと思っていたものである。
なにぶん、50年以上も昔のことなので記憶が定かではないが、「合理的疑いを残さない程度の証明が求められる」「疑わしきは罰せず」という刑事裁判の鉄則が、「真犯人が他にいる可能性がある場合には無罪」と極めて単純明快であったことである。素人の陪審員には、このように有罪・無罪の基準は明快でなけらばならない。
狭山事件の場合、善枝さんの最終食事1つをとってみても、「真犯人が他にいる可能性がある場合には無罪」の判決が下されるべきである。強姦の可能性が1/840万の確率しかなくて否定されれば、「真犯人が他にいる可能性がある場合には無罪」の裁判員感覚の基準で再審が開始されなければならない。
121016→130928→1205 甲斐仁志

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