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狭山事件を「営利誘拐事件」と思い込んでいた人は多いと思う。かくいう私も、同じであるが、実際の起訴罪名は「強盗強姦強盗殺人、死体遺棄、恐喝未遂・窃盗事件」であり、1審も同じ罪名で死刑判決を下している。
この奇妙な謎を解いてみたい。
1.2重偽装(ダブルとラップ)の可能性
狭山事件の半年前には、強姦殺人事件を営利誘拐・殺人事件に偽装した「洋裁生殺し事件」が起こっている。全国紙やテレビ・ラジオでも報道され、関西の地方都市で高校2年生であった私などでも気になってニュースを追っており、容疑者の隣家の男が登別温泉で妻と自殺した時には、わが家の食卓で話題になったことをよく覚えている。
続いて、狭山事件の1か月前には、幼児営利誘拐事件の「吉展ちゃん事件」が起きている。
もし、犯罪者プロファイリング(犯人像分析)が行われていたら、この「洋裁生殺し事件」と「吉展ちゃん事件」を組み合わせた「幼児営利誘拐」と「強姦殺人」の2重偽装(ダブルトラップ)殺人事件を1つの犯人仮説として想定しないことは考えにくい。
しかしながら、埼玉県警の中刑事部長・将田次席らは、幼児誘拐を狙っていた犯人が対象を女子高校生に変更し、強姦殺害した、という犯行像・犯人像一直線で捜査を進めている。
2.消極的主張に終わった支援者・弁護団
これに対して、現地で古くから支援を行っていた亀井トム氏は、「営利誘拐」は偽装工作と見破った。素晴らしい推理力であるが、「強姦殺人事件」という犯行像は変えることなく、犯人像としては複数犯としている。―「真犯人仮説・狭山事件3 4人共犯仮説(亀井説)」参照
一方、狭山弁護団の2審の最終弁論で死体を担当した橋本紀徳弁護人は、善枝さんが級友に言い残した「誕生祝いの食事」の証言、胃内にはカレーライスの材料にないトマトがあり、カレーライスの黄色の色調がないこと、暴力的性交への疑問をそれぞれ個別に指摘するにとどまり、それらを総合的に結びつけ、被害者が親しい男性と誕生祝いの食事を行い、合意の性交を行った後に殺された可能性を検討していない。裁判所に「営利誘拐・強姦殺人事件」という事件像そのものの見直しを迫るまでには至っていない。
「胃内容物と殺害時刻、死後経過時間については、まだまだ未確定の要素が多い」「強姦をめぐる自白にも客観的状況と符合しない幾多の疑問が存在するのである。これらの疑問について一層解明の努力を払わなければならない」という、消極的な主張に止まっている。
もちろん、これだけ「合理的な疑い」が数多く存在するのであるから、もし裁判所が「疑わしきは罰せず」「合理的疑いの余地のない証明」という刑事裁判の鉄則を守っていたならば、これで十分に石川さんの無罪証明はできている。従って、弁護団を非難するつもりは毛頭ない。
問題なのは、あくまで1審判決を維持し、警察・検察を擁護しようとした東京高裁の判断であるが、結果的には、寺尾裁判長の有罪判決で、その後、石川さんは20年間も獄中に繋がれている。
支援者や弁護団もまた、この事件を「営利誘拐・強姦殺害事件」とみなす強い思いこみがあったことが、結果として「幾多の疑問」を「個々バラバラの疑問」のままにしてしまい、事件の真相に強力に迫ることができなかった可能性はないであろうか?
3.営利誘拐ではなく、恐喝未遂で起訴・判決
狭山事件は、「強盗強姦強盗殺人、死体遺棄、恐喝未遂・窃盗事件」で起訴されている。別件の「窃盗」と被害者の「腕時計」などを奪った「強盗」、殺人に伴う「死体遺棄」を除くと、本件の中心は、「強姦殺人、恐喝未遂事件」ということになる。
私は、当時の新聞・テレビニュースなどから、狭山事件は「営利誘拐事件」とばかり思い込んでいたので、20数年前に1審判決を始めて読んだ時にはびっくりしてしまった。
当時の新聞を調べて見ると、原検事らは、善枝さんを強姦殺害した後に、脅迫状を訂正して中畑家から金を奪おうとしたので、「営利誘拐・強姦殺人」ではなく「強姦殺人、恐喝未遂」で起訴した、とされている。
しかしながら、これは、奇妙な主張である。
原検事は1審の論告において、「誘拐した子供を殺害する脅迫状を持ち歩き、被害者を誘拐し金員喝取の目的遂げるために、強姦・殺害を予期又は容認していた」(要約)としており、営利誘拐を目的とした犯行と認めているのである。
さらに、1審内田判決もまた、「自転車に乗って通りかかった下校途上の中畑善枝(当時16歳)に出会うや、とっさに彼女を山中に連れ込み人質にして、家人から身の代金名下に金員を喝取しようと決意し」(一部略)と認定しているのであるから、どこから見ても、営利誘拐目的の犯行と認めている。
吉展ちゃん事件の犯人の大原保は、吉展ちゃんを殺した2日後に村越家に脅迫電話をかけ、50万円の身代金を要求し、まんまとせしめている。
そして、逮捕後に「営利誘拐、殺人、死体遺棄、恐喝」で起訴され、死刑判決を受けていることからみても、狭山事件において、「営利誘拐」で起訴されていないことは、不可思議極まりない。
営利誘拐と認めながら、営利誘拐の罪名を外して起訴し、有罪判決を下す、こんなことが許されていいはずがない。なぜであろうか?
4.「営利誘拐」の起訴罪名外し
原検察官らが「営利誘拐」の罪名を除き、「恐喝未遂」の罪名のみで起訴したのには、何らかの意図があったことは明らかである。
それは、「営利誘拐、強姦殺人、死体遺棄、恐喝未遂」の起訴罪名と、「強姦殺人、死体遺棄、恐喝未遂」の起訴罪名を比較してみれば明らかである。
前者であるならば、弁護人はまず、この事件が「営利誘拐なのかどうか」という点について、徹底的に追求するに違いない。
実際、家族から脅迫状の届け出があった時、狭山署は、被害者が高校1年生であることから、最初、あるいは「家出」「狂言」というような見方をしたように、女子高校生を対象にした「営利誘拐」というのは、普通では考えにくいからである。まず、捕まえる時に抵抗され、逃走される可能性が高く、正確に人相・服装などの目撃されてしまう。幼児を誘拐するのとは大違いなのである。さらに、善枝さんには、強姦事件につきものの暴行傷やはげしい抵抗傷などが皆無であり、この点は捜査本部でも疑問視していた。
この「営利誘拐」という事件の入口を崩せば、その後の「強姦殺人、死体遺棄、恐喝未遂」という犯行全体は自ずと消滅することになるから、動機、犯行計画、犯行準備、最初の29日(石川さんの自白では28日)を指定日とした「少時様」の幼児を狙った誘拐行動ととん挫、1日の幼児から女子高校生への対象変更の理由などについて、弁護団は徹底的に究明を図るとともに、善枝さんの事件当日の行動、最終目撃者、最終食事、死体鑑定などについても、全力を挙げて調査するに違いない。
さらに、「営利誘拐」が偽装となると、「強姦殺害」についても偽装の可能性が浮上し、第2の争点になる可能性が高い。
一方、「強姦殺人、死体遺棄、恐喝未遂」で起訴すれば、弁護団の関心は、「営利誘拐」から切り離された「強姦殺人」に向かうことになり、しかも、ほとんどの弁護士は「死体鑑定」には馴染みが薄いから、埼玉県警の五十嵐鑑定の「強姦」との判断が争点にならずにパスされる可能性も高いのである。
このような原検察官らのもくろみは100%見事に成功し、狭山事件の弁護活動において、この事件が「営利誘拐事件なのか、営利誘拐偽装事件なのか」という本格的な追究は行われないままになったのである。
そればかりではない。「強姦殺人事件なのか、強姦偽装殺人事件なのか」という点についてもまた、弁護団は本格的に取り組むこともなく、「これらの疑問について一層解明の努力を払わなければならない」で終わっている。
狭山弁護団もまた、中刑事部長らと同じく、犯人の2重偽装(ダブルトラップ)にはめられただけでなく、原検察官らの「営利誘拐の争点隠し」の罠にもまんまとはまってしまったのである。
5.3重罠(トリプルトラップ)からの脱出を
狭山事件は、善枝さんの行動と胃内容物、死体の傷だけを冷静に分析すれば、殺人事件を強姦殺害事件に偽装した極めて単純な事件であることは明らかである。 ―詳しくは「最終推理・狭山事件2 最終食事:カレーライスか誕生祝いの食事か」「最終推理・狭山事件3 強姦か合意の性交(和姦)か?」参照
さらに、脅迫状をきちんと分析すれば、「営利誘拐」もまた偽装されたものであることが明らかとなる。―「最終推理・狭山事件4 偶発的殺人か計画的殺人か?」参照
事件がもつれた時には、善枝さんの行動、死体、脅迫状の3つの原点に帰って、1つ1つ丹念に、ある推理(論理的な推測)がどの程度の確率で成立するか確かめながら、検証を行うべきである。
特に、同情心なのかあるいは猟奇的な興味に惹かれてなのか、「被差別部落の荒くれによる輪姦説」がいまだに横行しているが、善枝さんの死体が語る声に冷静に耳を傾けることが求められる。
もし、皆さんがこの事件の裁判員となることがあったとしたら、「被差別部落の荒くれによる輪姦説」を本気で主張されるであろうか?
130128→130930 甲斐仁志


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