新推理・狭山事件2 脅迫状の詩的表現技法

            ー真犯人は詩作に慣れた人物である

 

 110913

甲斐仁志 

 
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  論点整理表と14の新推理 

 

『狭山事件を推理する』HP復刻版

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冤罪考

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新推理・狭山事件

 はじめに

1 殺害現場はどこか

2 脅迫状の詩的表現技法
3 誕生祝いの最終食事
4 強姦か合意の性交か
5 単独犯か複数犯か
6 線状擦過傷の謎
7 虫害が示す犯行現場
8 背後からの腕締め
9 後頭部の傷は死後
10 合理的捜査か差別捜査か
11 「引っ掻き傷」の男
12 佐野屋から歩いて30分
13 強姦殺人か和姦殺人か

  14 真犯人への2つの道  

15 犯人仮説の無矛盾性

16 犯人は推理小説ファン

17 1/840万の強姦殺人仮説

18 「前の門」「少時様」と3裁判官  

19 棍棒は「つっかえ棒」

20 リヤカーで運んだ死体

21 「営利誘拐」の罪名外し

  22 吉展ちゃん事件の真似か

23 死体埋没時刻再考 

24 第3の木綿ロープ

25 どこに死体を埋めるか

26 玉石は塞ぎ石

27 犯行現場不在証明

28 誘拐・強姦は雨天決行?

29 張り込みを知る男

30 3人目の宛名

31 狭山目撃犬裁判

32 狭山湖4人組強盗事件

33 無秩序型か秩序型か

34 赤色粘土が示す犯行像

35 乳房の土

36 全足跡の追跡

37 犯人の移動経路

38 チョッキとスカートの付着物

39 自己主張する善枝さん像

40 スコップは偽物か偽装か 

41 ソネット形式と詩的漢字使い

  42 中・将田らの犯人像・犯行像

43 「人」表現は歌詞から?

44 「万葉仮名的当て字」の罠

45 「かい人21面相」を超える真犯人 

  46 脅迫状の12の偽装工作  

47 芭蕉と晶子と脅迫状

48 死にいく子に生死占って、通夜・溺死なしへ」

49 最終目撃者の最終推理

 

 

 

   
Geolog

ー推理・狭山事件ノートー

 

 

 

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甲斐 仁志

筆者自己紹介

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  この事件の真犯人への最大の手がかりは、脅迫状と善枝さんの死体関係の物証である。

 もし、対象資料が残されているなら、善枝さんの体内から採取された精液から、真犯人のDNAが検出される可能性がある。しかし、それが難しい現在となっては、様々な物証などから、真犯人像を割り出す以外にない。いくつかの犯人仮説をたて、もっとも矛盾無く、合理的に説明できる仮説が真犯人を示す。

 この20数年、私は仕事に専念してきたが、狭山事件の脅迫状が頭から離れることはなかった。特に、私は仕事上、多くの人の筆跡を見、作文能力を注意深く観察してきた。また、様々な文書に注意深く目を光らせ、脅迫状の表記・表現や句読法、文字形状の特徴と比較対照してきた。

 その中で、気付いた重要なポイントをあげてみよう。なお、ここでは脅迫状作成者=殺害者として書いているが、殺害者をかばって別の人物が脅迫状を書き、営利誘拐を偽装する場合もあることについては、いずれ別の機会に検討したい。。

 

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(1) 真犯人は詩に親しんでいた

 仕事柄、私はこの40数年、毎日、多くの人たちの文章を読んできたが、「−(ダッシュ)」「。―(マルダッシュ)」の句読法を使う人には一度も出会ったことがない。

 この点は、狭山事件弁護団でも主張され、句読法研究者の大類鑑定書も提出されている。この特殊な句読法は、真犯人への一番大きな手がかりである。

 

 「友だちが車出いくからその人にわたせ−

 時が一分出もをくれたら 子供の命がないとおもい。―」

 

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 この特殊な「−(ダッシュ)」「。―(マルダッシュ)」の強調の句読法を身につけ、使う人物としては、英語詩(翻訳を含む)に親しんだ人物か、それらを多用する数名の作家の文章に親しみ、詩や小説を横書きで書いてきた人物に絞られる。友人達の調査によれば、夏目漱石や芥川龍之介はよく「−(ダッシュ)」「。―(マルダッシュ)」使っており、いずれも英語の教師経験があった。

 善枝さんの身近でいえば、英語などの教師や、詩を書いていた善枝さんの兄の賢一さんの詩仲間、所沢の米軍の兵器廠に勤務して英語に日常的に接していた姉の婚約者やその友人達などであろう。

 

(2) 真犯人は横書きの文章を絶えず書いていた

 私が始めて横書きで文章を書くようになったのは、大学4年生になって研究室に属してからである。もちろん、子供の頃から、理科や算数など、横書きでノートはとってきていたが、自分で文章を書く作文や日記、手紙などは全て縦書きであった。

 大学では、建築学生の全国団体の年4回の機関誌と年1回の機関誌の発行など、普通の学生と較べれば毎日のように文章を書いてきた方であったが、全て原稿用紙に縦書きであった。大学の研究室で初めて横書きを覚えたが、新聞・雑誌への原稿や、仕事に就いてからの編集作業はずっと縦書きであり、コンサルタントの仕事に変わってからも、1990年頃になって始めて横書きになった。

 脅迫状は横書きで、流れるような早い筆致で右傾き・右上がりで文字が書かれている。

 

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 仕事で多くの筆跡を見てきた経験では、このような流ちょうな筆致の文章は、毎日、文章を書いていないと書けるようになるものではない。大卒の新人や学生アルバイトの文字などはひどいもので、特に男性はたどたどしい金釘流の文字である。特に、ワープロ・パソコンが普及してからは、手書き文字の機会が減っていることもあり、中高校生レベルの、力の入った、1字1字がバラバラに配置され、末筆まで力を加えた文字しか書けない。

 文字を手で書く作業そのものは、肉体的作業である。スポーツ選手や工芸家・画家などと同じであり、毎日の訓練の積み重ねがなければ、きれいなフォームや線は生まれない。一定の筆圧でボールペン文字を書くことは誰でもできるが、始筆から末筆にかけて、筆圧を直線的に弱め、力を抜いて乱れることもなく文字をきれいに書くのは、訓練されたスポーツ選手やデザイナー・アーティストの技と同じである。

 また、普段、縦書きをしていると、文字は縦に続くので、英字のような右傾きの字形にはならない。

 このように見てくると、真犯人は、毎日、横書きの文章を多く書く仕事に従事していたか、そのような生活習慣の人物である。

 当時の狭山市でいえば、英語や理科の教師、理系の技術者、経理事務職などの人たちや、横書きで書く詩人などが浮かびあがる。

 

(3) 真犯人は文章を練る訓練をしていた

 これまで、何十人もの社員やアルバイトの文章を直してきた経験では、5〜10年かけないと、きちんとした文章を書けるようにはならない。特に、最後まで赤を入れなければならないのは、1ページに繰り返し同じ名詞や形容詞がでてくること、特に文末が同じ表現になってしまうことである。

 それは、私なども同じであり、かなり意識していても、文章を推敲しない限り、同じ単調な表現が出てくることを避けられない。文章を推敲する(練り直す)訓練が身につき、かつ、それに割ける時間的余裕がないと、稚拙で冗漫な文章になってしまうのである。

 注意深い読者は気付かれたと思うが、私のこの前の2つの文章は同じように「〜である」「〜である」で終わっている。文章を意識して書き、推敲するようになると、後者は「・・・しまうのは避けられない」など、末尾を変化させて書くようになる。

 脅迫状を見てみよう。ここでは、「殺す」が5通りの異なる表現で書かれている。

 

 「子供の命がないとおもい。―」

 「小供は死。」(体言止め、名詞止め)

 「西武園の池の中に死出いる」

 「子供死出死まう」

 「こどもわころしてヤる」

 

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 すでにみたように(狭山事件を推理する 第6章)、他の営利誘拐事件では、金城事件が「命ハ保証シナイ」「セイサンカリデヤル」「殺スカイナカ決断ヲ」の3通りの表現をしているのが最高である。その犯人は元英語教師が主犯であった。

 ちなみに「小供は死。」に見られる「体言止め」の用法を広辞苑で引いてみよう。「和歌・俳諧などで一句の末尾を体言で終わらせること」と書かれている。

 この詩的な表現は、「−(ダッシュ)」「。―(マルダッシュ)」の用法と共通している。

 

(4) 真犯人は「万葉仮名的漢字用法」を知っていた

 私は仕事を何度も変えてきたが、10年余り編集作業に携わり、仕事分野も社会経験も異なる多くの人たちの文章をチェックしてきた。さらに会社を始めてからは、コンサルタントとして多くの社員やアルバイト、外注の人たちの文章を読み、手を入れ、修正してきた。彼らは、全員、大卒で、卒論などを書いた経験のある人たちである。

 この私の経験から確実に言えることは、狭山事件の脅迫状のような「万葉仮名的漢字用法」を書いた例には出会ったことが一度もないことである。この「万葉仮名的漢字用法」とは、平仮名で書くべきところに、音1字に漢字1字を宛てて書く用法であり、弁護団提出の国語学者・大野晋教授の鑑定書の中で指摘されている。

 抜き出すと次のとおりである。

 

 「ほ知かったら」「車出いく」「1分出もをくれたら」「は名知たら」「車出いツた」「か江て気名かツたら」「死出いる」「そこ江いツてみろ」「車出いツた」「かえツて気たら」「車出ぶじにとどける」「くりか江す」「気んじょの人」「死出しまう」

 

 「し」「で」「な」「え」「き」の5字に「知」「死」「出」「名」「江」「気」の漢字を宛てているのであるが、一方では「もし」「もし」「もし」「ころしてヤる」「ツツんでこい」「はなすな」「かえツて」「かえてきて」のように、平仮名でも書いている。

 おまけに、「江」は「か江て」「中畑江さく(栄作の当て字)」のように「え」に当てる用法と、「そこ江」「中畑江」のように「へ」に当てる用法を使っている。「江」を「へ」に当てるのは、開店祝いの花輪などに見られる特殊な用法で、「○○さんゑ」のワ行の「わゐうゑを」の「ゑ」(we)を、「○○さん江」と漢字を当てた用法であるが、これは「警察」を「刑札」と書く当て字とは異なる用法である。私は数多くの当て字の事例は見てきたが、このような万葉仮名的漢字用法を使った文章は見たことがない。

 脅迫状の作者は、万葉仮名を見たことがある人物であり、それを偽装工作に使おうと考えた可能性が高い。

 「−(ダッシュ)」「。―(マルダッシュ)」、体言止め、万葉仮名的漢字用法が自然と使える人物は、詩作に親しんできた人物に限られるのではなかろうか。

 

(5) 真犯人は「結起承転」作文法を知っていた

 私は学生時代、毎日のように多くの文章を書いてきた。しかしながら、その頃は文章の構成についてはほとんど無頓着で、ただ、思いつくことを順に書き連ねてきただけであった。私の昔の職場の研究所の所長(女性)は、「その乙女の感想文みたいな文章は止めてよね」とよく女性研究員達に注意していたが、私のこの頃の文章もまた、同じような感想文であった。

 「起承転結」の文章構成に気付き、さらに結論を先に持ってくる「結起承転」の文書構成を覚えたのはある小新聞社に入り、毎日、記事を書くようになってからである。そこで「結起承転」の文章構成の書き方を教わったのは、私にとっては大転換であり、それからは、実にスラスラと苦もなく文章が書けるようになった。私はこの新聞社に入ることがなければ、ちゃんと文章を書けるようにならなかったに違いない。

 コンサルの仕事に就いてからは、所長が会議のたびに「結論を先に言え」と所員に注意していたのが大いに参考になった。実際、自分で会社を始めてみると、やはり、社員達の「ああして、そうして、こうなった」という「子供しゃべり」「話し言葉の連絡・報告」を直すためには、相当に根気のいる指摘が必要であった。特に、電話応対などをが耳に入ると、「結論を先に言え」と横から怒鳴りたくなることがしばしばであった。

 このように、時系列で書いたり話したりするのではなく、最初に結論を延べ、それから説明に入る、という文章構成や発言・報告・発表スタイルが身に付くには、かなりの訓練が必要である。子供が自然と成長にするに従って、そのような文章構成能力や会話術が身につくことはあり得ない。

 脅迫状は「子供の命がほ知かったら4月28日夜、12時に、金二十万円女の人がもツて前の門のところにいろ。」と最初に、「5W1H(いつ、どこで、だれが、何を、どうしろ、何のために)」の用件を正確に指示し、それから、細かく条件指示を行っている。

 普通なら、他の誘拐事件のように、出来事の順番をたどって、まず「人質は預かった」と書き、それから、指示を書くはずである。日常生活で「子供しゃべり」であったなら、文章もまた、出来事の順になる。

 私の経験から言えば、脅迫状のような「結起承転」型の文章が書けるのは、そのような文章をいつも書く社会経験がある人物に限られる。

 新聞・業界紙・雑誌などの記者や報告・発表機会の多い会社員・教師などである。

 

(6) 真犯人は詩の擬人法に習熟している

 「時が一分でもをくれたら」は見事な詩的表現である。これまで、日常的な文章で、私はこのような擬人法を使った例をみたことがない。金を持参する「女の人」を主語として、「遅れないように時間どおりに来い」という代わりに、「時」を擬人化して主語にして表現しているのである。

 例えば、小椋佳作詞・作曲、布施明歌の「シクラメンのかほり」には、「時が二人を追い越してゆく」「季節が頬をそめて過ぎてゆきました」「愛がいつのまにか歩き始めました」の表現が見られるが、これは「時」「季節」「愛」を人に例える擬人法の詩的手法である。

 脅迫状を書いた真犯人は詩人である可能性が高い。

  なお、「推理・狭山事件41 ソネット形式と詩的漢字使い」で詳しく見るが、「時間」としたのでは、頭韻の「kkttk」−「mkmk」−「kkk」−「ms」の、最初の「kkttk」のリズムが崩れ、「kktjk」になってしまうのを避けた可能性もある。

 

(7) 真犯人は詩の「段落分け(連)」「行分け」「対句」「反復法」「省略」「押韻」「体言止め」「倒置法」「呼びかけ」の表現技法に習熟している

 まず、脅迫状は段落分け(連)、行分けがきれいに行われ、印象を高めている(「ソネット形式」については、「推理・狭山事件41」参照)。

 また、「くりか江す 刑札にはなすな。気んじょの人にもはなすな」と、短い2行の中で、「対句(刑札、気んじょの人)」「反復(はなすな)」「押韻(はなすな)」の詩的技法を駆使している。

 「もし車出いツた友だちが〜たら、子供わ〜」「もし車出いツた友だちが〜たら、子供わ〜」でも同じように、「対句」「反復法」「押韻」の手法が使われている。

 「子供の命がほ知かたら」は、普通なら「子供の命がおしくて、子供を返して欲しかったら」というところを、省略法で効果的に「子供の命がほ知かたら」と言い換えている。

 さらに、「金二十万円女の人がもツて」は、主語ではなく目的語を先に出す「倒置法」が使われている。

 すでに述べた「小供は死。」は「体言止め」の「省略法」により、脅迫効果を高めている。

 また、最初の欄外に書かれた「少時 このかみにツツんでこい」は「呼びかけ」の手法である。  前述の擬人法をあわせると、真犯人は10の詩的表現技法を駆使し、詩的表現技法をほぼ全て網羅して表現している。このような詩的表現技法の全てを、普通の人がたまたま偶然に駆使して書く、ということはありえない。真犯人は普段から詩作を行っている人物である。

 

(8) 真犯人は第三者的表現を知り、小説を書いたことがあったかも知れない

 すでに述べた5通りの「殺す」の表現であるが、作者を主語にしているのは最後の行の「こどもわころしてヤる」だけであり、他の「命がない」「小供は死」「死出いる」「死出死まう」は、子供の死は、金を指示どおり持ってこなかった家族に責任がある、という第三者的な表現である。

 これは関西弁に典型的に見られる「堪忍したってなあ」というような、相手を主語にした表現である。

 普段、自分を主語にした「子供しゃべり」しかしていない人や、自分を中心に物事の順番に書いていく感想文しか書いたことのない人には、このような、子供の死の責任を相手に負わせるかのように書く第三者的表現を多用することはできない。

 私は最近、小説のまねごとみたいな文章を書いており、主人公を始め、様々な登場人物を書き分けているが、そのような訓練機会がないとこのような文章は書けない。

 なお、脅迫状には「子供の命がないとおもい。―」に見られるように、「おもえ」を「おもい」と書く東日本の方言表現が見られるが、この点は「推理・狭山事件41 ソネット形式と詩的漢字使い」を見ていただきたい。

 

(9) 「人」を多用する表現

 「女の人」「その人」「気んじょの人」「ちがう人」も気になるフレーズである。―「新推理・狭山事件43 『人』表現は歌詞から?」参照

 「金二十万円女の人がもツて前の門のところにいろ。」は、普通なら「現金二十万円を女に持たせて門の前に立たせろ」であろう。「少時様」に宛てた脅迫状であるから、命令は「少時様」に対してで、「女の人」ではないはずである。

 「友だちが車出いくからその人にわたせ−」は、「友だちが車で行くからわたせ。」か、あるいは「車で行った友だちにわたせ。」と書くのが普通である。

 「刑札にはなすな。/気んじょの人にもはなすな」も、普通なら「刑札にはなすな。/気んじょにもはなすな」あるいは「刑札や気んじょにはなすな」であろう。

 「もし金をとりにいツて。ちがう人がいたら」も、普通なら、「もし金をとりにいツて。別の女がいたら」であろう。

 作者は丁寧に表現し、相手を「人」として尊重して書くクセがあったのであろうか?

 私は1つの仮説として、当時、「人」を付けて表現する流行があったのではないか、と考えている。私が最初に思いついたのは、春日八郎の「ああ 長崎の 長崎の女(ひと)」の歌であるが、このレコード発売は1963年6月で狭山事件の後であった。

 さらに、調べてみると、西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」(1960年4月)には、「朝の光のその中で/冷たくなった私を見つけて/あのひとは/涙を流して くれるでしょうか」があり、同じく「エリカの花散る時」(1963年2月)には「別れたひとの ふるさとを/たずねてひとり 旅を行く」のフレーズがあった。

 歌声喫茶から歌われ始めた「山のロザリオ」(1961年9月)には「帰れ帰れもう一度 やさしかったあの人」があり、仲宗根美樹の「川は流れる」(1961年11月)には「ある人は 心つめたく/ある人は 好きで別れて」がある。永六輔作詞・中村八大作曲・ジェリー藤尾歌の「遠くへ行きたい」(1962年9月)には「愛する人とめぐり逢いたい/どこか遠くへ 行きたい」がある。

 1960年代の個人主義の時代の反映であろうか、「人」という言葉が新鮮であった時代に、犯人はその流行に敏感で、脅迫状に「人」を多用したのではなかろうか?

 善枝さんの兄の賢一さんがその手記で、「善枝の位牌の前で犯人逮捕の報をきき/『善枝! 本当にこの人なのか?』/と聞いても遺影は何もいわず、表情すら/変えられないのです。」と書いているのもまた、この時代に「人」表現が流行ったことを伺わせる。私なら「善枝、犯人が逮捕されたよ」と遺影に報告するであろう。

 「人」などはありふれた表現と思われるかも知れないが、少なくとも、私なら脅迫状に「人」を使うことはない。

 

(10) 真犯人の国語力は優れている

 私が見てきた多くの研究員の文章でみると、基礎的な学力で大きな差がでるのは、「段落分け・行分け」と句読法である。また、行頭1字下げも身に付いていない人もけっこういる。

 最終学歴がどうかよりも、小学校・中学校それぞれの段階で、文章を書くことの基礎的な技術を習得し、練習によって定着させているかどうか、が大きい。大卒でも、適切に段落を切った文章が書けず、ダラダラ書き(べた書き)になったり、句読点が適切に打てない人を何人も見てきている。

 これと較べると、脅迫状は段落改行を行い、文末には1か所を除き、正確に句点が打たれ、読点がないところでも、句と句の間を1字あけるなど、句読法が基本的に身についている。

 脅迫状には、「ツ」と「ヤ」の片仮名表記、助詞「は」を「わ」と書く表記、万葉仮名的漢字表記、宛字などが見られるが、字形の誤り(誤字)はなく、小学校高学年で習う漢字や当用漢字外の漢字も正確に書かれている。しかも「をくれたら」と書く一方で「おもい」と正確に「お」を書き、「子供わ」「子供わ」「こともわ」と書く一方で「小供は」では助詞の「は」を正確に書いている。「いツた」「いツて」「かえツて」のように、撥音を「ツ」と片仮名・大文字で書きながら、「気んじょ」のように拗音「ょ」は小文字で正しく書いている。

 仮名表記と万葉仮名的漢字表記は一見すると低い能力のように見えるが、作文能力(詩的表現技法や間接話法など)や段落改行、句読法の能力が高いことからみて、真犯人は意図的に読み書き能力を低く見せる偽装工作を行っていることが明らかである。

 

(11) 真犯人は経理事務に携わっていた可能性が高い

 脅迫状には、他の脅迫事件にない表現として「金二十万円」の表記が見られる。これに気付いたのは亀井トム氏である。

 私が始めて「金○円」の書き方を覚えたのは、母親の店を手伝っていて領収書を書いた中学生の時であるが、もしこのような経験がなければ、社会人になってからでないと、領収証を切るようなことはなく、「金○円」の表現は身に付いていなかったであろう。

 早い筆致の横書き、右傾きの字形とあわせて考えると、真犯人は経理事務に携わったことがあった可能性が高い。

 ただ、この「金二十万円」は「現金二十万円」と書くところを、省略して「金二十万円」としたのではないか、という考え方も成り立つが、そうだとすれば、その前の行の「子供の命がほ知かったら」と同様に、真犯人は省略法を身につけていた可能性がより高くなる。国語能力が低くて欠落が生じたのではない。

  なお、「推理・狭山事件41 ソネット形式と詩的漢字使い」で述べているが、「現金」としたのでは、頭韻の「kkttk」−「mkmk」−「kkk」−「ms」の、最初の「kkttk」のリズムが崩れ、「kgttk」になってしまうのを避けた可能性がある。

 

(12) 真犯人は「車出行く」「さのヤ門(かど)」で中刑事部長・将田次席らを騙した

 この事件で、埼玉県警が40人もの警察官が張り込ませながら犯人を取り逃がしたのは、脅迫状に4か所出てくる「車出いく」と「さのヤの門(かど)」に騙され、佐野屋西の角(5叉路の交差点)を中心に5本の主要道路に車犯を想定して転々と刑事を配置したからである。犯人は埼玉県警を手玉にとった巧妙な人物であり、埼玉県警は大マヌケという以外にない。当時の週刊誌では「警察は幼稚園程度」と皮肉られているが、犯人が中刑事部長・将田次席らを上回る知能犯であったことは確実である。

 しかしながら、脅迫状の「車出いく」の「出」などの万葉仮名的漢字表記などをもとに、埼玉県警の中刑事部長・将田次席らは、犯人は「小学校卒業程度の教育を受けた男」という見方のまま、捜査を進めている。

 もし、脅迫状が「車でいく」などのように、漢字や仮名遣いを全て正確に書いていたとしたらどうであろうか? 恐らく、警察は犯人が知能犯である可能性に考えが及び、「車出いく」は偽装工作、ペテンと疑い、徒歩で犯人が現れることを想定した張り込みを行ったに違いない。

 詩作や小説などに親しんだこともなく、文字を書く習慣のない人に接したこともない検察官、裁判官達もまた、犯人は「車出いく」と書くような漢字も知らない教育程度の人物との差別的な偏見から抜け出せないまま、石川さんを起訴し、有罪判決を維持してきた。

 言うまでもないが、立証責任は検察側にある。弁護側の数多くの筆跡・筆記能力・作文能力に関する鑑定書に対し、裁判所は、十分な教育を受けていない人でもこの脅迫状を書くことができるという専門家の鑑定書を検察側に求め、証明させなければならない。

 裁判員制度の時代である。いつまでも、「幼稚園程度」の2審有罪判決を維持していけると考えるべきではない。

 

(13) 浮かびあがる真犯人

 以上、狭山事件の脅迫状を書いた人物は、詩作に携わり、「結起承転」文を書く仕事の経験があり、経理関係など横書きの文書作成に習熟した人物であることを明らかにしてきた。

 事件関係者の中では、中学校時代の成績抜群で、詩を詠み絵を描いて「天才」と言われ、会計事務所に勤め、夜間の簿記・会計学校に通い、政府の外郭団体の新聞づくりをしていたこともある善枝さんの兄の賢一さんはその条件にぴったりと当てはまる。

 これまで亀井トム氏や殿岡駿星氏が長兄犯人説を唱えてきているが、私はその説には組みしない(「真犯人仮説・狭山事件3 4人共犯仮説(亀井説)」「同4 長兄犯人仮説(殿岡説)」参照)

 というのは、彼には動機がなく、筆跡・音声などが異なるからである。彼の同級生など、交友範囲の中には同じような経歴の人物がいた可能性が高いし、さらに、善枝さんと接触のある人物では、中学校教師や米軍基地に勤めていた自殺した姉の婚約者なども可能性があるからである。

 

 私は賢一さんは真犯人を知っている、と考えている。5月23日サンケイ新聞夕刊に紹介された賢一さんの手記、特に「犯人たるおまえに」以下の6行の呼びかけを見ていただきたい。

 ここには、「、」「。」「?」「!」の句読法が見られる他、「善」を善枝にかけた比喩、印象を強める行分け、「その善は今日のこの日を待っては居なかった」という擬人法、「犯人たるおまえに」「苦しかった事だろう善枝よ!」「安らかにねむりたまえ!」という呼びかけ法、「善枝」「善枝」「善人」「善」「善」「善枝」と繰り返す反復法、「善」と「悪」、「遺影は何もいわず、表情すら変えられない」の対句、「苦しかった事だろう善枝よ!」の倒置法など、詩の表現技法がいくつも盛り込まれている。これは詩人の文章であり、脅迫状の詩的表現技法のレベルと一致している。

 当然ながら、その呼びかけた「悪に取りつかれたおまえ」は、同じレベルの詩作者で、よく知っている人物の可能性が高い。「犯人」=石川一雄としたのでは、どうみても意味が通じない。

  「ちゃんと真相を語って欲しい」というのが普通であり、「その善は今日のこの日を待っては居なかった」にはならないのである。

  当然ながら、その呼びかけた「悪に取りつかれたおまえ」は、同じレベルの詩作者で、よく知っている人物の可能性が高い。見ず知らずの石川さんに、「おまえ」「おまえ」「おまえ」と呼びかけるであろうか?

 逮捕された犯人に呼びかけるとしたら「ちゃんと真相を語り、罪を償って欲しい」と書くのが普通であり、「その善は今日のこの日を待っては居なかった」にはならないのである。

 皆さんは、どう読まれるであろうか?

 

 善枝の位牌の前で犯人逮捕の報をきき、『善枝! 本当にこの人なのか?』と聞いても遺影は何もいわず、表情すら変えられないのです。

 全国から多大なる激励、慰めの手紙をいただき

一刻も早く今日のこの日を待って居たのですが

長引いてしまいました。 これも農村という古

くからの何ものかが ひそんで居たのではないか?

と責めざるお得ないのです。

この様な憎むべき犯罪が善枝以外に 誰の許

にも起こらぬ様、世の皆様にお願い致します

 犯人たるおまえに

 なぜ善人に戻って呉れなかったのか、悪に取りつかれたおまえでさえ戻るのみの善をおまえはもって居た筈であり、その善は今日のこの日を待っては居なかった筈なのに・・・

 苦しかった事だろう善枝よ!

 安らかにねむりたまえ! 

 

          

<是非、以下を続けて読んで頂きたい>

新推理・狭山事件41 ソネット形式と詩的漢字使い

新推理・狭山事件43 「人」表現は歌詞から?

新推理・狭山事件44 「万葉仮名的当て字」の罠

新推理・狭山事件45 「かい人21面相」to真犯人

新推理・狭山事件46 脅迫状の12の偽装工作

新推理・狭山事件47 芭蕉と晶子と脅迫状

新推理・狭山事件48 死にいく子に生死占って、通夜・溺死なしへ」

  110913→130810→0919   甲斐仁志  

 

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