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1 営利誘拐事件の脅迫状の文章構成要素
「狭山事件を推理する 第6章 情報過剰性」「同 資料2 誘拐事件資料」において、私は12の営利誘拐事件の脅迫状を用件文として分析した。
通常、用件を伝えるには、いつ(When)、どこで(Where)、だれが(Who)、なにを(what)、なぜ(Why)、どんなに(How)、といういわゆる5W1Hの6つの最低限の要素で構成される。
狭山事件の例で言えば、最初の3行で書かれた、「五月2日夜12時」に、「さのヤの門のところ」で、「女の人」が、「金二十万円」を、「子供の命がほ知かたら」、「その人(友だち)にわたせ」という6つの要素で、基本的な脅迫は可能である。これに、前提条件となる「人質は預かった」、安全に身代金を受け取るための条件である「警察に知らせるな」を加えると、最低、8要素で脅迫状は必要な用件を伝えることができる。
2 犯行計画力(シミュレーション力)と文章構成力は「かい人21面相」レベル
下図をみれば明らかなように、12事件のうち、8要素で文章が構成されている脅迫状が4事件を占め、8事件(2/3)が6〜9の要素で構成されている。
図10 文章構成要素数ごとの事件数
そこから大きく離れているのは4つの事件で、尾関雅樹ちゃん事件(犯人は歯科医師)が12、金城善哉ちゃん事件(主犯はもと中学校の英語教師で、脅迫状はビル経営者が作成)が15、狭山事件とグリコ・森永事件が20の要素で構成されている。
この4つの事件では、犯人は緻密に計画(偽装工作を含む)を立て、細かな指示を行ったために文章構成要素が増えているのであり、狭山事件の犯人はグリコ・森永事件の犯人の「かい人21面相」と同じレベルの犯行計画力(シミュレーション力)と文章構成力を持っていることが明らかである。
6〜9要素の脅迫状のうち、師範学校中退の犯人による大谷正美ちゃん誘拐事件を除き、他は「無秩序型」の犯人によって書かれているのに対し、尾関雅樹ちゃん事件、金城善哉ちゃん事件、狭山事件、グリコ・森永事件の4つの事件は秩序型の緻密な計画犯によって書かれたものである。
<資料1 狭山事件の脅迫状>
少時 このかみにツツんでこい
子供の命がほ知かたら4(五)月28(2)日の夜 12時に、
金二十万円女の人がもツて前(さのヤ)の門のところにいろ。
友だちが車出いくからその人にわたせ-
時が一分出もをくれたら 子供の命がないとおもい。-
刑札には名知たら小供は死。
もし車出いツた友だちが時かんどおりぶじにか江て気名かツたら。
子供わ西武園の池の中に死出いるからそこ江いツてみろ。
もし車出いツた友だちが時かんどおりぶじにかえツて気たら
子供わ1時かんごに車出ぶじにとどける。
くりか江す 刑札にはなすな。
気んじょの人にもはなすな
子供 死出死まう。
もし金をとりにいツて。ちがう人がいたら
そのままかえてきて。こどもわころしてヤる。
<資料2 尾関雅樹ちゃん事件の未投函の脅迫状:実際の脅迫は電話>
ボウヤヲアンゼンナトコロニオイテ 三ニンダケカエツテキタ アスウエノ十一ジハツフクシマユキノキシャニノレ(ヂョチュウ) ナントカシテポリヲツレナイデコイ カネハチイサイハコニイレ アミダナニノセテオケ コオリヤマデオリテ 二ジカンマチヲアルキミセヤエイガカンニハイレ カネヲウケトツタラフツカイナイニ ボウヤヲカエス 十九日
<資料3 金城善哉ちゃん事件の脅迫状>
人質はアズカル コノコトヲ他人又ハ察ニ知ラセタラ命ヲ保証しない 安全ト ヒキカエニ現金二八〇〇万円用意セヨ 明日午後三時 オオノヤマヤキュウ場チュウシャ場ニ来イ 母親ガ自家用車デ ヒトリデ 車ハ調ベテアル 注意 古イサツで必ズ 一万円札ニ限る モシ 小細工シタラセイサンカリデヤル。サワガナイヨウニトリアエズ
ヘロイン クロロヲウツ。 アトは君タチノデカタシダイ。察ノ動キ動キハキャッチデキル。念のタメ マヤクヲウテバ 三日デハイジンニナル。二日アトヒキアゲル。殺スカイナカ決断ヲ カトウ!(1979年7月27日 毎日新聞夕)
<資料4 グリコ・森永事件の脅迫状:横書きタイプ印刷>
人質はあづかった。
現金10億円 と 金100 kg を よおい しろ。
現金と金は 白か アイボリイの ライトバンに
のせて あすの ごご5じまでに 藤枝部長の
タカツキの うちの まえにおけ
車には 北摂の道路に くわしい
会社の運てん手だけ
のっておけ
れんらくは藤江 のうちえ TELする
このことを しらせてええのは とりひきさきの
銀行の支店長 会社の運てん手と 藤江だけや
けいさつに しらせたら 人質を かならず 殺す
けいさつにも 会社にも、電電公社にも
ナカマがいる
ぎゃくたん知 しても すぐわかる
金 もらったら 科学的な 調査して 24じかん
したら 人質を かえす
現金は 新さつを つかうな
3 作文能力と漢字力は「かい人21面相」レベル
脅迫文の文字数を比較してみると、狭山事件がトップで297文字、次いでグリコ・森永事件が270字、金城善哉ちゃん事件が221文字、尾関雅樹ちゃん事件が152文字で、『狭山差別裁判』や事件がトップである。
漢字率は金城善哉ちゃん事件が26.7%、狭山事件が25.6%、グリコ・森永事件が21.1%である。
この文字数、漢字率を総合すると、狭山事件の犯人はグリコ・森永事件よりも高いレベルの作文能力、漢字力を持っている可能性がある。
図表1 狭山事件とグリコ・森永事件の脅迫文の比較
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狭山事件 |
尾関雅樹ちゃん事件 |
金城善哉ちゃん事件 |
グリコ・森永事件 |
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文字数※1 |
297 |
152 |
221 |
270 |
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漢字数※2 |
77 |
0 |
59 |
57 |
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漢字率 |
25.9 |
0 |
26.7 |
21.1 |
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行数 |
15 |
不明 |
不明 |
20 |
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文章構成要素 |
20 |
12 |
15 |
20 |
※1 句読点を含む。半角文字は2字で1字。
※2 算用数字を含む。
4 「かい人21面相」を超える詩的表現力
前著では用件文(伝達文)の文章構成要素の内容分析からの判断を示したが、「新推理・狭山事件2 脅迫状の詩的表現技法」と「同41 ソネット形式と詩的漢字使い」「同43 『人』表現は歌詞から?」「同44 『万葉仮名的当て字』の罠」の分析をもとに、これら4つの営利誘拐事件の脅迫状の詩的表現能力の比較分析を行いたい。
なお、分析にあたっては、東日本部落解放研究所狭山部会の報告「『ソネット形式』と『万葉仮名的当て字』に見られる詩的表現能力」の分析表を参考にさせていただいた。
その結果は、次のとおりである。
図表2 脅迫状の詩的表現手法の比較検討
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詩の手法 |
狭山事件 |
尾関雅樹ちゃん事件 |
金城善哉ちゃん事件 |
グリコ・森永事件 |
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1 行分け |
行を分ける。 |
14行+欄外1行(追加) |
分かち書き(行分け不明) |
分かち書き(行分け不明) |
20行 |
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2 連 |
何行かまとめて一連とする。 |
「3行2行4行3行2行」の5連 |
不明 |
不明 |
「2行3行4行3行3行3行2行」の7連 |
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3 体言(名詞)止め |
文末を名詞で止める。 |
小供は死。 |
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4 比喩
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他の何かに例える。
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「少時様」→「しばし」という文語読みを知り、時間厳守を強調。 |
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「は名知たら」「気名かたら」→「『少時』の名前を知っている、気づいている」 |
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5 擬人法 |
人間のように表現する。 |
時が一分でもをくれたら |
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6 対句
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対立する言葉や似た言葉などを並べる。
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くりか江す 刑札にはなすな。/気んじょの人にもはなすな |
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けいさつにも 会社にも、電電公社にも
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もし〜たら、〜。
もし〜たら、〜。 |
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7 倒置法 |
強調したいことを頭に置く。 |
金二十万円女の人がもツて |
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サワガナイヨウニトリアエズ |
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8 反復法
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同じ言葉や表現を繰り返す。
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「友だち」3回、「車」3回、「時」6回、「子供」5回「小供」「こども」、「死」4回 |
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けいさつに しらせたら〜/けいさつにも〜
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刑札にはなすな。/気んじょの人にもはなすな |
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9 呼びかけ |
呼びかける言葉や表現を用いる。 |
少時 このかみにツツんでこい |
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10 省略 |
あるべき言葉をわざと省く。 |
子供の命がほ知かたら(「子供の命がおしくて、子供を返して欲しかったら」を省略) |
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注意 古イサツで必ズ |
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母親ガ自家用車デ ヒトリデ |
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11 押韻
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行頭、行末の音を揃える。
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「kkttk−mkmk−kkk−ms」の頭韻 |
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刑札にはなすな。気んじょの人にもはなすな |
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12 連用形止め
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動詞・形容詞・形容動詞の連用形で文を止める。
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もし金をとりにいツて。ちがう人がいたら |
チイサイハコニイレ |
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金 もらったら 科学的な 調査して
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/そのままかえてきて。こどもわころしてヤる。 |
二ジカンマチヲアルキ |
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13 文章配列の視覚効果 配列などで強調する。 |
「くりか江す」からの3行を、大文字に。 |
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14 漢字の視覚効果 漢字の直接的な視覚効果を狙う。
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車出いく(「車で出ていく」とイメージさせる) |
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「死出いる」「死出死まう」(死出の旅路をイメージ) |
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15 視覚的・聴覚的表現 |
情景を思い浮かべさせる。 |
子供わ西武園の池の中に死出いるからそこ江いツてみろ。 |
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マヤクヲウテバ 三日デハイジンニナル |
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16 指示代名詞 |
指示された言葉を強調する。 |
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17 漸層法 |
言葉を重要な順に配列し表現効果を高める。 |
子供の命がほ知かたら
→子供の命がない
→小供は死、死出いる、子供死出死まう
→こどもわころしてヤる |
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命ヲ保証しない
→セイサンカリデヤル→三日デハイジンニナル→殺スカイナカ決断ヲ |
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18 間接的表現 |
相手に決定権・責任を預ける表現。 |
「子供の命がない」「小供は死」「死出いる」「子供死出死まう」 |
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マヤクヲウテバ 三日デハイジンニナル |
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19 仮定法
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仮定によって選択肢を示す。
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もし〜たら、〜。(2回) |
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小細工シタラセイサンカリデヤル |
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もし〜。ちがう人がいたら〜 |
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マヤクヲウテバ 三日デハイジンニナル |
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20 多様な句読法 |
多様な句読法で強調・感嘆・余韻・疑問などを表す。 |
その人にわたせ−(注:ダッシュ)
命がないとおもい。−(注:マル・ダッシュ) |
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狭山事件の詩的表現技法が20に対し、尾関雅樹ちゃん事件は2、金城善哉ちゃん事件は8、グリコ・森永事件は5であり、狭山事件だけがずば抜けて多い。
これは、他の3事件は用件文として細かな指示を行っているのに対し、狭山事件の犯人は脅迫状の偽装効果、脅迫効果を高めるために、様々な詩的表現技法をこらしているためであることが明らかである。
5 狭山事件の脅迫状は偽装工作のために詩的表現技法が駆使された
4つの脅迫状の文章構成要素数と詩的表現技法数を縦・横の図上に落としたものを次に示す。
図表3 4事件の脅迫状の文章構成要素と詩的表現技法

これを見ると、狭山事件と他の3事件の脅迫状はその性質が異なり、異質の犯人であることが分かる。
尾関雅樹ちゃん事件、金城善哉ちゃん事件、グリコ・森永事件では、金を奪う主目的のための用件文として緻密に書かれ、文章構成要素が多い一方で、文章表現にはほとんど工夫が払われていない。金を奪うためには、単純明快、ビジネスライクに用件を伝えることがベストであるからである。
これに対して、狭山事件の20もの詩的表現技法の多用は、単に金を奪うための目的とは考えられない。「友だちが車出いく」に端的に示されるように、犯人は複数犯による車犯で、しかも「で」を「出」と書くような漢字・仮名も知らない人物であると思わせるために工夫をこらし、警察を手玉にとったのである。
詩的表現技法の多用は、「被差別部落の不良達による吉展ちゃん事件を真似た金目当ての車を使った幼児営利誘拐計画犯が、たまたま通りかかった女子高校生に対象を変更した犯行」と偽装するために、詩作経験が豊富で推理小説好きな、狡知にたけた真犯人によって、初めて可能であったのである。
寺尾裁判長は「人間は意識的・無意識的に自己の行動を潤色し正当化しようとするものである」という「永遠の真理」をもとに2審判決を書いたが、この脅迫状こそ真犯人によって「潤色」(面白く作りかえること:広辞苑)されたものである。
真犯人は逮捕されることも想定し、自らの能力を誇示する作品としてこの脅迫状を残しているように思えてならない。このような自己顕示欲の強い真犯人の姿は暴かれなければならない。
「犯人たるおまえに/なぜ善人に戻って呉れなかったのか、悪に取りつかれた/おまえでさえ戻るのみの善をおまえはもって居た筈であり、その善は今日のこの日を待っては居なかった筈なのに・・・」(中畑賢一)
6 寺尾判決の「ありふれた構文説」「漢字知らない犯人説」の誤り
寺尾裁判長の「人間は意識的・無意識的に自己の行動を潤色し正当化しようとするものである」という「永遠の真理」によれば、この脅迫状は「潤色脅迫状」「偽装脅迫状」とみなければならない。
ところが「歌を忘れたカナリア」の寺尾裁判長は、「潤色脅迫状」「偽装脅迫状」の可能性を何ら検討することなく、この「本件の脅迫文自体、ごくありふれた構文のものである」「漢字の正確な意味を知らないため、その使い方を誤り、仮名で書くべきところに漢字を充てるなどして、前記引用した脅迫文のとおり特異な文を作った」としている。
その判断がいかに誤ったものであるか、グリコ・森永事件と金城善哉ちゃん事件、尾関雅樹ちゃん事件が示している。
130907→0919→1118 甲斐仁志
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