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脅迫状に明らかなように、狭山事件の真犯人は「片仮名書き」「人麿体の漢字当て字」「句読法の混乱」などを見せつけ、「少時様」「さのヤ」などにより「被差別部落民なりすまし」の偽装工作を行う一方で、数々の「詩的表現技法」の駆使と「言葉遊び」(二重読み、アナグラムなど)により、自らの言語能力や詩的能力が極めて高いことを顕示している。
中刑事部長・将田次席らは、脅迫状から犯人は「小学生程度」の学力で「知能が高くない」と判断し、これに寺尾裁判長も同調し、山田兄弟実行犯説にたつルポライターの伊吹隼人氏なども同じ見方である。彼らには「部落民なりすまし犯」がいるなどとは、まさに、想定外であった。
寺尾裁判長は「人間は意識的・無意識的に自己の行動を潤色し正当化しようとするものである」であるとし、これを「永遠の真理」としているから、「犯人は偽装工作をする」「犯人は他に罪をかぶせようとする」ものとしなければならないはずであるが、ついに、「なりすまし犯」の可能性を考えることはなかった。
しかしながら、私の「狭山事件の真犯人は、部落民なりすまし犯である」という主張は、かなり突飛な主張として、なかなか納得できない人もいたに違いない。というのは、これまでの多くの冤罪事件は流しの強盗事件を、警察が近所の不良などの犯行と見誤った例が多いからである。脅迫状を予め準備するような綿密な偽装工作を行い、他に罪をなすりつけるような冤罪事件の例を私は知らない。恐らく、多くの人はそのような話は、推理小説の世界と思われたに違いない。
ところが、2012年夏からのパソコン遠隔操作事件で事情は一変した。
この事件で、片山祐輔被告が6人のパソコンに侵入して脅迫文を他に送りつけ、「ニセ犯人」をでっち上げ、警察に4人を誤認逮捕させ、5人を不当捜査させた。「なりすまし犯」という犯罪例がはじめて大きく取りあげられた。
さらに、ネット上での「なりすまし犯」の存在が発覚した後も、警察に暗号文を送り、証拠データを入れたSDカードを大菩薩峠と江ノ島の猫の首輪に隠し、リアルの世界でも警察に挑戦し、捜査を振り回している。警察の無能をあざわらい、自分の方が優秀だと警察を挑発し、ゲームを楽しんでいる。
逮捕された後は、自分は「トロイプログラム」のソフトを使いこなせない、と無実を主張しながら、保釈後にも再び真犯人になりすましてメールを送っている。そして、その携帯電話を荒川河川敷に埋めたところを尾行していた警察官に見つかり、DNAが検出されて逃げきれないと観念し、自首して犯行を認めている。
実は、以前、私は「トロイプログラム」を書けないという片山被告の主張を信じ、犯行を疑っていた時期があったが、保釈後に記者会見には違和感を持った。というのは、保釈後の会見において、彼は質問に対する答えで、口元がにんまりと笑っているように見えたことが何度もあったからである。これまで、私は何人もの冤罪者を見ているが、初めての違和感であった。
別の真犯人が片山さんになりすまし、片山容疑者の行動を彼のパソコンに侵入して察知し、雲取山や江ノ島の猫に記憶媒体を隠す、という偽装工作を疑った一方で、片山容疑者の自作自演ではないか、という疑念が浮かんできた。
逃亡していた彼が出頭し、犯行を認めたことで結果ははっきりしたが、それにより、「なりすまし犯」の特徴が浮かび上がることとなった。
第1は、「なりすまし犯」は「なしすまし」のために敢えてはっきりとした多くの手掛かりを残す、ということである。狭山事件の脅迫状には「抹消宛名」と「20日」、「前の門」のある「少時様」、「さのヤ」、「西武園」、「一時かんご」などの多くの手掛かりを残したが、PC遠隔操作事件の脅迫文や犯行声明もまた、多くの手掛かりを残している。単にターゲットを脅迫するだけでなく、警察の捜査を撹乱し、誘導しようとした意図が明らかである。
第2は、「なりすまし犯」は、警察が「誘導犯」を誤認逮捕することを目的としていることである。普通の犯罪では、逮捕に繋がる犯行の痕跡を隠すのであるが、「なりすまし犯」はターゲットを決めてそのパソコンを使って脅迫し、IPアドレスを手掛かりにして誤認逮捕さするように仕向けている。このような場合、日本の警察はまちがいなく犯人に踊らされ、誤誘導されることが、4人の誤認逮捕で証明される。
第3は、「なりすまし犯」はゲーム感覚で、自分の方が警察より優秀であることを示すために多くの手掛かりを残す、ということである。狭山事件の脅迫状のアナグラムなどの言葉遊びや、片山容疑者が報道機関などに送った犯行声明のクイズがこれにあたる。自らの優越感を満足させるために、警察に対して謎を仕掛け、遊んでいる。
第4は、「なりすまし犯」は脅迫状・脅迫文・声明文だけでなく、物証でもまた「なりすまし」を行うことである。狭山事件では「職人タビの足跡」「玉石」「深い死体埋没穴」「リヤカー・軽トラの荷掛けロープ」「材木を縛る米俵の外し縄」で犯人はとび職・土工・造園職と思わせたが、片山被告は、パソコン遠隔操作の「なりすまし」がバレ、捜査が行き詰まった時に、SDカードを大菩薩峠と江ノ島の猫の首輪に隠すという、警察への新たな挑戦を行っている。
第5は、「なりすまし犯」は逮捕されることを覚悟している可能性があることである。狭山事件の犯人が「18もの詩的表現技法」の手掛かりを残し、片山被告があえて犯行声明を出し、SDカード探しゲームを仕掛けたのは、警察を馬鹿にしただけではなく、逮捕されて話題の人物になることを選んでいるように思えてならない。
彼らは「自分は他のつまらん人間とは違うんだ。それを世間に認めさせたい」という、被害者意識を裏返した強烈な自己顕示欲の人物である。でっち上げられる人やその家族への共感や想像力を欠き、大きなことをやって社会に記憶を残したい、マスコミに取り上げられて注目されたいと考える人間である。人は誰でも多かれ少なかれ他人から認められたい、評価されたいと思うものであるが、それを超えた「マスコミ露出願望型の人間」である。
その究極にあるのは、「自殺願望社会」の中ではぐくまれた無差別殺人を行う「劇場型犯人」である。将来に希望が持てず、社会から疎外され、無視され続け、彼らを見返してやりたい、自分は何でもやれるんだと怒りを爆発させ、どうせ死ぬなら恵まれた人間どもを道連れに無差別殺人を行い、世間を驚かせ、自分の名前を歴史に止めたい、平凡な人生しか送ることのできない凡庸な人々を見返してやりたい、と思う人間である。2001年の附属池田小事件(8人が死亡)の宅間守、2008年の土浦連続殺傷事件(2人死亡)の金川真大、2008年の秋葉原通り魔事件(7人死亡)の加藤智大、2014年の柏市連続通り魔事件(1人死亡)の竹井聖寿などや、アメリカで頻発する無差別銃撃事件が思い出される。
これらの無秩序型の犯人と「なりすまし犯」は同じではなく、狭山事件の犯人と片山祐輔被告はそこまでの反社会性を持った人間ではないが、強烈な自己顕示欲という点では実によく似ている。
以上、「なりすまし犯」の5つの特徴を見てきたが、「なりすまし犯型冤罪事件」の存在を皆さんは納得していただけるであろうか?
140703→0911 甲斐仁志
(この日、アップしたと思っていましたが、作業を途中で中断しており、アップできていませんでした。、9月11日にアップしました)


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