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9日4日、『最終推理 狭山事件―浮かびあがる真犯人』(明石書店、9月末発売)の最終校正の30分前になって、「曾孫引き」の決定的に危ういミスを、くい止めることができた。次の部分である。
さらに、善枝さんは翌二六日の日記で「一年生二年生で河原に遠足に行った。……お弁当も、河原のふちに腰をおろし、そよ風に吹かれながらおいしく食べた。お天気も素晴らしく、これからのバカンスのことを考える」と書いている。野外で食事をしながら善枝さんが考えたバカンスとはいったい、何であったのであろうか?
私たちの世代にとって、この「バカンス」という言葉は、単なる「長期休暇」の意味ではない。この年の四月に爆発的にヒットしたザ・ピーナッツの「恋のバカンス」の題名・歌詞の「バカンス」である。
当時、ほとんどの人はこの歌で初めて「バカンス」という言葉を知り、それは「裸で恋をする恋のバカンス」というイメージであった。私は今もこの歌を初めから最後まで歌うことができる。
この善枝さんの日記の内容は、伊吹隼人氏の『検証・狭山事件』(社会評論社)から引用したのであるが、直前になって、一番肝心の「お天気もすばらしく、これからのバカンスのことを考える」の部分が、日記では「お天気もバカンスには絶好調だった」と書かれていたことを教えられたのである。危ういところであった。
伊吹氏は、週刊『女性自身』の記事と柴田道子氏の文章から、善枝さんの日記を再現されており、「善枝さんの日記
→ 登美恵さん → 女性自身の記者か柴田道子氏→ 伊吹隼人氏
→ 私」のリレーのどこかで、「故意」の「書き換え」があったことが明らかである。犯人は誰なのか?
そこで『女性自身』(5月20日付)を調べてみた。発行日から逆算すると、発売日は5月13日、記事の入稿は8〜9日頃と考えられる。ちなみに、他では『週刊女性』が5月15日、『週刊朝日』が5月17日の発行であり、雑誌記者達は3日の犯人取り逃がし直後に現地に入り、4〜5日には入稿を開始していたと見られる。発売日が遅い『女性自身』の記者は、普通の事件紹介記事では太刀打ちできないと考え、登美恵さんに取材の的を絞って近づき、善枝さんの日記を紹介したと見られる。意欲的な記者である。
この『女性自身』の記事の日記はかなり意訳(省略、前後入れ替え、説明的付け加え)されているが、4月26日の「お天気もバカンスには絶好調だった」の日記を、「お天気もすばらしく、これからのバカンスのことを考える」と書き換えているような内容の書き換えは、他には見られない。この部分だけ意図的に日記を改変して記事にしたことが明らかである。
記事には日記の写真が掲載されているから、同行したカメラマンが日記を撮影し、それをもとに記者は記事を書いている。急いで書き写したメモ書きの誤りや家族が渡したメモに書き換えがあった、ということはありえない。
記者は「お天気もバカンスには絶好調だった」を、「これからのバカンスのことを考える」とわざと書き換え、26日の「バカンス」を1日の事件の「バカンス」と意図的に結びつけたことが明らかである。
前述のように、「バカンス」という表現は、当時の私と同じように、この記者もまた「金色に輝く 熱い砂の上で 裸で恋をしよう 恋のバカンス」というイメージであったに違いない。当時なら、誰であっても他のイメージは思い当たらない言葉である。
善枝さん自身にとってもまた、当日の晴天が「金色に輝く 熱い砂の上で 裸で恋をしよう 恋のバカンス」のイメージであったとみて間違いないであろう。
『女性自身』の記事には、姉の登美恵さんが「ゴールデンウィークのこづかいが少ないことで悩んでいた」ことが紹介されているから、記者はこのゴールデンウィークに、善枝さんが「恋のバカンス」のために小遣いを欲しがった、と推理したのではなかろうか?
善枝さんの5月1日の日記は、「私の誕生日(16才)うれしい。」と記されていた。記者が「善枝さんは前からもの日を楽しみにして、日記にもすでにこう記している。恐ろしいワナが待っていようとは、想像もできなかった」とコメントしていることをみると、この記者は登美恵さんらに取材する中で、5月1日の「私の誕生日(16才)うれしい。」に「恋のバカンス」の「恐ろしいワナ」が待ち受けていた、と推理していたことは確実である。
その推理を露骨に書くわけにはいかないので、「これからのバカンスのことを考える」と、日記を書き換えた可能性が高い。それ以外に、この4月26日の日記の「バカンス書き換え事件」は解釈のしようがない。
しかも、この「日記書き換え」が登美恵さんら家族から批判されることはない、と踏んでいたことからみて、「これからのバカンス」に「恐ろしいワナが待っていよう」と記者が書くことができたのは、登美恵さんら家族の発言にそのようなニュアンスがあったからであった可能性が高い。
平気ででっち上げ記事を書く週刊誌記者がいないとも限らないが、日記というはっきりとした証拠があるのにわざわざそれを書き換えるという、言い逃れができない嘘記事を敢えて書くとは考えにくい。家族も同じように推理していたからこそ、記者は抗議されることはない、と日記を書き換えたのであろう。それなら、「登美恵さんらの推理に合わせて、日記を書き換えました」という言い逃れができる。
なお、私は未確認であるが、伊吹隼人氏は著書で「善枝さんの兄の喜久蔵さんは、翌4日30日には『善枝が金を欲しがったため、千円貸した』と語っている」と記している。この時代の「千円」というと、定食が60〜120円、封切り映画館の入場料が120円の時代で、10倍の価値はあったから、高校生の「ゴールデンウィークのこづかい」としてはかなり大金である。友だちとどこかに遊びに行くために必要な額を越えている。
6月3日付の『女性自身』は、「中田さん一家はひたすら、『犯人が顔みしりの人でないように』と祈り続けてきた、という」「善枝さんと犯人との間に特殊な関係があったのではないか、という無責任なウワサをまきちらかしたものさえあった。」と書き、兄の賢一さん『・・・もし、その石川という見も知らぬ男が真犯人だとしたら、正直にいって、ほっとした思いです。妹もこれでやっと浮かばれるでしょう』」という発言を紹介しているが、ここでも、家族は「顔見知り犯」を意識している。
『女性自身』の記者が存命の可能性は低いが、彼が日記を書き換えた理由や経過を聞いてみたいものである。
なお、この記事の登美恵さんと喜久蔵さんは自殺しており、兄の賢一さんは、「くしくも1日だけ入間川の北側の第1ガードに(善枝さん)がおったと聞かされて、何かそこに待ち合わせとか、そういうことがあったんじゃないかと思って聞いているんですが、あなたのご判断はどうですか」と法廷で質問した山上弁護士に対し「まあ、本人としてはそうだったのかもしれませんが」と答えている。妹の名誉のために、普通なら「そんなことは妹に限ってはないと思います」とか「わかりません」と答えるであろう。
彼らは妹の「恋のバカンス」の相手を知っていたのではなかろうか? 皆さんはどう推理されるであろうか?
私は『女性自身』の記者と同じように、「お天気もバカンスには絶好調だった」と日記に書いた善枝さんには、太陽を浴びて「ためいきの出るような/あなたのくちづけに/甘い恋を夢みる/乙女ごころよ」とイメージできる「バカンス体験」があり、さらに、誕生日にも「恋のバカンス」の約束があった、そしてそこには「恐ろしいワナ」が待っていたと推理する。
30分の最終校正では、ほんの一部しか手直しすることはできなかったので、ここで『最終推理
狭山事件―浮かびあがる真犯人』の内容を補足しておきたい。
140911 甲斐仁志


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