『狭山事件を推理する』HP復刻版 第13章 荒縄とスコップ

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目次

第1章 事件

第2章 Yの相関

第3章 最終目撃者

第4章 通学路

第5章 車出いく

第6章 情報過剰性

第7章 脅迫状

第8章 脅迫状訂正

第9章 訪問者

第10章 叫び声

第11章 犯行時間

第12章 ロープ

第13章 荒縄とスコップ

第14章 所持品

第15章 Vの悲劇 

第16章 前の門 

第17章 脅迫状の作成 

第18章 殺害・死体遺棄

第19章 黙劇者 

第20章 評決

 資料1 1審判決

 資料2 誘拐事件資料

 資料3 参考文献

  

 

新推理・狭山事件

 はじめに

1 殺害現場はどこか?

2 脅迫状の詩的表現技法
3 誕生祝いの最終食事
4 強姦か合意の性交か
5 単独犯か複数犯か
6 線状擦過傷の謎
7 虫害が示す犯行現場
8 背後からの腕締め
9 後頭部の傷は生前か死後か?
10 「合理的捜査」か「差別捜査」か?
11 「引っ掻き傷」の男
12 「佐野屋から30分」
13 「強姦・殺害」か「和姦・殺害」か?

  14 真犯人像への方法論  

 

 

 

 

 

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 hyousimidasi.jpg 第13章 荒縄とスコップ

 

 山川一雄の自白では、犯行後に荒縄とスコップを盗んだことになっている。

       

 荒縄は死体を芋穴に吊るして隠すために近くの下川昇一方から、スコップは上田方に脅迫状を届けた帰りに山田養豚場で盗んだ、と自白している。下川方、山田養豚場で盗難があったことは、事件の直後に警察の聞き込みで明らかになっており、それとこの自白は合致している。

 何の問題もなさそうであるが、具体的にその場面を想定してみるとたいへん奇妙な自白である。

 自白では、善枝を殺害したあと、死体を一時芋穴に隠し、脅迫状を上田家に届けたあと山田養豚場でスコップを盗んで死体を埋めることを計画した、という。しかしながら、そんな二度手間をかける必要がないのである。

 死体を埋めることを計画していたなら、苦労してわざわざ芋穴に短期間のあいだ隠す必要はない。

 その辺の草かげに隠しておけばよいのである。人目につく危険をおかして荒縄を盗み、かなりの体力を使って死体を吊り下げなくても、雨降りの薄暗い時刻に雑木林に入ってくる人などないから、茂みの中に隠しておくだけでよい。

 さらに奇妙な事実がある。それは、荒縄の盗まれ方である。荒縄は図23のように、下川方と新築中の椎葉方の境に張られていた。工事中に庭を荒らされないよう、下川えみ子が母親と一緒に境に杭をうち、その杭に上下2段に荒縄を張り渡したものである。

         image040.jpg

 それが事件の翌日の2日には無くなっていた、というのである。

この荒縄が盗まれた、という資料を見て、私は冷静な気持ちで対処することはできなかった。

 というのは、荒縄はこの垣根に張ったものしかなかったのではない。新築中の椎葉方の南側には10mほど荒縄が張ってあり、西側にも張ってあった荒縄の3分の1から3分の2が残っており、それ以外にも材木を結わえていた荒縄がそこここに落ちていたと記録され

ている。

 犯人の立場に立って考えてみよう。荒縄を捜しに新築中の家に行く、ということは自然である。ところが、現場に行ったとき、まず目に入るのはこの新築中の家の南側と西側に張り巡らされていた荒縄のはずである。

 死体の重量と芋穴の深さを考えるなら、荒縄は5mもあれば十分であり、念のために2重にすることを考えたとしても、10mあればいい。椎葉方に近付いた時まず目に入る南側の荒縄を取り、念のためにその辺に落ちている荒縄を拾えば十分である。わざわざ、椎葉方を北に下川の家の方にまわりこみ、人目につく危険を冒す必要はない。

 既に殺人を犯している犯人の心理としては、人目につかないよう、椎葉方の南側の荒縄を盗むことはあっても、下川方の庭先で行動することはありえないことである。

 ついでに述べておくと、山川一雄は実際に自分が荒縄を盗むとすれば、自白した殺害現場のすぐ西側の茶畑に敷込んであった荒縄を盗んだはずだ、と二審の法廷で述べている。

 その後、開示された当時の事件写真をみると、この茶畑には確かに荒縄が敷きこんであり、下川方にわざわざ荒縄を取りに行くことはないという山川一雄の主張はうなずける。

 犯人は山川一雄のように、この茶畑に敷込んであった荒縄のことは知らなかったかもしれないが、仮に新築中の椎葉方に行って縄を物色したとしても、椎葉方の南に張ってあった縄を無視して、下川方の垣根の縄を盗むことは普通なら考えられない。

 ではなぜ犯人は下川方の垣根の荒縄を盗んだのであろうか。

 犯人は、ここでもある一貫した意図をもって行動していることは明らかである。犯人は犯跡を隠そうとはせず、むしろ逆に荒縄が盗まれたことを気付かせるように行動したのである。盗まれたとしても意識されることのない新築現場からではなく、人家の垣根にしている荒縄を、それも必要最小限の長さではなく全部を外したのは、犯人がその事実を知らしめたかったことを示している。

 真犯人が意図したのは、警察が「犯人は荒縄が盗まれた下川方の近くで被害者を殺害し、その近くの家で荒縄を盗み、死体を荒縄で棒に縛りつけ、ふたりで担いで農道に運んで埋めた」と推理することであった。

 犯人は被差別部落に捜査の目を向けようとする傾向があることはすでに述べたが、ここでも「犯人は死体発見現場近くのどこかで被害者を殺害し、荒縄を近くで盗み、死体を雑木林の方に運ぶ途中に農道に埋めた」というストーリーをたて、それに警察がひっかかるよう陰謀をこらしたのである。

 当時の新聞・雑誌をみると、「米だわらのナワは犯人が死体を運ぶさい、背負うのにつかったらしい」(5月5日サンケイ新聞)、「(賢一)荒ナワをまきつけて棒でも入れて、2人でかついでいったんじゃないか、と思うのです」(7月1目『週刊文春』)などの推理が行なわれており、犯人の意図は狙い通りに伝わっているのである。

 もっとも、警察は実際には、このようなストーリーをとるわけにはいかなかった。山川一雄を逮捕しその周辺を徹底的に捜査したにもかかわらず、周辺には共犯者の影も形もなかったからである。

 したがって、荒縄が何に使われたのか、警察は相当に困ったに違いない。かなりの距離を複数で担いで死体を運ぶならともかく、単独犯で、しかも近くの雑木林を犯行現場に想定したのでは、荒縄を使う理由がなくなってしまう。屋外犯行なら、その林の中に埋めるのが自然で、苦労して死体を畑の中の農道まで運ぶ必要はないから、荒縄の解釈には困りはてたに違いない。

 そこで考えたのが、死体を一時芋穴に隠す、という奇想天外なストーリーであった。

 ところが、すでに見たように死体の足首には芋穴に死体を吊るした時にできるような傷はなく(これは、警察側・弁護側の両方の鑑定人が認めるところである)、芋穴にも血痕や荒縄の藁屑などの痕跡がなくて、この自白は真実ではないことが明らかとなっている。真犯人の手のこんだ偽装工作が、皮肉にも山川一雄の自白の虚偽を証明することになっている。

 真犯人の荒縄を下川方から盗んだという偽装工作は、逆に真犯人の心理と行動を示す重要な手掛かりを残すことになった。

 犯人が「被差別部落→下川方→死体発見現場」の移動方向を偽装していることは、犯人の真実の行動はその逆で「堀兼→死体発見現場」という方向に死体を運搬してきたことを推理させる。

 脅迫状などの偽装と同じく、犯人はたんに犯跡を眩ませるだけでなく、罪を他になすりつけようとした時、自分が知っている真実からもっとも遠い方向に本能的に偽装した可能性は大きい。

 次に、スコップについて検討しよう。

 まず、発見された場所が問題である。スコップは5月11日に発見されたが、それは麦畑の中であった。

 都会に住む人達にとっては、麦畑といってもピンとこないかもしれないが、畑の中というのは人目につきにくい場所ではない。人々の働く場であり、そのような場所にスコップを捨てれば、いずれ必ず発見される場所である。

 農家の人なら、5月と言えば、麦が倒れないよう土を畝にかきあげたり、草かきをし、堆肥を入れるなどの作業をすることを知っていたであろう。そうでなくても麦刈りがまもないことは、この地域の人なら誰でも知っていよう。

 死体を1mも深く埋めた犯人が、そのあとスコップをどう隠すかを考えることをせず、麦畑に放置したらどうなるかについて考えが及ばない、ということは考えにくい。土を埋めもどす最後の段階でスコップを穴の中に入れ、あとは足で土をかけて隠す、というのがてっとりばやいが、雑木林の中や溝のなかに隠す、工事現場に捨てるなど、方法は他にあったはずである。このスコップもまた犯跡を隠蔽するのとは逆に、わざと見つかるように細工されている、とみるべきであろう。

 荒縄を往路とすれば、ちょうど逆の犯行経路をたどり、死体を埋めたあと被差別部落の方に帰る途中でスコップを放置した、と真犯人が細工したものと考えられる。

 それは、芋穴の底にビニール風呂敷が捨てられ、しかも、芋穴の蓋が開けたままになっていたのと首尾一貫している。これなら誰が考えても「犯人は、死体を埋めたあと、帰る途中でビニール風呂敷を芋穴に捨て、さらにスコップを麦畑に捨て、自宅に帰った」という単純なストーリーを組むことは可能である。

 スコップを山田養豚場から盗んだ、ということはどうであろうか。

 これも、単純に「犯人は上田家に脅迫状を届けたあと、山田養豚場に忍び込み、スコップを盗み、死体を埋めた」というストーリーを考えるのが普通であろう。

 しかしながら、犯人の立場になって考えてみると、そうは単純ではない。まず、スコップを手に入れて死体を埋める、という面倒くさい発想そのものが疑問である。そんなことをせずとも、死体は金を受け取るまで短時間隠しておくだけでよい。

 仮に、理由はよくわからないが、犯人が死体を埋める気になったと仮定しよう。スコップを盗むことを考えるとするなら、まず頭に浮かぶのは現場近くの新築中の椎葉方であり、コンクリートを使用する工事現場・飯場や付近の農家の納屋などであろう。

 仮に、椎葉方の現場にスコップがなかったとしたら、死体発見現場の東方には建設中の東中学校(統合中学校)の飯場があった。そこに行けばスコップは容易に盗め、しかも気付かれる心配はまずない。

 ちなみに山川一雄の自白では、犯行前にその東中の飯場のそばの山学校あたりまで行ったことになっており、被害者方に脅迫状を届けに行く時にもこの工事現場の横を通ったことになっているから、最初に頭に浮かんだはずである。

 かつて働いていた山田養豚場からスコップを盗めば足がつく危険性が高い、ということを計算できないような犯人像は、脅迫状や佐野屋での犯人の会話からみておよそ考えることはできない。また、そのような粗雑な犯人であるならば、死体をわざわざ1mも深く埋めるような面倒なことはせず・雑木林の下草の陰などに放置して逃亡したであろう。

 あるときは慎重の細心、あるときには破れかぶれ、次にはまた慎重・細心、そして破れかぶれ・・・・(表4参照)と、目まぐるしくシグナルのように人格を入れ替える、などということが計画的な犯罪においてできるであろうか。

 一見すると、この事件の犯人は、そのような二重人格者であるかのような犯跡を残している。しかし、その一方は犯人の真実の姿、もう一方は見せかけの偽装とすると、何の矛盾もない。

 

4 犯行に見られる2つの性格

 

計画性・繊密・細心・慎重・りこう

無計画・粗雑・ズサン・大胆・まぬけ

脅迫状作成

 

・脅迫状の回収を指示

・封筒を糊付けし唾液を残さない

・〆を書き封をする・時間厳守を指示

・「気んじょの人にもはなすな」と指示

・「西武園の池の中に死出いる」と具体的に脅迫・指紋がつかないようにしている

・「門」を「かど」と読ませる

・「友だちがいく」と共犯者の存在を教える

・「車出いく」と教える

・「少時様」「4月29日」「前の門」という最初の犯行計画の痕跡を残す

・脅迫状の訂正を別の筆記用具でする(最初のボールペンと同じでなく)

 

殺害・死体遺棄

・1m近くも深く埋める

・深夜の3時頃に死体を埋める

・玉石を被害者の頭の上に乗せる

・財布・時計だけではなく手帳・万年筆をとる

 

・発見されやすい場所に証拠を残すビニール風呂敷を芋穴に捨てるゴム紐を雑木林に捨てる教科書を桑畑に浅く広く埋める鞄を溝に浅く埋める

・発見されやすい場所から物を盗むースコップ,荒縄・手拭・タオルを死体に付けて残す

脅迫・身代金奪取

・封筒に被害者の身分証明書を入才れる

・佐野屋にいきなり登場せず,畑の中から慎重に声をかけて様子を窺う

・警察の張り込みを巧妙に避けて登場している

・「30分たてば帰らなくちゃならない」と,脅迫状の「1時間後」 「友だち」に対応した発言をしている

・自転車を庭の中まで持ち込む

・封筒を家人がいる玄関の戸の隙間に差し入れる

 

 

 

 

 

 

  

 綿密、ずさん、綿密、ずさん、・・・・この2日間以上にわたる行動の振幅をどう理解するか、これこそ事件の核心でそこから浮かびあがってくるのは、単なる殺人事件ではなく、金目当ての複数犯の誘拐事件にみせかけようとした、犯人の偽装工作の全貌である。それ以外に、この事件の2つの異なる筋を合理的に説明できる解釈はない(図24)。

 

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 この事件にみられる情報過剰性は、全て犯人の偽装工作の表れとみるべきである。そして、その偽装工作の方向の逆にこそ、事件の真相は隠されている。

 被差別部落の近くの下川方での荒縄の盗み、農道への死体の運搬、上田家近くの山田養豚場でのスコップの盗み、ビニール風呂敷の芋穴への投棄、下川方近くの麦畑へのスコップの遺棄、などの証拠の点在という見せかけの逆こそ、真犯人の真実の行動を示している。

 真犯人は、死体埋没現場へ被差別部落の方向からではなく、逆に堀兼方向から向かったこと、脅迫状を届けた帰りに山田養豚場からスコップを盗んだのではなく、スコップは死体を運搬するさいに盗んで持って行ったものであること、スコップは死体を埋めて帰る道筋で捨てたのではなく帰路と逆の方向に放置されたこと、が推理される。

 なお、山川一雄の弁護団では、このスコップについて、何度も警察が山狩りをした麦畑から発見されている、山田和義の確認もとらないままに山田養豚場のものと決めつけて新聞に発表している、スコップに付着していた土壌の鑑定に疑問がもたれる(死体埋没現場から土壌の鑑定資料を採取したかどうか疑わしい)、などから、事件後に警察がデッチあげたものである、との推理を行なっている。

 しかしながら、スコップに付着していた土壌には、県警の星野鑑定の結果からみて現場には存在しない粘土分の少ない赤土が一部に付着していたことが明らかである(弁護側の生越鑑定が認めているとおりである)。

 これが事実である以上、警察がこのスコップをデッチあげたという可能性はむしろ少ない、とみるべきである。なぜなら、もし警察がそのような意図をもっていたなら、星野鑑定はスコップの土壌と現場の土壌がきれいに一致するよう、データの偽造を行なうのが自然である。あるいは、捜査本部はスコップに現場にあるのと同じ粘土分の多い赤土を付着させ、鑑定にまわしたはずで、それを星野技師は忠実に分析したはずである。

 いずれにしても、デッチあげというには、矛盾がありすぎる。

 土壌の相違という事実から推理すると、犯人は死体を埋めたあと、スコップの投棄までの間のどこかで土を掘り、あるものを埋めたと見るべきである。それは、未発見の善枝の所持品ではないかと思われるが、後に検討したい。

 山田養豚場からのスコップの盗難については、山田らが2日の朝、スコップが見当たらなくて作業に困り、隣の大門にスコップを見なかったか、と尋ねたりしているので、1日夜に盗まれた事は間違いない、と思われる。

 しかしながら、このスコップを犬に吠えられずに盗めるものは、山田養豚場の関係者に限られる、という警察・裁判所の推理はいただけない。

 というのは、山田和義が証言しているとおり、この養豚場は山田の自宅から離れており、囲いの状態からみても東側からなら容易に進入可能であり、その場合には西側の小屋の外側につないである犬に気付かれずにスコップを盗むことは可能である。

 それよりなにより、5月1日夜に犬が吠えなかった、という事実が証明されているのではなく、隣家の大門クラによれば、夜の10時頃に山田の犬が吠えた、というのである(時刻については、多くの証人と同じく、時計をみての判断ではなく、もっと遅い可能性が高い)。

 山田の近所の持田忠治が述べているように、「山田豚屋をおとしいれるために、山田のスコップを盗んで行ってわざと捨てておいたのだ」と思った、という可能性こそ、検討されなければならなかったのである。

  「車出いく」を信じるのと同じレベルの誤りを、いつまでも続けてはならない。

 

 

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