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第18章 殺害・死体遺棄
脅迫状が書ける、ということは犯行の全体を計画できた、ということである。細部はともかく、おおまかな犯行計画が出来ていなければ脅迫状は書けない。
地図を書き、それに経路や時刻を書き入れたりしながらさらに具体的な計画を練った。とくに佐野屋の所でどう警察の張り込みをかわして登場するか、については綿密に図上演習を行なった。死体をどこに埋めるか、犯行に使用する道具(偽装工作のための)などについても、計画し準備した。
5月1日になった。善枝の誕生日のこの日、食事を一緒にする約束をしておいた。第1ガードの下で待ち合わせたが、それは予定を確認しあうためで、人目を避けて堀兼の犯行場所へは別々にでかけた。
善枝と食事をすることは、善枝を誘い出す口実であったが、殺害時刻をわからなくさせるためにも必要なことであった。善枝がすぐに殺されたと思われるのではなく、誘拐のあと監禁され、家人が警察に届けたので犯人が善校を殺した、と思わせるほうが殺害目的をそらせるうえで好都合であった。
善枝と食事をしたあと、性交し、隙をみて押し倒し(この時、善枝の後頭部に裂傷ができた)、気を失った善枝を幅広い軟性物を使って絞殺した。午後7時項であった。
すでに暗くなっていたので、犯行現場から人気の全くない上田家の裏に続く雑木林の中の道を通り、自転車を返した。裏庭から兄の賢一が自動車で帰宅したのを見守ったあと、表庭に出て納屋に自転車を運び、隙をみて表戸に脅迫状を差し込んだ。納屋に自転車を入れたのは、犯人が表の道を自転車に乗ってやってきたと思わせるためである。
「車出いく」という脅迫状を信じさせるためには、「自転車」で表通りを乗りつけてきた犯人イメージを作ることが必要であった。
金目当ての事件にみせかけなければ疑われる恐れがあったから、脅迫状では「友だち」を3度も繰り返し、脅迫状の訂正も筆記用具を変え、筆跡を変えて複数犯を偽装した。
それだけでは心配であったので、善枝が監禁されていたことを偽装するために、首に細引紐をかけ、逃げようとすれば首が締まるように結んでおいた。同時に、手拭で手を縛り、タオルでさるぐつわを噛ませることを考えたが、善枝の死顔を後で見たくないので目隠しをすることにした。手拭とタオルを使ったのは、複数犯と思わせるためである。
犯人は脅迫状どおりに犯行を行なおうとしていた、脅迫状に書かれていることは真実である、と思わせることができないか、と考えた。
1つは、佐野屋に登場して複数犯であることを会話の中で匂わせることである。「子供わ1時かんごに車出ぶじとどける」に対応して、「30分後に帰らなければならない」と言い残すことを忘れないようにしよう。
もう1つは、「子供わ西武園の池の中に死出いる」に関連して、池の中に死体を投げ入れることを犯人達が考えていた、と思わせることである。足に細引紐をつけ、その先に善枝のビニール風呂敷で玉石を縛りつけ、死体に重しをつけて池に投げ入れることを犯人が計画していた、と思わせる痕跡を残すことにした。
「友だち」が無事に帰ってきたら「1時かん」後に善枝を返す、無事に帰ってこなかったら善枝は「西武園の池の中」、そのどちらも犯人が本気で計画していた、と思わせることができれば、複数犯を疑うものはいまい。
2日の午前2時を過ぎ、選挙祝いの人の動きも跡絶え、念のため佐野屋に張り込んでいた刑事達が引き上げたあと、行動を開始した。
死体をリヤカーに乗せて犯行場所を出発し、その途中で山田養豚場からスコップを盗み、雑木林を抜けて被差別部落の近くの畑に行った。
ここでさらに手の込んだ計画を実行することにした。付近の家から荒縄を盗み、足首につけていた細引紐からビニール風呂敷と玉石をはずし、荒縄を結びつけた。西武園の池の中に死体を投げ入れることを計画していた犯人が、予定を変更し、死体を殺害現場近くの農道に荒縄を使って運び埋めざるをえなくなった、と思わせるためである。
犯人達は「車」を使って遠くに死体を運ぶことが出来なくなったので、近くの農道まで死体を運び埋めた、というように見せかければ、犯人が自宅近くに死体を埋めたことが自然になる。
自分が実際にやったようにリヤカーを使ったと絶対に思わせてはならなかった。複数犯と思わせるためにも、死体を2人で荒縄と棒を使って担いできた、と想像させる必要があった。
それも、遠くからではなく、すぐ近くからきた、と思わせるよう、荒縄は近くで調達した。下川方が垣根にしていた荒縄をはずして盗み、確実に気付かれるよう計画した。
被害者が暴行されたと思わせるため、ズロースを下げ、スカートは引っ張って破り、上着のボタンをちぎるなどの工作をした。
農道に死体を埋めたのは、死体がいち早く発見され、捜査の方向を最初からそらせる必要があったからである。また、早く死体がみつかり善枝がきれいなままで発見されることも望ましい。農道深くに死体を埋めておけば、犯人が複数犯であると思わせるのにも都合がよかった。
現場に着いた頃にはすでに雨は上がっていた。
死体を埋めたあと、被差別部落に近付いたところにある芋穴にビニール風呂敷を投げ入れ、蓋は開けたままにしておいた。死体の発見を容易にするための手掛かりを残すためと、犯人がそちらの方向に移動したと思わせるためである。
使用した山田養豚場のスコップはそこからさらに部落の方に近付いた麦畑の中に隠した。遅くても 麦刈りのときには発見されるに違いない。その時には山田養豚場の関係者が疑われることが決定的である。もちろん、それよりも早く、山狩りで発見されればさらに都合がいい。
スコップをすてる時、かなり人家に近寄ったので、付近の犬に感づかれ、ずっと吠えられることになったのには慌てた。
帰り道に、鞄を埋め、さらに進んでゴム紐を雑木林に捨てた。
鞄を埋める時、ノートや教科書に何か書き込みがされていないか、ということに気付いた。一緒に埋めるのはまずいので、いったん持って帰り、あとで埋めることにした。
教科書は桑畑の除草などの際に、鞄は毎年夏までに行なう溝さらえの時に発見されよう。あるいは山狩りでゴム紐が発見され、それを手掛かりにしてもっと早く教科書、鞄が発見されることも期待できる。そうすれば、犯人が教科書→鞄→ゴム紐→自転車の順に移動した、と思わせることができる。
翌2日には、上田家の動きをそれとなく観察していた。警察へ届け出ることは計算の上であった。
現場に行くのは大きな賭であったが、もし佐野屋に行かなければ、洋裁生殺し事件を類推する刑事がいないともかぎらない。誘拐以外の線での専従捜査班が置かれるとすれば、狭い農村のことなので自分が疑われる危険は十分にある。佐野屋にはどうしても登場する必要があった。
佐野屋には、不老川をこえて南の方から畑の中の農道を通って近付いた。途中では念のために道路の角は避けて行った。
佐野屋の東の畑の中に隠れて様子を窺っていると、刑事が佐野屋のそばに張り込んでいるのがわかったが、畑の付近にはいないことは明らかであった。これなら、登美恵に声をかけて逃走することは十分可能であった。
刑事の出鼻を挫くために、「サツに言ったんべい、そこに二人いるじゃねえか」と牽制した。確実に逃走するために、声色を変えてポツリポツリと間をおいて話しかけ、犯人がまだいると思わせて、次の会話の間に逃げることを考えた。
最後には、「30分たてば帰らなくちゃならないんだから帰るぞ」と共犯者がいるように匂わせておくことを忘れないようにした。
以上が狭山事件の全貌である。真犯人は偶然に佐野屋で警察の張り込みをかわして逃走したのではなく、また逮捕を免れたのでもない。それらは、全て、計画どおりであり、最初からノーマークの位置にいることが可能であった。警察の捜査は計算どおりに被差別部落、ことに山田養豚場の関係者に集中した。
むろん、事件の当初から「おかしい」と感じていた人はすくなからずいたが、事件の全貌をつかむことはできなかった。吉展ちゃん事件の影響は強烈であったし、被差別部落への偏見・予断は強かった。
また犯人の偽装工作はあまりにも巧妙であった。
私の推理の糸口となった新聞記事のいくつかを紹介しておきたい。
・近所からの間込みなどから被害者の一家をめぐる複雑な事情もある模様なので、一応、えん恨説も
並行して捜査を進めている(5月4日朝日新聞)
・警察庁宮地刑事局長・・・被害者の自転車をわざわざ家の庭先まで持ってきていたり、誘かいされた
時間と脅迫状がきた時間が接近していることなど純粋な営利誘かい事件とするには判断を迷う点もあり、吉展ちゃん事件とは性格が違うようだ(前同)
・犯人捜査にしたがっている警官は口をそろえて「いったい犯人はばかなんだかりこうなんだか、さ
っぱりわからない」という(5月4日サンケイ新聞夕刊)
・大友よふ県婦人会長の話・・・吉展ちゃん事件とは違い、こんどの事件は高校一年生が誘拐されたの
がふしぎです。この年ごろならたとえ誘われたにしてもやすやすと犯人についていくとはよほどの
顔見知りでもないかぎり、常識では考えられないことです(5月4日読売新聞夕刊)
・松本清張氏 営利誘かい一本で捜査をしぼるのは考えもので、偏執者の単純誘かい、上田さん方への恨みの線も重視すべきだった(5月4日朝日新聞夕刊)
・足にわずかな傷跡が認められるほかは特別な外傷もなく抵抗のあとも全くなかった。このため、善枝さんと顔見知りの者による犯行という見方をさらに深めた(5月5日朝日新聞)
・父は最初から "もう殺されている"といっておりました。そして妹の死を知ったいまは、“犯人が捕まっても、会いたくもないし、写真を見たくもない。犯人の方でも、私の顔を見られないだろう。よく知っている人にちがいないだろうから“
といっております(5月23日「週刊現代」)
・上田さん一家はひたすら、『犯人が顔みしりの人でないように』と祈りつづけてきた、という。毎日のように、捜査当局から "容疑者“ の名前や写真をつきつけられる。なかにはふだん親しく交際している家の人もあった。
『・・・気ごころの知れた、信じあい、たすけあってきた人たち。どうして、その中に、犯人がいるなどと思えるでしょう。
私は、“もうたくさん、やめて!"
と、刑事さんにむかって叫びたくなりました。そんなことをしたって、もう妹はかえってこない。何もかもておくれなのだ・・・と』(6月6日「女性自身」)
  
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