自己紹介
1946年2月生まれ。工学部建築学科卒業。リタイアのコンサルタント。趣味は神話時代の古代史と愛犬。
狭山事件との最初の出会いは、ある雑誌の創刊に関わり、部落解放同盟委員長の朝田善之助氏のところに創刊誌を持って行った時のことである。その当時、私は部落解放運動については何も知らないまま、何のツテもなく朝田さん方を訪ねた。
実に古い年代物の長屋に案内されると、2階から朝田さんが降りてこられ、「まあ、上がれ」ときさくに招き入れられた。そして、座り机の上の石川一雄さんからの手紙や資料を見せられ、「今、石川君に手紙を書いているところだ、彼は部落差別の結果、満足な教育を受けられず、『10年で出してやる』という警察官の約束を信じて自白した。1審では死刑判決を受けて、今、裁判を戦っている。皆さんのような若い方が、是非、取り組んでほしい」と、実に熱心に事件のことを説明された。
その当時はいろいろ忙しく、朝田さんのご期待には添えなかったが、そのときの朝田さんの狭山裁判裁判へのすごい気迫はいまも心に残っている。
20年近くたって、友人から狭山事件を推理することを頼まれ、1988年に『狭山事件を推理する』(10月31日、三一書房)を執筆した。
その後は仕事に没入し、またまた狭山事件からは離れて20数年がたつが、未だに、再審の門は開かれていない。警察・検察と裁判所は、無実の石川さんを長きにわたって獄中に閉じこめただけでなく、この事件では不当な捜査・取り調べによって2人の自殺者を出している。殺された善枝さんや自殺したお姉さんをはじめ、家族の無念は未だに晴らされていない。
裁判を繰り返すたびに、裁判官は空想に空想を積み重ね、事実認定に対する裁判官の権威は地に落ちている。これほどまでに無能で無知な裁判官達に、国民の生命と人権を任せておくわけにはいかない。
何かできることはないかと考え、とりあえず絶版になった本をHPで紹介し、この間の職業経験を活かし、さらに推理を深めていきたい。
2010年9月12日 甲斐仁志