| さて、昨年は私ことバナナ@父さんと台湾の関係が更に深まった年でした。 8月、 06年の第5回李登輝学校に続き、第7回の講座に参加しました。 「奥の細道」を旅され、帰国後に目の手術をされたとも思えない元気な前総統の熱気あふれる講演をお聴きしました。 直接お会いしたのは、今回で3回目ですが、李登輝さんは、本当に台湾を愛しておられると思います。 日本人として生きた日本時代、そして国民党の恐怖時代を経て、自ら国民党の総統として台湾の民主化を成し遂げられた。偉ぶったところがまったくない。 危機的な台湾の政治・経済情勢を真剣に見つめられ、台湾国民に進む道を提言されておられます。 また、そのためにも、わが日本の現状に「もっと、しっかりせよ!」と叱咤激励されています。
受講後、 私は単身にて高雄・美濃(私の生地である岐阜県・美濃と同じく傘が特産!)を訪れました。 あいにく大雨の台湾南部でしたが、高雄の日本時代の建物を見たり、美濃では貸自転車屋さんで、ご家族と一緒に昼食をご馳走になるというおまけがありました。 そこの高1の娘さんは、学校で日本語を学んでいるけど、「とても難しい」と言って、教科書を見せてくれました。 その内容はとても「丁寧できれいな日本語」、例えば、数の数え方の頁では「1本、1羽、1匹、1頭・・・」という調子でびっくりしました。
9月は大阪市内で台湾人年次世界大会が開催され、4日間少しばかりお手伝いをしたことをきっかけに、在阪台湾人の皆さまとの交誼が深まったことは幸せなことでした。 この大会では、2.28紀念館でお目にかかった阮美スさんの著作の売り子を手伝った関係でお話をする機会を得、勉強になりました。 それで、台湾学集会の主催による台湾語学習会への参加につながりました。 台湾語は7種類の声調を初め、発音が難しくてなかなか上達しませんが、今年は少しは上達したいと思っています。
ところで、私には息子が二人(22才と20才)いますが、この一年間に冬と、春にそれぞれ「11日間二人旅」に付き合ってくれました。 おかげで、カンボジア&台湾をほぼ同じ旅程で二回漫遊することができました。 シェムリアプではゲストハウスに泊まり、屋台に食し、自転車でアンコール遺跡を周遊しました。 その後、トンレサップ湖をスピードボートで5時間かけて首都プノンペンに下りました。 プノンペンは観光地のシェムリアプとは違い、活気のある商業都市といった雰囲気でしたが、ストリート・チルドレン目に付き、まだ戦火の傷跡が残っている感じを受けました。 キリング・フィールドやトーゥルスレン博物館では、中ソ米による国際政治の争いのはざ間で、中国共産党の影響を受けたクメールルージュ(カンボジア共産党=ポルポト派)による虐殺の跡を見学してきました。 トーゥルスレン博物館では、処刑した側が殺す前に、対象者の姿を前と横から写真に残していたので、多くの人々の殺される前の姿が保存されており、自国民だけでなく、外国人も多くあり、中にはどう見ても日本人の青年ではないかと思われる写真もありました。
続く、台湾では首都台北の総統府・2.28紀念館で日本語世代の解説員から両国の近代史を学ぶとともに、九分、基隆、台中、鹿港なども訪問し台湾各地を楽しんできました。これらの旅を通じ、父として一つ荷を降ろした気分です。
最後に、12月台湾次期総統選挙で与党民進党の候補者である謝長廷さんが訪日されました。 私は台湾旗と日の丸を持参して関西空港へお迎えに行き、京都大学での講演会では日本語による講演をお聴きしました。 友邦である台湾国民のため、また日本のためにも、ぜひ当選してほしいと祈念します。 日本人である私にできることは限られていますが、少し工夫して台湾人に訴えることができるのではないかと考えています。 |