男子にからかわれるから
5年生の末娘が、図工で使う「のり」が必要だと言う。家にあった「アラビックヤマト」を出して、「はい、のり。」と言って渡したが、どうも顔がどんよりしている。夕食の間も浮かない顔をしているので、「どうしたの?」と聞いてみると、「あののりだと・・・」と言って黙っている。訳がわからずにいると、高校生の長女が「お母さん、今どきは、ああいうのじゃなくてもっとファンシーなデザインのヤツがあるんだよ」と。
へ?ファンシーなのり?
まあ、そういう商品が中高生をターゲットに市場に出回っていてもおかしくないと思うが、アラビックヤマトのどこがそんなにご不満?ということで娘に更に聞いてみると、「男子に・・・からかわれる・・・」とのこと。
ああ、末娘。 この子はスローでマイペースで、転校してきた後も、みんなが黄色い傘を持っている中、「私は今ある水色のでいい。なんで傘がみんな黄色じゃないといけないの?」と言えるような子だったのに。
思わず心の中で今はまっているニーチェの言葉がこだまする。
「この人生を簡単に、そして安楽に過ごしていきたいというのか。だったら、常に群れてやまない人々の中に混じるがいい。そして、いつも群集と一緒につるんで、ついには自分というものを忘れ去って生きていくがいい。」
私が説教体制に入ろうとしたその時、長女が言う。
「ユリちゃん、あのね。高学年になってくると、そういうのがいろいろあると思うけど、男子は幼稚なんだから無視してればいいよ。それに、そういうのは中学までで、高校になるともう「みんなと同じじゃないと」っていうのはなくなっていくから」
続けて中学生の長男が。
「ぼくなんか、家にゲームがなくてどれだけみんなにからかわれたことか。でも、今はゲームはなくてもいいと思ってる。」(←ヤツは洋楽命で、お小遣いさえあればCDを買っている。先日はなんと「サイモン&ガーファンクル」を買ってきた。クラシックだねぇ。)
私は控えめに、「おかあさん、塾の仕事でのりはよく使うけど、スティックのりよりアラビックヤマトの方が性能はいいよ」と。
すかさず長女、「アラビックヤマトならまだいいんじゃない?幼稚園で使うみたいな、フタがついてて、手でパカッと開けて使うようなのりじゃないんだし」
「米粒をつぶしてノリにして使おうってわけでもないんだし」
最後はみんなで大笑いしながら、「どういうノリだったら一番笑えるか」という話にすり替わってるし(汗)
次女は納得したのかどうかわからない。まだ10才では、わからないかもしれない。私が嬉しかったのは、長女と息子がそれぞれの経験を経て、「みんなと同じでなくてもいい」という価値観を身に着けているらしいことがわかったことだ。
「みんなと同じでないと不安」という気持ちのもとにある、「自分の意思や思考が欠如している」という恐ろしい状態の人間を育ててしまったら、子育ては失敗だと思っている。自分の頭で考え、判断し、生きていける大人を育て、社会に解き放ち、親はいさぎよく子供の人生から退かなければならない。
・・・とはいっても、末娘に大甘な私は、翌日普通の(ファンシーではない)スティックのりを買ってきて、娘に渡しました。へへ。
2010/7/10
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