森 信三 先生 (1896~1992年)

3月


リンリン

燐火のように

リンリンと

燃えていなければならない

鈴虫のように

リンリンと

訴えていなければならない

禅僧のように

リンリンと

鍛えていなければならない

梅花のように

リンリンと

冴えていなければならない

        真 民



 三月一日

 教育とは人生の生き方のタネ蒔きをすることなり。

2011.03.01

 三月二日

 教育とは流水に文字を書くような果ないわざである。

 だがそれを厳壁に刻むような真剣さで取り組まなければならぬ。

2011.03.01

 三月三日

 どうしたら子供たちを、真に忍耐づよい子にすることが出来るか。

 第一には人生に対して「立志」一のタネマキがなされねばならぬ。それには、親なり教師たるものが、まず自己の「心願」を立て、日々を真剣に生き抜くこと。

 第二は、子供らを、ある程度肉体的苦痛に堪えさすこと。

 以上の二つは、深い現実的真理であるが、もし第二の肉体的基盤を欠けば、第一もまた観念的理解の域を脱し得ないであろう。

2012.03.03

 三月四日

 真の教育は、何よりもまず教師自身が、自らの「心願」を立てることから始まる。

2012.03.04

 三月五日

 眼に見える物さえ正せない程度で、刻々に変転して止まぬ人間の心の洞察など、出来ようはずがない。

2012.03.05

 三月六日

 教師自身が四六時中腰骨を立てつらぬくこと一そしてこれが人間的主体の確立上最有効な方途だとの確信に到達し、その上でそのタネ蒔きを子どもらに対しても始めること。

 ここに人間教育の最大の眼目ありと知るべし。

2012.03.06

 三月七日

 学校の再建はまず紙屑を拾うことから一。

 次にはクツ葉箱のかかとが揃うように。

 真の教育は、こうした眼前の瑣事からスタートすることを知らねば、一校主催者たるの資格なし。 

2012.03.07

 三月八日

 同志三名を作らずしてその学校を去る資格なし。

2012.03.08

 三月九日

 いかにしてテレビに打ち克つ子どもにするか一

 教師たるものはこの一点に、道徳教育のすべてをかけねばなるまい。 

2012.03.09

 三月十日

 二十五才の誕生日までは煙草を吸わぬ。ただし翌日からは絶対自由一  せめてこの一事なりと叩きこめる教師であってほしい。

2012.03.10

 三月十一日

 (一)に一度の学級だよりを

 (二)に一度、卒業生への「ハガキ通信」を

 以上の二つが実行できたら二本の軌道に乗った新幹線のように、もうそれだけで、教育者としての本格的な軌道に乗ったものといえよう。 

2012.03.11

 三月十二日

 ハガキを最上の武器として活用しうる人間に一一

 かくしてハガキ活用の達人たるべし。

2012.03.12

 三月十三日

 縁なき人の書物を数十ページ読むのが大事か、それとも手紙の返事を書く方が大事か一このいずれをとるかによって、人間が分かれるともいえよう。

2012.03.13

 三月十四日

 自分を育てるのは 結局自分以外にはない。これ恵雨芦田恵之助先生の至言。

2009.1.14

 三月十五日

 すべて最低絶対基本線の確保が大事であって、何か一つ、これだけはどうしても守りぬき、やりぬく―という心がけが肝要。

2012.03.15

 三月十六日

 「宿題のすまぬうちはテレビをみない」という子供に―。 

 この一事だけでも守れたら、その子は一おう安心ができるといってよかろう。

2012.03.16

 三月十七日

 人間も、金についての親の苦労が分かりかけて、はじめて稚気ちきを脱する。随ってそれまでは結局、幼稚園の延長に過ぎぬともいえる。

2012.03.17

 三月十八日

 物にもたれるヽヽヽヽ人間は、やがて人にもたれるヽヽヽヽ人間になる。

 そして人にもたれるヽヽヽヽ人間は、結局世の中を甘く見る人間になる。

2012.03.18

 三月十九日

 節約は物を大切にするという以上に、わが心を引き締めるために有力だと分かって人間もはじめてホンモノとなる。

2012.03.19

 三月二十日

 性欲のえた人間には偉大な仕事はできない。―それと共に、みだりに性欲を漏らす者には大きな仕事はできぬ。

2012.03.20

 三月二十一日

 すべての人間には、天から授けられた受け持ちヽヽヽヽ(分)がある。随ってもしこの一事に徹したら、人間には本来優劣の言えないことが分かる。

201203.21

 三月二十二日

 読書は 実践への最深の原動力。

2012.03.22

 三月二十三日

 本は読むだけずつ買い、買うだけずっと読む一というのが理想であり、望ましい。

2012.03.23

 三月二十四日

 人に長たる者は、孤独寂寥に耐えねばならぬ。

2012.03.24

 三月二十五日

 部下の真価を真に見抜けぬ人物は極めて少ない。部下のmうちに、自分より実質的に卓れたる人間のいることを知っている校長は絶無というに近い。

2012.03.25

 三月二十六日

 いざという時、肚のない人間は、人に長たる器とはいえぬ。 

2012.03.26

   

三月二十七日

 お酒は酒の飲み方にかぎる。同事にそこには、すべて物事の味を噛しめる秘訣がこもる。

2012.03.27

 

 3三月二十八日

 人は退職後の生き方こそ、その人の真価だといってよい。退職後は、在職中の三倍ないし五倍の緊張を持って、晩年の人生と取り組まねばならぬ。

2012.03.28

 

 三月二十九日

 筆はちびる直前が一番使い良く、肉は腐る寸前が一番うまい。同様に今後恵まれるわずかな残生を衷心より懼れ慎んで「天命」に随順して生きたいと念う。

2012.03.29

 

 三月三十日

 古来女をつくる事は易いが、手を切ることがむつかしいといわれる。同様に仕事を始めることはやさしいが、シメくくりをつけることは難しい。いわんや人生のしめくくりにおいておやである。知らず、何を以てこの世の〆めくくりと考えるべきか。

2012.03.30

 

 三月三十一日

 白雲の出雲の国の山深く逢ひにし子らを忘れかねつも

 いつの日かた相逢はんときなけむいのちかそけく寂しむものあり。

2012.03.31


    三 頭 火 の 句

 分け入っても分け入っても青い山

 炎天をいただいて乞ひあるく

 踏みわける萩よすすきよ

 へうへうとして水を味ふ

 この旅果てもない旅のつくつくぼうし

 笠にとんぼをとまらせてあるく

 歩きづける彼岸花咲きつづける

 しぐるるや死なないでゐる

 投げ与えられた一銭の光

 波音のたえずしてふるさと遠し

2012.03.

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