森 信三 先生 (1896~1992年)

6月

☆森 信三『一日一語』


ねがい

たゞ一つの

花を 咲かせ

そして 終わる

この一年草の

一途さに

触れて生きよう

      真 民



 六月一日

 世の中の事はすべてが一長一短で、両方良いことはない。。

 哲学の最終的帰結も、宇宙間の万物は、すべて偉大なる動的平衡(調和)によって保たれている―という一事だといってよい。

2011.06.01

 六月二日

 真理は現実の只中にあって書物の中にはない。書物は真理への索引インデックスないしはしおり丶丶丶に過ぎない。

2011.06.01

 六月三日

 「世の中は正直」とは、神は至公至平―というに近い。

2011.06.01

 六月四日

 わが身にふりかかる事はすべてこれ「天意」―

 そしてその天意丶丶が何であるかは、すぐには分からぬにしても噛しめていれば次第に分かってくるものです。

2011.06.01

 六月五日

 この世における辛酸不如意・苦労等をすべて前世における負い目丶丶丶の返済だと思えたら、やがては消えてゆく。だが、これがむつかしい。

2011.06.01

 六月六日

 すべて悩みからの脱却には行動丶丶が必要。「南無阿弥陀仏」という念仏称名もそのひとつ。手紙を書くのも掃除をするのも、はたまた写経をするのも―それぞれに良かろう。

2011.06.01

 六月七日

 わが身に降りかかった悲痛事に対して、その何ゆえか(WHY)を問わない。それよりも如何に(HOW)対処すべきが大切。 

2011.06.01

 六月八日

 哲人といえども迷う時はあろう。だが迷う時間が短かろう。

 悟った人でも迷うことはある。しかし迷う時間が短かい。

2011.06.01

 六月九日

 玄米食は、我われ日本人には「食」の原点である。

 それ故玄米食を始めると、かえって味覚が鋭敏になる。

2011.06.01

 六月十日

 豆腐の味は「日本の味」である。それ故豆腐の味が分かりかけたということは、その人が真に日本人らしくなりかけた一懲表とも言えようか。

2011.06.01

 六月十一日

  お金に困らぬ人間になる工夫

一、大きなお金をくずすのは、一日でも先にのばすこと。

二、お札を逆さまに入れたり、ハチあわせにしたりせぬこと。

三、財布を幾つか持っていて、それぞれの用途や向きに応じて別にしておくこと。

2011.06.01

 六月十二日

 金銭は自分の欲望のためには、出来るだけ使わぬように―。

 そしてたとえわずかでもよいから、人のために捧げること。

 そこにこの世の真の浄福境が開けてくる。

2011.06.01

 六月十三日

 人間もつねに腰骨を立てていると、自分の能力の限界丶丶がわかるようになる。隋って無理な計画はしなくなる。

 私が今日まで大たい計画の果遂できたのも、その根本はこの点にある。

2011.06.01

 六月十四日

 仕事は一気呵成にやりぬくに限る。もし一度には仕上がらず、どうしても一度中断せねばならぬ場合には、半ばを越えて六割辺までこぎつけておくこと―これ仕事をやりぬくぬく秘訣である。

2011.06.01

 六月十五日

 わたしには、何度聞いてもきぬ話が三つある。

 一つは(地蜂の)蜂の子とりの話。次はやまめ丶丶丶(ヒラメ)釣りの話。そして最後は富山の薬屋の新規開拓の苦心談。

2011.06.01

 六月十六日

 暁の床に目覚めてうつうつなき心に響きかじかはくも

 ほのぼのとはややに白みたる河鹿は鳴くも小暗き室に

2011.06.01

 六月十七日

 如何にささやかな事でもよい。とにかく人間は他人のために尽すことによって、はじめて自他共に幸せとなる。これだけは確かです。 

2011.06.01

 六月十八日

 天性資質にめぐまれた者は、二割五分前後をいて他に奉仕すべし。これは本来東洋の伝統思想たる「恩」の思想に基づくものであるが、それをマルクスの搾取観を媒介として、現代的によみがえらせた真理であるともいえよう。

2011.06.01

 六月十九日

 たった一枚のハガキで、しかもたった一言のコトバで、人を慰めたり励ましたり出来るとしたら、世にこれほど意義あることは少ないであろう。

2011.06.01

 六月二十日

 疲れると眠りますが、横になると躰がなまる丶丶丶ので、机にもたれて眠ることにしています。

 先ず光線をさえぎる為に黒い絹布を頭にかぶり、恰好は猫を手本にしてなるべく球形に近づくと、大てい五分くらいで眠りに入り、十五分前後で覚めて心機一新です。

2011.06.01

 六月二十一日

 人は真に孤独に徹することによって、初めて心眼がひらけてくる。

 けだしそれによって相対観を脱するからである。

2011.06.01

 六月二十二日

 論語の「ともあり遠方より来る。亦楽しからずや」とは、現在では用のないのに同士のハガキが届く事ではあるまいか。つまり今日では、友の代りにハガキの来る場合の方が遥かに多いわけです。

2011.06.01

 六月二十三日

 幸福とは、縁ある人々との人間関係を噛みしめて、それを深く味わうところに生ずる感謝の念に他なるまい。

2011.06.01

 六月二十四日

 人間は何人も自伝丶丶を書くべきである。

 それは二度とないこの世の「生」を恵まれた以上、自分が生涯たどった歩みのあらましを、血を伝えた子孫に書きのこす義務があるからである。

2011.06.01

 六月二十五日

 人間の生き方には何処かすさまじい趣がなくてはならぬ。一点に凝集して、まるで目つぶしでも喰わすような趣がなくてはならぬ。

 人を教育するよりも、まず自分自身が、この二度とない人生を如何に生きるべきかが先決問題で、教育というのは、いわばそのおこぼれに過ぎない。

2011.06.01

 六月二十六日

 人間はおっくうがる心を刻々に切り捨てねばならぬ。

 そして齢をとるほどそれが凄まじくならねばなるまい。

2011.06.01

   

六月二十七日

 「随所作主」とは、人はどんな境遇の中にあっても、リンリンとして生きてゆける人間になることでしょう。

2011.06.01

 

 六月二十八日

 「一剣を持して起つ」という境涯に到って、人は初めて真に卓立して、絶対の主体が立つ。甘え丶丶心やもたれ丶丶丶心のある限り、とうていそこには到り得ない。

2011.06.01

 

 六月二十九日

 往相はやがて還相に転ぜねばならぬ。そして還相の極は施であり奉仕である。

2011.06.01

 

 六月三十日

    小川村を訪ふ 

 老藤の垂りたる下をゆくいささ流れも清らかにして

 苔むせる御墓の前にたたずみて碑の古文字を見つつをろがむ(江州小川村は中江藤樹先生生誕の地)

2011.06.01


    祖 国 に 還 り て
         昭和二十一年六月七日引揚者の一人として舞鶴港の着す

 戦ひに敗れし国か山河はもとのごとくにうるはしけれど

 妻や子の生き死にさえもかずして吾が身ひとりが帰り来にけり

 国民くにたみのかつて経験せざりけるおほき悲劇の中に還り来し

 幾そたび死すべかりしを永らへてここにし還る命をぞおもふ

2012.06.01


    宮 本 武 蔵 の 独 行 道

一、世々の道に背くことなし

一、よろずに依怙えこの心なし

一、身に楽しみをたくまず

一、一生の間欲心なし

一、我(れ)事において後悔せず

一、何れの道にも別れを悲しまず

一、自他ともに恨みかこつ心なし

一、恋慕の思ひなし

一、居宅に望みなし

一、身一つに美食を好まず

一、末々什物になる旧き道具を所持せず

一、わが身にとり物を忌むことなし

一、兵具は格別余の道具たしなまず

一、道にあたつては死を厭はず

一、老後財宝所欲に心なし

一、神佛を尊みて神佛を頼まず

一、心常に兵法の道を離れず

一、物事に数奇すき好みなし

2012.06.01

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