六月一日
世の中の事はすべてが一長一短で、両方良いことはない。。
哲学の最終的帰結も、宇宙間の万物は、すべて偉大なる動的平衡(調和)によって保たれている―という一事だといってよい。
2011.06.01
六月二日
真理は現実の只中にあって書物の中にはない。書物は真理への索引ないしはしおりに過ぎない。
2011.06.01
六月三日
「世の中は正直」とは、神は至公至平―というに近い。
2011.06.01
六月四日
わが身にふりかかる事はすべてこれ「天意」―
そしてその天意が何であるかは、すぐには分からぬにしても噛しめていれば次第に分かってくるものです。
2011.06.01
六月五日
この世における辛酸不如意・苦労等をすべて前世における負い目の返済だと思えたら、やがては消えてゆく。だが、これがむつかしい。
2011.06.01
六月六日
すべて悩みからの脱却には行動が必要。「南無阿弥陀仏」という念仏称名もそのひとつ。手紙を書くのも掃除をするのも、はたまた写経をするのも―それぞれに良かろう。
2011.06.01
六月七日
わが身に降りかかった悲痛事に対して、その何ゆえか(WHY)を問わない。それよりも如何に(HOW)対処すべきが大切。
2011.06.01
六月八日
哲人といえども迷う時はあろう。だが迷う時間が短かろう。
悟った人でも迷うことはある。しかし迷う時間が短かい。
2011.06.01
六月九日
玄米食は、我われ日本人には「食」の原点である。
それ故玄米食を始めると、かえって味覚が鋭敏になる。
2011.06.01
六月十日
豆腐の味は「日本の味」である。それ故豆腐の味が分かりかけたということは、その人が真に日本人らしくなりかけた一懲表とも言えようか。
2011.06.01
六月十一日
お金に困らぬ人間になる工夫
一、大きなお金をくずすのは、一日でも先にのばすこと。
二、お札を逆さまに入れたり、ハチあわせにしたりせぬこと。
三、財布を幾つか持っていて、それぞれの用途や向きに応じて別にしておくこと。
2011.06.01
六月十二日
金銭は自分の欲望のためには、出来るだけ使わぬように―。
そしてたとえわずかでもよいから、人のために捧げること。
そこにこの世の真の浄福境が開けてくる。
2011.06.01
六月十三日
人間もつねに腰骨を立てていると、自分の能力の限界がわかるようになる。隋って無理な計画はしなくなる。
私が今日まで大たい計画の果遂できたのも、その根本はこの点にある。
2011.06.01
六月十四日
仕事は一気呵成にやりぬくに限る。もし一度には仕上がらず、どうしても一度中断せねばならぬ場合には、半ばを越えて六割辺までこぎつけておくこと―これ仕事をやりぬくぬく秘訣である。
2011.06.01
六月十五日
わたしには、何度聞いても飽きぬ話が三つある。
一つは(地蜂の)蜂の子とりの話。次はやまめ