◆年 越 し 坐 禅 会:岡山の曹源寺◆

New Tear's Eve Night to Next Morning ZAZN

★日曜日は坐禅会: 岡山の曹源寺 日曜日は坐禅会: 岡山の曹源寺 年越しの坐禅会 地獄大菩薩 寝ながらの坐禅

曹源寺本堂

目 次

01年越しの坐禅会平成16年
ー第一回目ー
02年越しの坐禅会平成17年
―第二回目―
03年越しの坐禅会平成18年
ー第三回目ー
04年越しの坐禅会平成19年
―第四回目―
05年越しの坐禅会平成20年
ー第五回目ー
06年越しの坐禅会平成21年
ー第六回目ー
07年越しの坐禅会平成22年
ー第七回目ー
08年越しの坐禅会平成23年
ー第八回目ー
09年越しの坐禅会平成24年
―第九回目―
10年越し坐禅坐禅会平成25年
ー第十回目ー
11年越しの坐禅会平成26年
―第十一回目―
12年越しの坐禅会平成27年
―第十二回目―
13年越しの坐禅会平成28年
ー第十三回目ー
14年越しの坐禅会平成29年
ー第十四回目ー



☆1 年越しの坐禅ー第一回目ー
Some Zazenkai Member Sit
for a While from New Tear's Eve Night to Next Morning. 
The First Time


鐘 楼(除夜の鐘)解 打 鼓

昨年末、「年越しの坐禅会」を行いました。年末の十一時三〇分から年越しの一月一日の0時三〇分まで。宮本進先生が岡山の曹源寺の老師のお許しを受けて本堂で。九名参加。ほぼ前半は除夜の鐘突される人のざわめきと鐘音が響いていましたが、後半は静寂な坐禅を行うことができました。

終わると、老師からお抹茶をいただき、その上、カレンダーも頂戴いたしました。

写真を参考にしてください。皆さんに提供いたしますのでお読みください。

▼少し説明しますと、このカレンダーは老師とその弟子が作られたものでした。

解 打 鼓」の揮毫の下に

Beat the Drum!の英語がありさらに次のような英文が記載されていました。

The founder of modern haiku poetry, a man named Shiki, lived his whole life in haiku. Even when sleeping he continued to deepen the haiku state of mind. While he had at first thought that Zen was to be able to die at any time or place, he had finally and profoundly realized that Zen was to be able to live through any situation or circumstance, no matter what the hardships might be encountered. It also became clear that this did not have to be done with force and pushing. Rather, it could only be done by becoming soft and flexible. By becoming a complete idiot, seemingly“out of it.” We have to become like Master Kassan in case 44 of the Blue Cliff Records who would answer every question with the same answer: “Knowing how to beat the drum, do don don don don. Knowing how to beat the drum, don don don don don.” As if to say, “Enjoy to its very root the deepest timber of the drum.” For Master Kassan to realize this state of mind completely he had to pass through many hardships and challenges. Such realization, of course, cannot be reached by imitating someone else. It could be said that this is where the truth of all region lies.

*註1;Shiki=正岡子規

*註2:Kassan=禾山

*註3:case 44 of the Blue Cliff Records=碧眼禄第四十四則

*以上は私の註。

平成十七年一月七日



☆2 年越しの坐禅会―第二回目―


祈祷 修正 老師の色紙

16年の年末に第1回目の年越しの坐禅会を宮本 進先生のご提案で行いました。
17年にやはり先生が老師のお許しをいただき第2回目。

17年12月31日、午後10時過ぎ、お寺に参ると、すでに坐禅をされている方がいました。

▼迎春の準備がまったく整えられている曹源寺本堂。仏間の上に「祈祷」と「修正」の額が掲げられている。

11時から坐禅を開始。坐禅会に参加されている人たちの中の一人が直(じき)日(じつ)、さらに別の方が木魚を打たれる。
参加者は14名、内1名は途中で帰られた。その中には修行中の外国からの者が2名、日本で英語を教えているアメリカ人。日本人は11名。
11時30分ころから鐘楼の除夜の鐘が打ち始められた。お賽銭が箱に入れられる音以外は静寂そのもの。

0時5分で坐禅会終わる。皆さんのお互いに「おめでとうございます」と挨拶。

▼原田老師からじきじきのお抹茶をいただく。拈華微笑(ねんげみしょう)の直筆の色紙をいただく。 

▼「お釈迦さまの八十年のご生涯は、自らお悟りになられた“衆生本来佛なり”という、誰でもが生まれながらにして持っている、“全てのいのちを尊敬して行ける大いなる心”を説き続けられました。

晩年霊鷲山で、その真髄である法華経を、お説きになられた時、ただ一輪の花を無言で差し出されました。八万四千の菩薩方はお分かでなかったが長老の迦葉尊者だけが破顔微笑、ニッコリと微笑されました。お釈迦様のお心とピッタリ一つになられたのです。六根清浄、日々心を清めて、心の眼が開ければ、今ここがこのまま霊鷲山で、この自然一木一草が、そのまま、御釈迦さまによって差し出された金波羅かと頂けるでありましょう。」とご解説された説明書を添えて。

▼お寺を出て天空を見ると星がきらめいていた。本当に美しい。諸方実相を感じる。


☆補足:元旦の坐禅会で、老師が本堂の「修正」と「祈祷」について、お話くださいました。

修正は、文字通り自分の心を正し、一点の曇りもないようにすること。自分のみではなかなか難しいので、神仏にお願いする祈祷が必要でしょう。神仏は、森羅万象、宇宙全てを包み込み、存在するもの全てと同根であり、一体です。」と言われたように思います。また、お正月三が日は、朝四時から本堂で大般若経を唱えます。とも言われました。

☆補足::年越しの坐禅会第1回目は「習えば遠し」の26号に記載しています。

平成18年1月2日



☆3 年越しの坐禅会―第三回目―


 平成18年12月31日は日曜日。いつものように日曜坐禅は、午前8時から9時まで行われました。

 坐禅後、原田老師のお話が、本堂でありました。

 「今年最後の坐禅、ご苦労さまでした」と、労いの言葉をかけてくださり、『寒山詩』の中から「咄哉、咄哉、三界輪廻」の欲界、色界、無色界の三界について、具体例を挙げ、大変わかりやすく話してくださり、「三界に留まってはいけない」と言われました。

そして、西田幾多郎博士の歌「我心深き底あり喜びも憂いの波もとどかじと思う」を引用されながら、「私たちの心には、深い々底の底を突きぬけた所、言葉で表現できない場(絶対無の場所)がある」と、「諸事に行き詰まり、二進も三進も行かなくなった人が坐ると本物に成りやすい(命がけで坐る人は、坐禅が坐禅に徹しきるようになる)」と、老師は、なぜ坐禅が必要なのか、噛んで含める様に懇切丁寧に話してくださいました。

老師は「欲界、色界、無色界の三界について」具体例を挙げて、説明してくださいましたが、省略しました。また、(括弧)内の文は、老師の言葉を私なりに解釈したものです。

▼午後10時、親しくして下さっている方が自動車で迎えに来てくださる。
 快晴の夜空にオリオンやその他の星座が美しくと輝いていた。

 本堂ではすでに3名のかたがたが坐禅の場をしっらえて下さっていた。その上、石油ストーブも6個も配置して、その心配りに感謝。

 仏壇の最上部に祭られているご本尊の十一面観音様がライトアップされ、昨年同様「祈祷」「修正」の額も掲げられていました。すがすがしい雰囲気を感じました。

 観音様が私どもをみまもて下さる。午後11時から開始する。静寂そのもの。11時30分前後から、除夜の鐘の響きが年越しを伝えて聞こえてくるようになる。

 第1回(9名)、第2回(14名)、第三回と続くと、参加者も増えてきまきして、今年は16名となりました。

 終わって、老師にご挨拶に参る。いつもの接客の部屋で和やかなお顔で迎えてくださり、ご挨拶にこたえてくださる。お菓子と、お抹茶を頂きながらお話をする。

老師の色紙とカレンダーを頂いて帰途につく。除夜の鐘をつく人たちも見られなくなっていた。まさに元旦。特に今年は朝と年越しの2回の坐禅により、心身一如を感得され清められました坐禅会でした。

合 掌


参考:岩波文庫:西田幾多郎『善の研究』解 題(下村寅太郎)を読む。

『善の研究』の成るまでの十年間の日記(『寸心日記抄』(アテネ文庫)として出版されている)には、読書省察と同時に常に不断に「打坐」のことが記されている。『善の研究』の、やがて又西田哲学一般の基礎には禅的体験がその重要な思想動機の一つとして存するやうに思われる。先生はこの時代を通じて金澤市卯辰山麓にあつた洗心庵雲門和尚に師事した。寸心なる先生の雅号も和尚から与えられものである。

金澤時代十年の間、不断に打坐し、春夏の休暇には殆ど常に禅堂に在り、屡ゝ遠く京都の妙心寺の接心会に参し、前後十年を通じて家庭で正月を迎へたことなく、禅堂で「打坐越年」のことが記されてある。

平成十九年三月二十五日


☆4 年越しの坐禅ー第四回目ー


 年越し坐禅は、2004年(H16)から始まり、今回で四回目になります。

参加者は、年々増加しています。これは、ご老師のお力添えのおかげです。お釈迦様のことを「両足」と言われます。大方丈の間に、この横物が掛かっています。なぜ「両足」なのか、年越し坐禅は、この問の答えを与えてくれます。「全てを離れ、純粋に自己を見つめるとき」、「生かされている自分に気づき、感謝の念が、湧き上がって来る」と思います。では、「生かされているもの、生かしているものは」、一体何者か。年越し坐禅は、自己を反省に追い込みます。そこに、人生への哲学や宗教が、体験的にあると思っています。私は、静寂さを求めて坐ります。

生死事大 無常迅速 歳月待人 慎勿放逸」ですね。

 上記の文章は平成19年12月31日の宮本 先生のメールです。

 年越しの坐禅会が終わってからの年頭のお便りでは

 今年で、4回目の越年坐禅は、午後11時〜12時5分間、宗彦さん、西さんのご指導の下に15名の参加者を得て、行われました。15名中3名は、宗彦さんのご母堂様、ご長女、そして石原さんの女性たちでした。

 薄暗い本堂は、深々と冷え、手足の指先が痛く感じられました。しかし、皆さんの坐禅は、除夜の鐘をバックに、凛として、静けさの中に荘厳さが、漂っていました。まさに、三八九(サンパック)坐禅でした。         

 坐禅後、お互いに新年のご挨拶を交わし、老師が、お茶を点てて下さいました。帰りに、カレンダーを頂きました。

宮本 進



 残念でしたが私は今回は参加できませんでした。

 二つのお便りを拝受しました。その中に少し補足した言葉があるように私は感じます。それは「両足」と「三八九」です。

「両足」については先生の説明を記載いたしますと

「両足尊」とは、両足で歩くもの、即ち人間の中で最も尊いお方、お釈迦様を意味しています。そして、そのお釈迦様の説かれた仏法「福慧」を「両足」と見なしています。

福足とは「仏は、因縁によって生起し」、慧足とは「諸法は、いつも実体がない」ことを意味しています。

 したがって、「諸法は、いつも実体がない」と分かると、一切の法(存在)は、今ここに出現することが出来ません。そこで、「仏は、因縁によって生起する」ことになります。

「両足」は、法(存在)と因縁とが、お互いに切っても切り離せない、一如の関係であることを意味していますね。

 釈尊の時代のインドは、まだ仏像彫刻の技術が無く、ただ仏足のみが、デホルメされて残されていました。時代や場所を経て、ガンダーラ時代になって、釈迦像などの造形彫刻が現れてきました。曹源寺の本堂前の仏足跡(両足)は、釈尊を表わしています。お床の墨跡「両足」は、そのお釈迦様のお説きになられた内容の具体化、「法(存在)と因縁とが、一如である」ことを表しています。

 「三八九」については私(黒崎)は一度教えていただきましたが、再度調べることにしました。

 山頭火の句集の一つに「三八九日記」があります。昭和五年十二月廿八日に「もう三八九日記としてもよいだろうと思ふ、水が一すぢに流れるように、私の生活もしづかにしめやかになったから。――とあります。

 『山頭火全集 第二巻』(春陽堂書店)に大山澄太氏が解説されている。

 「三八九」の題名は、彼の説明によると、「唐の超真和尚の三八九府による」もののようである。私はその三八九府について調べているけれど、今のところはっきりしない。

山頭火はこれをサンパクと読んでいたが、臨済宗では白隠禅師のお言葉の中に、サンバックを諦めずんば云々とあるので、サンバックと言うくせがついている。私の久しく参じた臨済宗仏通派では、これを初心者向きの公案の一つとされていた。

「無字」「一隻手の声」を通ったその次あたり、師家は対手によるが、三八九を与える場合が多いと見てよかろう。つまり三は二の次の三でもなく四の前の三でもない、三そのものになり切って来いと言うのである。八も九も亦同じである。その根源は華厳経の数息観からくる坐禅の修行法で、自分の呼吸を調えるために、一から十までふかく数えて行く、その場合、三と数える時は絶対の三になり切る。

山頭火の場合は、歩行禅の幾山河を超えて熊本に戻って来た時なので、一息一息、一歩一歩、一句一句、そのすべてが、雑念をまじえず、いのちがけの俳三昧でありたいと志向しおて「三八九」と題したものと解すべきか。(長い引用になりました。)

 当日の句八つの中の一つ、<どしゃぶり、正月の餅をもらうてもどる>

平成二十年一月一日
平成二十年一月五日補足しました。



☆5 年越しの坐禅ー第五回目ー


 昨年から今年にわたる恒例の年越し坐禅が、曹源寺副住職宗彦様のご指導の下で、日曜坐禅の要領で、晦日の午後11時から12時03分まで、本堂で行われました。本堂は、坐相がかすかに分かるぐらいの明るさで、幽玄で静寂な雰囲気に包まれていました。そこには、特別な世界「永遠の今」が有りました。天候にも恵まれ、寒さも厳しくなく、穏やかな年越し坐禅が出来ました。後半、30分過ぎから、除夜の鐘が聞こえ、参拝者の足音や雑談、お賽銭箱に投げ入れられる音などに、心が囚われました。   

▼坐禅参加者は、日曜坐禅会の方が、ほとんどで、19名でした。その中に、外国修行者も3名おられました。回を重ねる度に、参加者は定着し、増えています。

▼坐禅後、大方丈の間で、ご老師から、新年のご挨拶がありました。そして、ご老師が、直接お抹茶を点てて下さいました。一服のお茶の中に、込められた新年の喜びと決意を、「潜龍元年」と受け止め、美味しく頂きました。また、丑年にちなんで「帰家穏座」墨跡の色紙を、各自に下さいました。

以上は宮本 進先生のお便りです。

▼私は第3回まで参加させていただいていました。今回も残念ながら参加できませんでした。

牛歩而不止」の生活を心がけたく念じています。



☆6 年越しの坐禅ー第六回目ー


 大晦日、夜の曹源寺は、昼間と異なり、深い漆黒の闇に包まれていました。そこには、非日常的な異質の世界がありました。

▼恒例の第6回年越し坐禅が、曹源寺副住職宗彦さんのご指導の下、2009.12.31P.M.11:00〜2010.1.1A.M.0:05迄、行われました。参加者が22名居ました。そのうち、子ども2名、女性も4名、青年たちも、約半数いました。

▼境内は、風が強く、本堂の障子や戸が、時々ゴトゴトと音を立てていました。本堂は、おそらく2℃~3℃に冷えていたと思われます。坐禅中は、手先や足先が痛くなるようでした。その冷たさの中に凜とした荘厳さがありました。11:30過ぎぐらいから、除夜の鐘の音が聞こえ、子どもの声や若者たちの足音、賽銭箱に硬貨が投げられる音などが、集中力を妨げます。12:00に、県庁の鐘の音も聞こえて参りました。しかし、越し坐禅は、日曜坐禅と趣を異にした「いま・ここに・すべて」が、存在しているように思われました。

 坐禅を終えた、皆さんのお顔にも、何か安堵と充実した「喜び」が溢れていました。

▼原田老師様が、大方丈の間で茶礼を催して下さいました。そのお床には、おめでたい富士山の画に「寿山万丈高・福寿海無量」の賛の入った幅広の長物が掛けられていました。             

 一服のお茶に込められたご老師のお気持ちを“徳不孤必有隣”と受け止め、精進したいと思いました。また全員が、ご老師様から寅年にちなんだ色紙「虎嘯生風(とらうそぶ けば かぜしょう ず)」の直筆を頂きました。禅では、虎の勢いを自覚の働き、絶対自由意志の働きと見なしています。

▼越年坐禅も毎年、参加者が増えています。ふと、“なぜ、寒い中遠くから、この年越し坐禅に参加されるのであろうか”との思いが過ぎりました。           

 曹源寺には、如何なる時代や環境にも左右されない普遍的な価値があり、その価値に目覚めさせてくれるご老師や副住職、修行者たち(16カ国、約40名)がおられます。

▼私は参加いたしませんでした。尊敬している先生からメールでお知らせいただきあつくお礼申し上げます。

22.01.01



☆7 年越しの坐禅会ー第七回目ー


大晦日の夜、深い漆黒の闇に包まれてた曹源寺は、幽玄で荘厳な雰囲気に包まれていました。薄明かりの本堂では、坐禅する四十数名の観音様たちの姿が、どっしりとした磐のようなシルエットを浮かび上がらせていました。

★恒例の第7回年越し坐禅が、曹源寺副住職宗彦さんのご指導の下で、2010.12.31〜2011.1.1のP.M.11:00〜A.M.12:05迄、行われました。今までと異なることの一部は、まず、参加者が多く、四十数名もの方がおられました。女性も十数名おられました。また、初めて坐禅をされる二十代の男性もおられました。彼の感想は、「上手に言えませんが“しずけさ”が心に残りました。」と。人数的には、日曜坐禅会と変わらなくなりつつあります。

★境内は、冷え冷えとしており、本堂は、昨年より暖かでしたが、それでも2℃〜3℃ぐらいに冷えていたと思われます。坐禅中は、やはり手先や足先が痛くなりました。その冷たさの中に凜とした静寂がありました。 
 11:30過ぎぐらいから、西の禅堂から修行者たちの「延命十句観音経」の読経が朗々と聞こえ、東の鐘楼から除夜の鐘の音が響いてまいりました。まるで天国で坐禅しているような気持ちになりました。その後、若者たちの足音、賽銭箱に硬貨が投げられる音などが、集中力を妨げました。12:05に、除夜の鐘の音を聞きながら、終えました。   

 越年坐禅は、日曜坐禅と趣を異にした「心の底の奥深いこころ」との交流が可能となるような場が、存在しているように思われました。
 坐禅を終えた皆さんのお顔にも、昨年と同様に、何か安堵と充実した「喜び」が溢れていました。

★原田老師様が、大方丈の間で茶礼をして下さいました。茶礼の席は、三十五名ぐらいの方が参加されました。              
 一服のお茶に込められたご老師のお気持ちを“貪瞋痴の浄化、即観自在”と受け止め、精進したいと思いました。
 また全員が、ご老師様から坐禅の“坐”の直筆色紙を頂きました。

★毎年、参加者が増えています。やはり、“如何なる時代や環境にも左右されない普遍的なこころを求めて参加されるのであろうか”と思いました。

 宮本先生から贈られたものです。有難う御座いました。私は今年も参加できませんでした。

 文責は黒崎です。

2011.01.01


☆8 年越しの坐禅会ー第八回目ー


 大晦日の夜、曹源寺境内は昼間と異なり近寄りがたい幽玄な雰囲気に包まれていました。

 今年は、翌日が日曜日ですので、元旦坐禅となります。坐禅の連続にもかかわらず参加者からは、「今年を反省し、来たるべき年への希望」が伝わって参りました。

 恒例の第8回年越し坐禅が、曹源寺副住職宗彦さんのご指導の下、薄明かりの本堂で2011.12.31〜2012.1.1のP.M.11:00〜12:05迄、行われました。             

 参加者が毎年増え、坐禅する四十数名の男女の姿が、観音様のようなシルエットを浮かび上がらせていました。初めて坐禅をされる方も5〜6名おられました。
 二十代後半の男性に感想をお尋ねすると、「心がキリッとしました、こんな世界があったのですね」と。

▼本堂は、比較的暖かでしたが、それでも昨年同様に2℃~3℃ぐらいに冷えていたと思われます。坐禅中は、やはり手先や足先が痛くなりました。           

☆年越し坐禅ー第十三回目ー  11:30過ぎぐらいから、西の禅堂から修行者たちの「延命十句観音経」の読経が朗々と聞こえ、東の鐘楼から除夜の鐘の音が響いてまいりました。その後、参拝者の足音、賽銭箱に硬貨が投げられる音などで、集中力が妨げられました。    

▼除夜の鐘は、旧年度中に煩悩を払うため107打ち、新年度に清らかな心で108番目を打つそうです。曹源寺では、希望者全員に打たせて頂けます。

▼越年坐禅は、日曜坐禅と趣を異にした「心の底の奥深い凜とした場に気づくように思われます」。 坐禅を終えた皆さんのお顔には、例年同様、何か安堵と充実した「喜び」が溢れていました。

▼原田老師様が、大方丈の間で茶礼をして下さいました。             

 一服のお茶に込められたご老師のお気持ちを“いま・ここに・なりきれ”と受け止め、精進したいと思いました。

 ご老師様から “「龍」 日に献ず四海の水” の直筆色紙を頂きました。

 老師は、“昨年が大変な年であり、今年も激動の年になるでしょう。「如何なる時代や環境にも左右されない普遍的なこころ正念・端坐」”を説かれました。 

 宮本先生から贈られたものです。有難う御座いました。私は今年も参加できませんでした。

 <文責>は黒崎です。

2012.01.01



☆9 年越しの坐禅会―第九回目―


 深深と冷える大晦日の夜、除夜の鐘の音が鳴る前の曹源寺境内は、ひっそりと静まりかえり近寄りがたい幽玄な雰囲気に包まれていました。

▼今年は、前日が日曜日でしたので、連続の坐禅となりました。坐禅の連続にもかかわらず参加者たちからは、「今年を懺悔反省し、来たるべき年への自覚と希望」の「只管打坐」が伝わって参りました。

  恒例の第九回年越し坐禅が、曹源寺副住職宗彦さんご指導の下、薄明かりの本堂で2012.12.31〜2013.1.1のP.M.11:00〜12:05迄、行われました。           

 参加者が毎年増え、坐禅する四十数名の男女の姿が、不動明王のようなシルエットを浮かび上がらせていました。

 若い女性や初めて坐禅をされる方も数名おられました。

▼本堂は、厳しい冷え込みで1℃ぐらいに冷えていました。それでもまだ五時頃までは、冷え込むとのお話しでした。

 坐禅中は、手先や足先が痛いばかりでなく、鼻水や涙がほほを流れました。副住職さんも、今回は鼻水が流れましたとおっしゃいました。

 前半の坐禅は、日曜坐禅の如く「静けさの中の静けさ」、静寂そのものでした。

 後半の坐禅が始まる時、副住職さんから、“この一炷(いつしゆ)が終わると新年になっています。気合いを入れて坐りましょう。”と、激励のお言葉がありました。

▼11:30過ぎぐらいから、東の鐘楼から除夜の鐘の音が響いてまいりました。それに続いて、どこからともなく修行者たちの「大般若経・般若心経」の読経が朗々と聞こえ、その後、参拝者の足音、子どもたちの弾んだ声、賽銭箱に硬貨が投げられる夕立のような音など、聞こえて参りました。今回は、これらの外の音が、今までのように外の音ではなく坐禅と一つであるように聞こえて参りました。除夜の鐘の音を初めとして、参拝に訪れた方々と一緒に坐禅しているような錯覚に陥り、極楽浄土での坐禅であるように思いした。 

▼除夜の鐘は、旧年度中に煩悩を払うため107打ち、新年度に清らかな心で108番目を打つそうです。曹源寺では、希望者全員に打たせて頂けます。

▼越年坐禅は、日曜坐禅と趣を異にした「坐禅の醍醐味があります。私たちから、すべてのものを剥ぎ取り『いま・ここに』しか、存在していないことを目覚めさせてくれます。」 坐禅を終えた皆さんのお顔には、例年同様、何か安堵と充実した「喜び」が溢れているようでした。

▼坐禅後、原田老師様が、大方丈の間で茶礼をして下さいました。         

 昨年が辰年(龍)、今年が巳年(蛇)と言うことで、「龍上天 作蛇入草」(龍と作(な)って天に上り 蛇と作って草に入る)の「禅語」を、お話しされました。

 「龍が天に上がる故事の如く、禅者が仏陀の清らかな心を求め、幾多の迷妄や困難をも突破せんと修行し、蛇が草や雑林、泥沼などに分け入るように、禅者自らが進んで、世間一般大衆の中に入り、全ての人々や生き物に救いや幸せ・笑顔を与えんと慈悲の心を発揮する姿を、表現しています。」と、話されました。
*天上:お釈迦様の悟りの世界、草:世間一般大衆 を意味しています。

▼禅者は、自らが悟るのみでなく、一般人(衆生)を救うために、上に向かい佛道を求め学び、下に向かいその佛道をもって衆生を教化する。衆生済度のために野に下って自在になるという慈悲落草の教えでしょう。真宗の「往相・還相」の廻向と同じだと思います。

 修行者たちにとっては、大変大切な教えであると思います。また、私たちにとっても、同様であると思います。

▼さらに、老師は「私たちは知らず知らずのうちに、程度の差はあれ、十の罪の中のどれかを犯している」と、言われました。その十罪とは、身体的罪が3つ、口的罪が4つ、心的罪が3つあり、計10あります。

 これは、仏教では「十善戒」と言われています。

 身体の罪(3)
 ・むやみに生き物を殺さない
 ・他人の物や心・与えられていない物・心を取らない
 ・不倫をしない

 口の罪(4)
  ・嘘をつかない
 ・つまらない話しや、調子の良いことやお世辞が過ぎることを言わない
 ・粗野であったり乱暴な言葉を使わない
 ・仲違いさせることを言わない

 心の罪(3)
 ・異常な欲を持たない
 ・異常な怒りを持たない
 ・因果を否定したり道徳を否定する、妄想的な誤った見解を持たない。

 そして、「罪の帳消しはできない!。(「その人の歩んだ足跡は、決して消し去ることはできない。」)如何に善きことをしても。」とも、言われました。ただ、救われるのは、「その人が、なにものにも囚われない心境に達した時(自己を忘脱し「真の自己」(臨済の真人)に目覚めた時)からである」と、言われました。

 宮本先生から贈られたものです。有難う御座いました。私は今年も参加できませんでした。
 文責は黒崎です。

2013.01.02



☆10 年越しの坐禅会―第十回ー


 大晦日、夜の曹源寺は、総門を潜ると見慣れた山門、禅堂、本堂、経蔵、鼓楼、開山堂など、闇に包まれおり、人影も見えず、かすかに鐘楼の灯りが、ぽつんと灯っていました。ひっそりと静まりかえった近寄りがたい幽玄な雰囲気が漂っていました。

 恒例の年越し坐禅(第10回)が、曹源寺副住職宗彦さんご指導の下、 薄明かりの本堂で2013.12.31〜2014.1.1のPm11:00〜12:05迄、行われました。       

▼今年は、年越し坐禅について事前の問い合わせが数件もありました。それだけに、十年を節目に、この年越し坐禅への関心が高かまってきているように思いました。

 坐禅する四十数名の男女の姿が、独特の雰囲気の中で「独坐大雄峰」を思わせるようなシルエットを浮かび上がらせていました。女性も十数名おられ、初めて坐禅をされる方も三分の一程度おられました。初めて体験された若い男性が、「坐禅中、自分が清らかに成っていくように感じました」と、話されました。参加されていた方々からは、緊張し張り詰めた中、「来たるべき年に希望を託した只管打坐」が伝わって参りました。

▼今年の大晦日は、比較的暖かいとはいえ、本堂は、やはり2〜3℃ぐらいに冷え込んでいたと思えました。

 坐禅が始まる時、副住職さんから、「坐る時の姿勢の取り方、特に腰骨、背骨、首、頭の伸ばし方、重心の取り方、目の置き所、さらに呼吸の仕方、肩やみぞおちの力を抜き、吐く息と吸う息の間に隙間をあけず、ゆったりとする」などのご指導がありました。

▼後半の11:30過ぎぐらいから、東の鐘楼から除夜の鐘の音と読経が響いてまいりました。それに続いて、どこからともなく参拝者の足音、子どもたちの弾んだ声、賽銭箱に硬貨が投げられる音などが聞こえて参りました。

 今回も、除夜の鐘の音や読経、参拝に訪れた方々と一体であるように思われました。 

 除夜の鐘は、旧年度中に煩悩を払うため107打ち、新年度に清らかな心で108番目を打つそうです。

 曹源寺では、だいたい11:30頃から希望者全員に打たせて頂けます。

 鐘楼の中には、外国の修行僧が2名ずつ交代で居り、除夜の鐘を鳴らす為に入楼した参拝者たちに合掌して、お経を唱えて居ました。順番待ちの方が、12:30過ぎても、まだ30名ぐらい列をなしていました。

▼越年坐禅は、早朝の日曜坐禅「静けさの中の静けさ」と趣を異にし静寂さの中に「只管打坐」があります。私たちから、すべてのものを剥ぎ取り「>いま・ここに」しか存在しない厳しさがあります。坐禅を終えた皆さんのお顔には、清々とした「喜び」が溢れているようでした。

▼坐禅後、原田老師様が、大方丈の間で茶礼をして下さいました。

 今年は午年なので「うまに関する禅語」を、伺いました。

 「うまに関する禅語は、大変多く500以上もあります。その中に、馬と牛に託した故事があります。人々の平和を願う気持を現わしています。禅語として捉えると、自我からの解放を現しています。 (ご老師は、この禅語を具体的に話されましたが、思い出せません。殷の時代が滅び、周の時代に入り戦国時代の武帝のころのお話をされました)」

 さらに、よく知られている「人間万事塞翁馬」「禍福は糾える縄の如し」「天馬行空」「駿馬と驢馬」のお話もありました。

 「お互いに、主体性を持った生き方をしましょう」と、諭されたと思いました。

 一服のお茶に込められたご老師のお気持ち“清々とした生き方をしましょう”と受け止め、精進したいと思いました。

▼今回も私は参加できませんでした。宮 本 進 先生からのメールによるものです。ありがとうございました。文責は黒崎にあります。

 2014.1.1(水)



☆11 年越しの坐禅会―第十一回目―


   大晦日、22:00頃の曹源寺境内は、総門を過ぎると見慣れた山門、禅堂、本堂、鐘楼、鼓楼、経蔵、開山堂など、闇に包まれ、人影も見えず、かすかに鐘楼の灯りが、ぽつんと灯っていました。ひっそりと静まりかえった近寄りがたい幽玄な雰囲気が漂っていました。

   恒例の年越し坐禅(第11回)が、曹源寺副住職宗彦さんご指導の下、「歩歩是道場」「煉出人間大丈夫」の軸が掛けられています薄明かりの本堂で、2014.12.31〜2015.1.1の23:00〜24:05迄、行われました。               

 本堂内は、鏡餅が祭壇や歴代の池田家の藩主(殿様)方に、お供えになっており、お正月らしい雰囲気がありました。

 参加者は、約40名ぐらいで、年輩の男性(60歳以上の方)や働き盛りの男性が多く、女性も10名程度おられました。

 本堂の気温は、10℃弱ぐらいで例年より5〜6℃高く、温かく感じられましたが、23:00過ぎ頃からは、次第に冷えて参りました。

 手足が冷たく感じられました。

▲今年の年越し坐禅は、温かかったので、何か張り詰めたような緊迫感や厳しさ閑けさなどに欠けていたように思われました。

 23:30頃から、鐘楼から除夜の鐘の音と読経が響いて参りました。それに続いて、どこからともなく参拝者の足音、若者たちの声、賽銭箱に硬貨が投げられる音などが聞こえて参りました。また、24:00頃に県庁の方向からオルゴールの音が聞こえて参りました。 しかし、今回も、それらの音や参拝に訪れた方々と一体であったように思えました。

坐禅後の茶礼の席で、皆さん全員に一言、感想をいただきました。その一部は、

 ・朝の坐禅とは異なり、幻想的であった

 ・一年の締めくくりが出来、新年への新たな気持ちになった

 ・非常に新鮮で荘厳な気持ちになった  ・「一年の計は元旦にあり」ですので、今の気持ちを大切にしたい

 ・今年は、「いまここに」を徹底させたい

 ・一年間無事に過ごせ、締めくくりが坐禅で終えられた

 ・長く坐禅を続けたいと思った

 などでした。

 皆さん、坐禅が出来る喜びに溢れ、感謝の気持ちを表されていました。

老師のお話

 ・時差はありますが、アメリカ、ヨーロッパの曹源寺一滴道場でも、年越し坐禅をしています。

 ・私が曹源寺に来て、36年経ちました。その間、皆さんのおかげで大過なく過ごせました。本当に有り難いことです。

 ・曹源寺は元禄11年(1698年)、今から300年前に建立されました。本堂は170年前に焼けまいたが、その後再建されました。他の建物などは当時のままです。

 ・曹源寺は、池田家の菩提寺であり、本堂の裏の正覚谷に墓所があります。

 ・正覚とは、悟りを得たという意味です。

 ・曹源寺は、北・東・西の三方を山に囲まれ、南に開けた風致に恵まれた環境に立地しています。

 ・操山には、縄文・弥生時代からの古墳が、200~300もあり、この曹源寺の境内にも10ぐらいはあります。貝塚が多くあり、塚を掘ると貝ばかり出てきます。

 ・この付近は、まわりより3bほど高い丘状であったので、円山と言われたとのこと。

 ・三重の塔は、殿様が参勤交代から帰ってこられた時の目印に建てられたとのこと、重塔の前に立って見ると、眼下に遙か彼方の児島湾や児島半島が一望出来ます。

 ・坐禅会のみでなく、この恵まれた豊かな風致を散策され、心の安らぎを得て下さい。

 ・茶礼は、0:30ごろ終えましたが、まだ除夜の鐘を突く順番待ちの方が、30名ぐらい列をなしていました。

 ・干支の未(羊)のこと、坐禅や禅語など話されなかったのが、残念に思われました。

▲私の考えでは、坐禅の内容は、白隠禅師の「坐禅和讃」、「四弘誓願」が、そのものだと思います。究極的には「悪事向己 好事與他 忘己利他 慈悲極之」の「忘己利他」に尽きると思います。

▲<追加>

 2014.12.21(日)の茶礼時の老師のお話を、お聴きして

煉出人間大丈夫」(伝衣老師の墨跡)の内容:「只箇一点無明焔、煉出人間大丈夫」 禅語で対句の下の句である。大丈夫は、お任せ下さいの意味であるが、菩薩の意味。

 火で溶かされ混ぜられたような厳しい修行を経て、人間は初めて菩薩になれる。

 「歩歩是道場

 この言葉は『維摩経』にあります。その意味は、優れた師を求めていろいろな道場を訪ねるのではなく、自らの心の中が道場であるとの意味。

 これは、例えば坐禅を組むなら禅寺へ行くとか、修行するならばそれに則った格好をしなければいけないとか、人は形や決まりから入ろうとしますが、そうではなく、暮らしている日々の中に自分を修練していく場があるということです。

 至るところすべて修行の場であり、どんな時でも修行だと心掛けよという意味です。また、あまり大きな夢や妄想の中で生きるのではなく、着実に地に足をつけ一歩一歩人生という道場で生きていれば何が真実で、何が真実でないということが解るということです。

と載っていました。

 焦ることなく、油断することなく、無意味な不安や焦燥感などを抱くことなく、一歩一歩真実に近づきたいと思います。

▼今回も私は参加できませんでした。尊敬している方からのメールによるものです。ありがとうございました。文責は黒崎にあります。

平成二十七年一月三日



☆12 年越しの坐禅会―第十二回目―


   振り返ってみますと、第1回の「年越し坐禅」は、平成17年12月31日の11時30分から、年越しの1月1日の0時30分まで行われました。

 参加者は、山本先生、黒崎さん、金光先生、武野さん、藪井さん、成田さん、赤木さん、山本哲也さん、私の9名でした。

 当時は、私たち参加者で自主的に行っていましたが、後に副住職の宗玄さんご指導の下に、11時00分から0時05分まで行うようになりました。

 年々参加者が増え、女性や子どもさんもお見えになり、現在では約40名もの方が参加されておられます。

坐禅後は、大方丈のまで老師から、新年のご挨拶とお抹茶をいただき、お互いに新年の抱負などを一言述べ、老師から新年の心構えなどについて、お伺います。

曹源寺の総門をくぐり、山門に近づくにつれて、漆黒の中に鐘楼付近から薄明かりが見えてきます。夜の曹源寺は、幻想的で神秘的です。

今年の大晦日の夜は、比較的暖かく感じましたが、それでも、ご老師のお話では、曹源寺(本堂)の気温は、4℃だそうでした。

 本堂内は、左右24枚ずつの座布団が整然と並べられ、正面の祭壇には、お正月らしいお花やお鏡餅が飾れていました。その上にお釈迦様の絵図と、その両脇に「祈祷」「修正」の額が掲げられていました。本堂の空気は、深々と冷えていました。

 坐禅は、本年も例年のごとく、11時00分から、年越しの1月1日の0時05分まで行われました。参加者は約40名弱で、初参加の方は6名でした。そのうち女性が10名いました。宗玄さんの先導で「坐禅和讃」を唱え、前半30分坐禅・体操5分・後半35分坐禅が行われ、「四弘誓願」を唱えて終えました。前半は、物音一つだにしない厳粛で荘厳な雰囲気で行われていました。そこには、毎週の日曜坐禅と異なり、「絶対無」の世界があるように思えました。前半を終えると同時に除夜の鐘の音が聞こえて参りました。

 後半は、警策が入りました。この頃から、参拝者の賽銭を投げ入れる音や話し声が、鐘の音と共に聞こえてきました。しかし、外の人声は、例年になく小さかったように思われました。すべてが、除夜の鐘の音に吸い込まれていたようです。

坐禅後、ストーブの灯された大方丈の間で、ご老師が茶礼を催して下さいました。

参加者一人一人が、それぞれに反省・感謝と新年の希望・決意などを述べ、老師が、「共に同じ場所で同じ時間を共有する大切さ、アメリカのシアトルの一滴道場・ドイツの北欧山一滴道場でも年越し坐禅をされておられること、日本では、大災害などの時でもパニックが発生しないこと、これは、古来から日本の伝統的文化が共有されている証しでしょうと、日本人としてのお互いの絆が、共有されていますと、 禅にも「鼻祖」「和唱」という言葉があります。私も今朝、本堂で修行者たちとお互いに話し合います。」と話されました。

また、「坐禅は、日本人としての古来からの文化や伝統を引き継ぎ発展させるのに最適です。曹源寺の本堂は、木造では中四国一の広さがあります。今後、益々多くの方が、坐禅会に参加して下さり、本堂が一杯の人になるように願っています。」とも話されました。

除夜の鐘は、煩悩を払うために百八打つそうですが、曹源寺では、参拝者全員に打たせていただけます。茶礼を終えても、鐘楼の前には約20名ぐらいの方が、列をなして並んでいました。

私が特に印象に残ったことは、茶礼の席、ご老師が柔和なお顔で身を乗り出すような姿勢で、約40名弱一人一人の方のお話を、お聞き下さったことです。

▼今回も私は参加できませんでした。尊敬している方からのメールによるものです。ありがとうございました。文責は黒崎にあります。

平成二十八年一月三日



☆13 年越しの坐禅会ー第十三回目ー


 おかげさまで、今年も「年越し坐禅」 (2016.12.31〜2017.1.1)を終えることが出来ました。

 第1回〜13回まですべて記録に残せることに成りました。

 振り返ってみますと、始めは2004.12.31〜2005.1.1 9名で立ち上げられましたこの会は、大勢の方が見えられるようになりましたが、初回に参加された方は5名に成りました。歳月の流れを感じます。しかし、継続は力ですね。年々参加者が増え、今年は40名弱にもなりました。

 今日は、「第13回年越し坐禅」と「茶礼時の老師のお話」の様子を、お知らせ致します。

 今年は、大晦日が土曜日なので元日が日曜日になり、新年度の日曜坐禅と続きます。

 このように連続する年を調べますと、過去13回の「年越し坐禅会」間に3回(2006・2012・2017)ありました。

 第13回の「年越し坐禅会」も例年のごとく、23時00分から、元旦の0時05分まで、曹源寺副住職宗玄さんのご指導の下で行われました。

 坐禅後は、大方丈の間でご老師から、新年のご挨拶とお抹茶をいただき、お互いに新年の抱負などを一言述べ、ご老師に新年の心構えなどについて、お伺いしました。

 人影の全く見られない曹源寺の総門、山門、本堂は漆黒の闇の中に包まれていました。鐘楼付近から薄明かりが見えてきます。夜の曹源寺は、幻想的で神秘的です。

 今年も大晦日の夜は、比較的暖かく感じましたが、それでも、本堂の気温は、4〜5℃に下がっていたと思います。

 本堂内は、左右24枚ずつの座布団が整然と並べられ、正面の祭壇には、お正月らしいお花やお鏡餅が飾れていました。その上にお釈迦様の絵図と、その両脇に「祈祷」「修正」の額が掲げられていました。本堂の空気は凜としていました。

 参加者は、約40名弱で、女性が10名居られました。初参加の方は10名でした。

 坐禅は、本堂で前半30分・(体操5分)・後半30分で行われました。

 前半は、物音一つだにしない厳粛で荘厳な雰囲気で被われていました。そこには、毎週の日曜坐禅と異なり、「深い深い淵黙雷声」の世界があるように思えました。前半を終える頃、参拝者の声や除夜の鐘の音、読経が聞こえて参りました。

 坐禅後、ストーブの灯された大方丈の間で、ご老師が茶礼をして下さいました。

 参加者一人一人が、それぞれに昨年の反省・感謝と今年の希望・決意などを述べました。

 その主な反省・抱負などは、

 ・地に足を付けた生活をしたい

 ・気張らず、ありのままで生きたい

 ・おかげさまと思える年にしたい

 ・笑顔を大切にしたい

 ・行動、感謝の年にしたい

 ・心穏やかな年にしたい

 ・煩悩が捨てきれない

 ・終焉を考えた生き方をしたい

 ・坐禅を心の支えとしたい

 等々が、述べられました。

 ご老師は、

 ・煩悩は捨てきれるものではありません。仲良く付き合うのがよろしい。

 ・坐禅は、自動車のニュートラルと同じです。

 ・生活・仕事・人間関係など、全てにおいてニュートラルとなっている時が、坐禅の状態です。

 ・夢窓国師の“ 雲よりも高き所に出でてみよ しばしも月にへだてやはある ”を引用 され、雲の下は煩悩に被われていても、雲の上は  青空でスカーとして何もありません、と。

*釈:雲より高いところに出てみると、ほんのしばらくでも月を隔てるような障害物などありません。

*月は悟りの暗喩で、雲は現世のさまざまな雑事・雑念の暗喩に譬えられています。

 除夜の鐘は、煩悩を払うために百八打つそうですが、曹源寺では、参拝者全員に打たせていただけます。0時を過ぎても鐘楼の前には、約40名ぐらいの方が、列をなして並んでいました。

 私が特に印象に残ったことは、ご老師が一人一人のお話を身を乗り出して、お聞き下さり、優しい言葉を返して下さったことです。

 慈悲心に溢れていました。

 平成29年1月1日(日)

***参加者の知人より ***


 2017.1.1は日曜坐禅がありました。茶礼時の老師のお話がありました。

 今日は参加者が少なく、坐禅は約40名、茶礼の席は約25名ぐらいでした。

 Tさん、Nさん、Mさんの3名の方が、それぞれに質問(略)され、ご老師が丁寧に応えて下さいました。その主なことを箇条書きにします。

 ・挨拶:実は禅語であります。

 “挨”は積極的に迫って行くこと、“拶”は突くこと、切り込んでゆくことです。

*修行者が師家(指導者)に問題を持ちかけて答えを求め、または、師家が、あるいは、お互い同志が、問答を交してその力量を計ることで、挨拶は禅家の真剣勝負です。

 ・願い:願には二通り、本願と別願があります。

 別願は、それぞれの方が、それぞれに求めて居られことで、本願は、人間全てに共通する願いです。別願の究極に本願が現れてきます。

 ・寂しさ:人生が空しい様に思えることがありますが、私(老師)にはありません。

 お金や地位、名誉が出来ても、空しいことがあります。それはこの本願に到達していないことなのです。

 ・本願とは:人間の本性に目覚めることを言います

 「貧・瞋・痴」に悩み・苦しみ、心が清らか成った時、人は自己の本性に目覚めます。

 ・自己の本性とは:慈悲心であります。

 仏教では、愛と言わず(愛は憎しみを持つ)、慈悲と言います。

 ・慈悲心とは:自分の無い行為であります。

 己が無い行為なので、無償で相手に接します。亡己利他の心です。

 ・接心とは:二通りあります。

 攝心の攝は、集めることです。自己の中に宇宙を取り込む、集めることです。もう一方の接心は、心を純粋にする働きを言います。

*一般的には

1 心が外界の事物に触れて感ずること。

2 仏語。

 @精神を集中し、乱さないこと。

 Aに禅門で一定の期間、坐禅をすること。

 私(老師)は空(ない):存在はしていますが、私がありません。(無文老師)に出遭った時から、自分がなくなりました。

 ・師を求めよ:世間には、勝れた方が居られます。

 何歳になっても求めて居れば、お遭いできます。

 ・元気の秘密:自分が無いからです。

  強く望む。そして、その望みを持ち続けています。

 ・年取った方の坐禅:継続された方には独特の雰囲気があります。

 見習うことが、多々あります。そして、自分がその年になった時、同じように出来るかと。

 ・薫風がある:私(老師)はスチュワーデスに香の香りがしますねと言われました。人それぞれに生活環境が、醸し出す香りがあります。

 ・生活環境:整えることが大切です。

  生活こそが、修行です。修行が習慣を作ります。

・自然からの乖離:子ども達が自然の中で遊ばなくなっています。

 大自然の摂理が分からず、狭小な体験しか無く、理解・分別が片寄っています。

 ・科学以前のもの:宗教の宗は、根本、おお本締めを言います。

 人間には、科学を超えて、感じる力があります。 

 ・六道輪廻:お釈迦様は、六道輪廻の根本を明らかにされました。

 六道輪廻は、当時のインドの哲学です。

 老師のお話には、まだまだ語り尽くせない大切な宝物がありましたが、思い出せません。

 ご老師は、禅僧中の禅僧であり、当に「空の人」だと、確信致します。

平成29年1月1日(日)

※尊敬している方が参加されてメールで知らせていただいたものです。今回も私は参加しませんでした。文責は黒崎です。

 平成二十九年一月一日


 「置かれた場所で咲きなさい」渡辺和子さん死去 12月31日 4時52分

 200万部を超えるベストセラーになった「置かれた場所で咲きなさい」の著者として知られる、岡山市の学校法人の理事長、渡辺和子さんが30日、亡くなりました。89歳でした。

 渡辺さんは北海道の出身で、岡山市のノートルダム清心女子大学の学長やノートルダム清心学園の理事長として、人間の尊さや他人を理解することの大切さを教えながら、50年以上にわたって教育の振興に力を尽くしました。

 さらに、女性の大学進学率の向上や、経済的に恵まれない高校生の支援にも取り組みました。

 4年前に出版された渡辺さんの著書「置かれた場所で咲きなさい」は、生きていくうえで指針となるわかりやすい言葉の数々が多くの人の共感を呼び、200万部を超えるベストセラーとなりました。 ことしの5月には教育の分野で顕著な功績を挙げたとして、旭日中綬章を受章しています。

 渡辺さんは、昭和11年に起きた二・ニ六事件で、陸軍の教育総監だった父親の錠太郎氏を目の前で殺害される経験をしたことでも知られています。

平成29年01月03日(火)


☆14 年越しの坐禅会ー第十四回目ー


 第14回年越し坐禅 (2017.12.31〜2018.1.1)

 今年は、大晦日が日曜日だったので、朝の日曜坐禅に年越し坐禅と続きます。

 このような年を調べると、過去14回の「年越し坐禅会」間に3回(2000・2006・2017)ありました。

   第14回の「年越し坐禅会」も例年のごとく、23時00分から、元旦の0時05分まで、曹源寺副住職宗彦(そうげん)さんのご指導の下で行われました。

人影の全く見られない夜の曹源寺は、満月に近い(月齢13.2)月に照らされ、通路にも蛍光灯が一ヶ所灯されていましたが、静寂さに包まれ幻想的で神秘的です。総門をくぐり、山門に近づくにつれて、鐘楼付近から薄明かりが見えてきました。

 今年も大晦日の夜は、比較的暖かく感じられましたが、それでも、23時を過ぎると本堂の気温は、4〜5℃に下がっていたと思われます。

 本堂内は、例年通り左右24枚ずつの座布団が整然と並べられ、正面の祭壇には、お正月らしいお花やお鏡餅が飾られていました。その上にお釈迦様の絵図と、その両脇に「祈祷」「修正」の額が掲げられていました。本堂の空気は凜としていました。

参加者は、約40名で、女性が6名居られました。初参加の方は3名でした。

今年は、例年になく曹源寺の修行者が10名ほど参加され、ご一緒に坐ることが出来ました。

坐禅は、本堂で前半30分・(休息5分)・後半30分で行われました。

前半は、物音一つだにしない荘厳で凜とした雰囲気に包まれていました。

 前半を終える頃、参拝者の声や除夜の鐘の音、読経が聞こえて参りました。

今年は、本堂中央の天井に灯りが灯され、灯明も灯されていましたので、今一つ集中しきれないものが残りました。

坐禅後、ストーブの灯された大方丈の間で、ご老師が茶(さ)礼(れい)をして下さいました。

参加者一人一人が、それぞれに昨年の反省・感謝と今年の希望・決意などを述べました。

 その主な反省・抱負などは、

・放生池の蓮の枯れ葉を見て、枯れ葉といえども精神が宿っている。肉体は朽ち果てても、真理が残されている。

・白隠禅師の描かれたダルマ図を初めて見た時の感動を話される。

・お花を飾って、花と語り良き一年にしたい。

・為政者(社会の上層部の指導者)がしっかりとして欲しい。

・世界と自分は一つであると体感出来ない。

・自分の内面を出来るだけ整理したい。

・「無」とは何か。

・終焉を考えた生き方をしたい。

・ここは求めるとこでなく、捨てて行くとこであると思う。

・一日一日を朗らかに、爽やかに、その時々を大切に生きたい。

・自分にとって、何が必要か見極めたい。

・坐って気持ちの良い時と悪い時の波がある。

・除夜の鐘の音が雑音に聞こえた。

・煩悩とうまく付き合っていきたい。

・行動、感謝の年にしたい。

・自己管理、健康に気をつけたい。

・良きお導きをお願いします。

・お教えに感謝しています。

・坐禅で心を整えようと思います。

等々が、述べられました。

 ご老師は、

・観念でなく、生活に役立つこと、実感すること、坐ることが大切です。

・昨年、喜寿を迎えました。後残り少なくなりましたが、出来るだけ一年でも元気で行ける処まで行ってあげたい。

・毎年、後10年頑張るといっている。その気持ちで一年一年を過ごしている。

・今は、ここ曹源寺とアメリカのタホーマー曹源寺一滴禅堂、ドイツ曹源寺一滴禅堂、インド曹源寺一滴禅堂の4本柱の下に活躍(お弟子たちのサポート)しています。

・一人一人の自己の内面をととのえる意味での「ととのえる」は、「調」が「整」よりよろしい。ほどほどの考えで、自らを治める(調和さ せる)ことがよろしい。

・煩悩は完全には捨てきれません。必要な考えと不必要な考えが、混じり合って渦巻いています。必要な考えは、そのことが達成されると消えてなくなりますが、不必要な考えは、何時まで経っても消えません。

・日常生活では、今何をするか、どうするか、常に試行錯誤して(考えて)、必要とする考えを活性化することが大切でしょう。

・自分のありようとして、悪いことは即座に切れ、このことを「諸悪莫作(しよあくまくさ)」と言い、良いことの方に考えを向ける、このことを「衆善奉行(しゆぜんぶぎよう)」と言います。こうすれば、「調」が自然に生まれます。

*普遍の道理とは、「諸悪莫作・衆善奉行・自浄其意(じじようごい)・是諸仏教(ぜしよぶつきよう)」を言います。

(諸々の悪しきことをせず、もろもろの善いことを実行しなさい。そして、自ずからその意(こころ)を浄めていくこと。これが諸佛の教えである。)

・坐禅が大切です。坐禅は、自動車のニュートラルと同じです。

・生活・仕事・人間関係など、全てにおいてニュートラルとなっている時が、最も活性化しやすい状態になっています。

除夜の鐘は、煩悩を払うために百八打つそうですが、曹源寺では、参拝者全員に打たせていただけます。0時を過ぎても鐘楼の前には、約20名位の方が、列をなして並んでいました。私たちも、茶礼後に打たせて戴きました。

特に印象に残ったことは、ご老師が身を乗り出して、一人一人のお話をお聞き下さり、慈悲心に溢れた言葉を返して下さったこと、参加者の皆さんが、真摯にご自分の意見(反省や目標)を述べられたことでした。

ご自愛なさって下さい。

*** 宮 本 進 拝 ***

添付の写真:平成30年1月1日に撮影。

 平成30年1月1日(月)

★宮本 進先生よりメールでいただきました。有難うございました。文責は黒崎にあります。