いつもの放課後の教室で、俺とお前ふたりっきり。
ちっぽけな数学教室の開講だ。


きっかけは確か、向こうからで,

『土方くんって…数学得意だよね?』

恐る恐る聞いてきたのを覚えている。

『あ?…あぁ、まぁ』
『できればさ、部活オフの日にでも教えて欲しいんだけど…ダメかな?』

こんな機会、逃す筈がなかった。

『いや、木曜でよければ』
『ほんと?!ありがとう!』

決め手は彼女の無邪気な笑顔だったのだけれど。

『ああ。じゃあ木曜に』

好いた人の頼みをどうして断れようか。




「…できたか?」

彼女はどうやら微分積分が苦手らしい。
そればっかり教えている気がする。
というのも、頼まれた日だけのものが、いつの間にか毎週になっていた。
俺としてはメリットばかりで申し分ない。

「ん―…あ―…ここまできてる」

そう言って首の付け根に、水平にした自分の手を当てる。
目は問題集に向けたまま、眉をしかめて。
それにさえ見とれる俺は末期だとつくづく思う。

「f(x)を二次式で出せばいいのはわかるんだけど…式をどう立てたらいいかわかんない」
「じゃあ、2に何かをかけると6になる。なら、この何かをどうやって表す」
「x。2x=6にする。ん…?…あぁ!わかった!!」

基礎計算は全くもって完璧なので、こういう理解は格段に速い。
まぁ教える側としてはやりやすい生徒だ。
それにしても凄い勢いでペンを走らせる。
好きなだけ落書きしていいよ、と画用紙を渡された子どもみたいだ。
しばらくシャーペンの芯が紙の上を滑る音がして、これがスケートだったらスピードスケートだなとかくだらないことを考えた。

(大体、コイツがフィギュアなんかできるわけねェよな……あれ、やっぱいいかも)
「トシ、聞いてる?できたってば」

くだらないことを考えていたら、トリップしてたらしい。

「お、おう。…合ってる」
「やった!」

この時の笑顔が好きだ。
満面の笑みで、素直に喜ぶ。
それがどうしようもなくかわいい。
それを真正面から受ける度、どくん、と心臓が一際強く跳ねてしまう。

「あ、ねぇ、トシ?」
「あ?」
「あのさ、」
「なんだよ」
「…好きでしょ?」

………
思考回路がショートした。
コイツは一体なんて言ったんだ。



ス キ デ シ ョ ?



それはまさかつまり気づかれて、ここ3ヵ月ほど俺だけが空回っていたとでも、


「マヨネーズ。」

「…は?」


マヨだと…?


「……傑作だわ、トシ」

そう言って火が点いたように笑い出す。
…なんでテメェが笑い転げてんだ。

…テメェどういうつもりだ」
「トシってモテるけど、こういうのは鈍そうだから、どんな反応するかと思ってさ。ちなみに冗談だよ」
「冗談かよオイィィィィ!!」

はまだクスクス笑ってる。
あー、なんかキレたな。
そろそろ想いを言おうかと迷ってたとこだが、これで決まった。

「チッ……、P65の457解け。俺は自販機行ってくる。戻ってくるまでに解けなかったら……」

ニヤ、と意味ありげに笑って、俺は椅子から立ち上がる。
仕返し、いや攻撃開始だ。
今まで黙っていたのがひどく馬鹿らしい。

「…え……どうなるんですか…?」

おそるおそる顔を上げるには嘲笑を浮かべて。




「ぜってー言ってやらねぇ」

(お前から言わせてやるから覚悟しとけ)





お題:確かに恋だった