長福寺は、真言宗智山派に属し総本山は京都東山の智積院(ちしゃくいん)で、ご本尊は大日如来です。
開山については、明確な資料は現存しません。しかし、第15世住職長誉が開山時のものと思われる過去帳を書き写したものが残っております。それによると最古の日付は慶長5年(1600)が見られます。よって、開山は慶長年間(江戸時代初期)の早い時期が推定され400年以上の歴史があると思われます。
そののち代々の住職が明治38年(1905)までこの過去帳に追記しています。また、過去帳にはだれが書いたものか判明しませんが、歴代住職の系譜が記されています。住職に関しては、これ以外の資料が見つかっておらず唯一のものです。これらから下記の住職一覧をとりまとめました。
明治元年には第24世住職を、後に成田山貫首となった三池照鳳大僧正が務めた実績からも由緒ある寺院であったことが証明されています。(成田山史)
| 名 | 就任年 | 遷化年 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|
| 初 代 | 長智 | |||
| 第 2世 | 定慶 | |||
| 第 3世 | 定宥 | |||
| 第 4世 | 圓賀 | |||
| 第 5世 | 圓了 | 元和 8年(1622) | ||
| 第 6世 | 宥賀 | |||
| 第 7世 | 杲賀 | 寛文 3年(1663) | ||
| 第 8世 | 宥吉 | 寛文 3年(1663) | ||
| 第 9世 | 宥清 | 天和 2年(1682) | ||
| 第10世 | 宥栄 | 元禄 7年(1694) | ||
| 第11世 | 〇宥證 | 享保 5年(1720) | ||
| 第12世 | 〇長保 | 宝永 5年(1708) | 享保13年(1728) | |
| 第13世 | 宥瑞(*) | 享保 9年(1724) | 安永 5年(1776) | (*オウヘンでなくシンニュウ) |
| 第14世 | 宥榮 | 寛保 元年(1741) | 安永 元年(1772) | |
| 第15世 | 〇長誉 | 宝暦 4年(1754) | 宝暦13年(1763) | |
| 第16世 | 宥範 | 明和 元年(1764) | ||
| 第17世 | 照圓 | 安永 3年(1774) | ||
| 第18世 | 〇宥泉 | 安永 9年(1780) | 天明 6年(1786) | |
| 第19世 | 〇快賢 | 天明 6年(1786) | ||
| 第20世 | 〇天梁 | 寛政 4年(1792) | 文政 6年(1823) | |
| 第21世 | 天應 | 文化12年(1815) | ||
| 第22世 | 〇天如 | 文久 3年(1863) | ||
| 第23世 | 天乘 | 明治18年(1885) | ||
| 第24世 | 三池照鳳 | 明治 元年(1868) | のち成田山第14世貫主 | |
| 第25世 | 天水 | 明治18年(1885) | ||
| 第26世 | 惠海 | 明治31年(1898) | ||
| 第27世 | 加藤法照 | 昭和 3年(1928) | ||
| 第28世 | 渡辺僧都 | 昭和 9年(1934) | ||
| 第29世 | 淀屋僧都 | 昭和12年(1937) | ||
| 第30世 | 〇管浪照範 | 昭和15年(1940) | 昭和60年(1985) | |
| 第31世 | 管浪照倫 | 昭和60年(1985) | (現) |
(この縁起については、新本堂の完成を機に住職監修のもと主に過去帳に基づき取りまとめました。
確たる資料が少なく、現時点においては最善のものと思っております。詳しい資料などお判りの場合は長福寺へお知らせいただければ幸甚です。)