大正時代の坂出秋祭り

町並みを練る太鼓台(大正末期)
法被に地下足袋、そろいの手拭でほほかむり。太鼓は担ぐもの、見てくれこの勇まし
さをと担手は見物人が増えるにつれて太鼓台を大きくゆする。
写真は内浜の通を行く新地の太鼓台。
塩竃神社秋祭り(大正末期)
10月15日の氏神八幡神社の秋祭りに引き続き10月23,24,25日坂出塩竃神社、
天神社と祭りが続き街中を10数台の太鼓台が練り歩いた。殊に塩竃神社の祭典の
日は塩田もお休みで狭い明神町にはサシマショ(太鼓台)やダンジリ(獅子山車)が勢
ぞろいして大変な賑わいである。坂出の喧嘩祭りのひでもあった。翌日の警察署
入り口には仲間を貰い受けにきた連中が続いたという。
上の写真を拡大したもの
昭和28年頃の鳥州太鼓台
第2代鳥州太鼓台の飾り幕
昭和20年代の新浜太鼓台と新開太鼓台
昭和20年代の新開太鼓台